第七六話「魔獣の転送装置」
――地下迷宮最深部らしきこの部屋で先に戦っていた三人の冒険者、ルーテシア・ペラーさん、ゲイルさん、ヤイ・ヲチャさんと出会い共闘しました。そして転送装置と思しきものを何とか停止させたわたくし達でした。
ルーテシアさんは「この装置の調査に来た」と仰りましたので、わたくしは詳しく尋ねました。
「その事だが、装置を停止させたのは君だと聞いたが本当か?」
「はい、正しい手続きかは分かりませんが、とりあえず理解できる範囲で操作してみたら止まりました……」
「君は古代語が読めるということかい?」
「読める……といいますか、わたくし鑑定士ですので知識として多少は、でしょうか?」
ルーテシアさんは「ふむ」と腕組みしていました。
「あの、これは……転送装置ですよね?」
わたくしがルーテシアさんに質問すると台座を調べながら答えてくれました。
「転送装置ではあるがな。これは何処からかは不明だが、魔獣を召喚して転送してていたのだよ」
「魔獣を……転送ですか?」
(そんな事があるのですね……)
「大陸各地にこういうものが存在して魔獣を呼び出しているのだ。私は依頼を受けて、そういった古代魔法帝国の残骸を処理して回っている」
(わたくし達の受ける依頼とは規模もレベルも違いますね……)
「で、君らはこの地下迷宮へは何をしに?」
ルーテシアさんに訊ねられたのでわたくしは何か情報が得られないかと正直に秘薬のことを話しました。
「なるほど……直接在処を知っているわけではないが、この階層には開けられていない扉がまだある。古代語や遺跡の仕掛けに精通しているなら探索をしていけば何か見つかるかもしれないな」
「ま、俺たちゃお宝を探しに来たんじゃないんでね、持って行くならご自由に。でも俺達はお嬢ちゃんのお陰で転送装置止まったから助かったよ、なんか礼をしねえとな」
「インプ退治も手伝ってくれた、とても助かった」
お三方は口々にそう言います。するとルーテシアが思い出したようにマーシウさんの方を見ました。
「君らにはインプ処理を手伝ってくれと頼んだな、その報酬なんだが……」
ルーテシアさんがマーシウさんに近づこうとした時、転送装置の台座から「ぽぅん」と音がしました。わたくしが台座を見ると、金属板に光る古代文字が浮かび上がっていました。
(え……さっきまでこんなものは?)
わたくしが戸惑っていると次々に光る古代文字が移り変わってゆきました。
「再び……立つ……動く……転送……変える……ま、また動き出しました!」
部屋全体に「ふぉんふぉん」とか「ぶぅぅぅん」という音と共に微かな振動が起こり始めました。
「またインプどもが来るのか?」
ゲイルさんは片手半剣を抜き、構えます。それに同調してルーテシアとヤイ・ヲチャさんもそれぞれ武器を構えました。わたくしの仲間たちもわたくしと台座を中心に護るように位置取りました。
「レティ、その転送装置もう一回止められないかやってみてくれ、俺たちが食い止めるから――いいかみんな?」
マーシウさんの呼びかけに皆さん「おう!」と応えます。
(早く止めないと……さっきのやり方は間違っていたという事でしょうか?)
部屋の中央の床に再び魔法陣が光って浮かび上がり、青白い光の渦と「キィィン」という耳鳴りの様な音が聞こえます。
「これは……転送?!」
わたくしが追放刑で飛ばされた転送装置で、マーシウさん達が転送されて来た時と同じような兆候です。
(もしかして、わたくしがあそこに転送されたのは何か理由が?)
光の渦が徐々に治まって来ると、そこにある大きな影に気づきました。
(四足の獣……獅子の頭と身体に山羊の頭、皮の翼、尾が毒蛇……それに)
それは書物大祭で遭遇した魔獣キマイラでした。しかし異なるのは、この前のものより一周り大きい事と、獅子と山羊以外に竜の頭が付いている事です。
「キマイラか!」
ルーテシアさんが叫びました。シオリさんとディロンさんは支援魔法の詠唱を始めます。
「この前倒したばかりだけどもう一回戦うとはね、先手必勝!」
アンさんは弓を構え牽制の矢を放ちました。矢を躱すためにキマイラはわたくし達から距離を取ります。
「気をつけて下さい、あれはこの前のキマイラとは違います。恐らくあれが本来のキマイラです!」
(以前書物大祭で戦ったものは魔法書が生み出したいわば仮のキマイラ、恐らくこれが本来の魔獣・キマイラでしょう……)
ディロンさんが儀礼用短剣をかざします。
「ファナ嬢速攻で仕掛けるぞ、ヤツに何もさせるな」
「了解!」
ファナさんも長杖を両手で持ち、先端をキマイラに向けます。次の瞬間キマイラの足元の床が柔らかくなります……が、キマイラは咄嗟に翼を羽ばたかせて石柱の上に乗ります。
「ああ、沼の精躱された!? ええい……稲妻!」
ファナさんの長杖から火花と雷鳴と共に稲妻が放たれます。しかし山羊頭はすでに呪文を呟いていました。
稲妻はキマイラの周囲に現れた半透明の光の壁にかき消されました。
「魔法の盾? 間に合わなかったぁ~」
ファナさんが悔しがっている時に山羊頭は更に何かを呟きます。するとキマイラの前方に沢山の光球が現れました。
「光の矢がくるぞ」
ルーテシアさんが叫びます。
「みんなこっちへ!」
シオリさんはわたくしの隣で魔法の盾の魔法を唱ています。皆さんも周囲に集まりました。次の瞬間に光球が光の矢となって、こちらへ向かって来ました。
その時ルーテシアさんは魔法の盾には入らず単独でキマイラに向かって行きます。一〇本以上の光の矢が飛来し、シオリさんの魔法の盾に当たり激しい光の粒子となって砕け散ります。
そんな中、ルーテシアさんは素早い動き、機敏な身体運びで光の矢を次々と躱しました。それを見ていたファナさんやシオリさん、ディロンさんは驚愕しています。
「なんで光の矢を、攻撃魔法を躱せるの?!」
「魔法は基本的に魔法の盾等で防ぐか、精神力で抵抗するしか無いのに、回避するなんて……」
ファナさんとシオリさんはあり得ないと言った様子で戸惑っています。あまり表情を変えないディロンさんが見たことない驚愕の表情を浮かべていました。
ルーテシアさんは飾りのない長い棒の様な長杖で、キマイラの乗っている石柱近くの床を衝き長杖を支えにして跳躍します。その勢いのままキマイラに下から衝き上げるような蹴りを放ちました。
蹴りはキマイラの山羊頭の首に命中し、悲鳴のような鳴き声を上げました。ルーテシアさんはそのまま身体を捻って山羊の角を掴んで勢いをつけ、更に跳躍しました。そして上から打ち下ろすように長杖でキマイラを打ち据えますが、流石に翼でそれを防ぎ、キマイラも跳躍して距離を取ります。
「な……なんなんだあのルーテシアってのは?!」
マーシウさんとアンさんはルーテシアさんの体術に舌を巻きます。
「おい行くぜ」
ゲイルさんの掛け声でヤイ・ヲチャさんがキマイラを追撃するために前に出ます。ゲイルさんは鞄の中から長さ一メートル超の投擲槍を取り出します。明らかに槍が入る鞄ではないので恐らく旅人の鞄でしょう。投擲槍は一本だけではなく次々に二本、三本と取り出して、計五本も鞄から出てきました。
床に転がした投擲槍をゲイルさんが一本ずつ拾い上げて力の限り投擲しました。キマイラは投擲槍を皮の翼で一本目と二本目を弾きます。ですが、連続で投擲される槍に対して翼で頭を隠して防御しているようです。キマイラは翼に角度をつけているので投擲槍が刺さりません。
(あんな知能があるのですか、キマイラというのは!?)
ゲイルさんが五本の投擲槍を投げ終わったのを見てキマイラは翼を広げて怒りの咆哮を上げました。しかし、その間に接近していたヤイ・ヲチャさんはキマイラの山羊頭に棍棒を下から上へ振り上げました。
山羊頭は「ヴェェェ」と悲鳴をあげます。更にルーテシアさんがヤイ・ヲチャさんの背後から肩を踏み台にして跳躍し、上から長杖を振り下ろしました。山羊頭を連続で強打されたキマイラは狂ったように藻掻き、暴れ回ります。
「今なら攻撃魔法が通じるぞ?」
ルーテシアさんがわたくし達に告げました。あっけに取られていたファナさんはその言葉で気を取り直し、長杖を藻掻いているキマイラに向けました。
「む? いかん、竜の首が――炎の息吹が来る!」
ヤイ・ヲチャさんが叫ぶと、キマイラは藻掻き苦しみながら竜の首を起こしてその口から炎を吹き出しました……。
 




