第七三話「牛頭の魔獣」
――地下迷宮最下層の奥に進んだわたくし達は小型の魔獣、インプを発見しました。幸い向こうにはまだ気づかれていません。
「えっと、四匹か……レティ、魔剣で二匹仕留められる?」
アンさんは矢を二本取り出して番えながらわたくしに尋ねます。
「はい、やってみます」
「あたしも二匹やるから。合図で同時に、いい?」
「分かりました、ちょっと待って下さい……」
わたくしはそっと首領の剣を抜き、四〇人の盗賊の短剣を二本召喚します。そしてアンさんに向かってこくりと頷きました。するとアンさんは「ヒュっ」と短く小さな口笛を鳴らすと同時に矢を連続して二本放ちました。わたくしもその合図で魔剣に命じ、短剣をインプに向けて飛ばしました。
矢と魔剣はそれぞれに命中し、インプは床に落ちます。アンさんとマーシウさんは床に落ちたインプに接近します。そしてまだ動いているインプを見つけると剣を突き立てました。
「仲間を呼ばれるといけないからね」
アンさんもマーシウさんも無表情でそれを行いました。動かなくなったことを確認すると「ふう」とため息をつきます。その時、通路の奥から「ゲェゲェ」という鳥か獣の様な声が聞こえます。
「げ、まだ居た?!」
アンさんは通路の奥にインプを見つけます。矢を番えて狙いを定めていると通路の角に逃げて行ったインプが弾け飛んで壁にぶつかって落ちました。壁にはインプの体液らしきどす黒いものが滴っています。
わたくし達は何が起こったのか分からず一瞬硬直しました。すると曲がり角から「ぬぅ」っと大きな人型のものが現れました。背の高さは二メートルを軽く超え、筋骨隆々とした巨躯ですが頭部は人間ではなく大きな角の生えた牡牛の頭が載っていました。その手には大きな三日月状の刃を持つ柄の長い斧……三日月斧を持っています。
「何だありゃあ?!」
マーシウさんは驚いて声を上げ、他の皆さんもその異質な姿に驚かれます。わたくしも実物は初めてだったので驚きましたが、よく似たものを書物で見た事はありました。
「……ミノタウロス?」
――それは古代魔法帝国の生み出した恐ろしい怪物です。魔法帝国の魔術師たちは様々な恐ろしい実験をしていたという記録が古文書などから判明しています。その中のひとつが生物と生物の合成で、以前戦ったキマイラもその実験成果のひとつらしいです。このミノタウロスは人の身体と牡牛を合成した魔獣――そう文献には記されていました。
「人間っぽい身体だから交渉とか……」
アンさんは冗談っぽく言いますが目は笑っていません。
「わたくしが知る知識では人の様な身体をしていますが、我々とは全く違う理の存在らしいですので意思疎通は無理でしょう……」
「ま、そうだと思ったよ!」
アンさんは先手を打ってミノタウロスの頭部目がけて矢を放ちます。矢は頭部中央部に命中しますが、大きな角に当たって弾かれてしまいました。それにより、ミノタウロスはこちらに向かって雄叫びを上げながら三日月斧を振りかぶって突進してきます。
「げ、矢が当たったのにたじろぎもしないなんて硬すぎでしょ!?」
「散開だ!」
マーシウさんはそう叫んぶと盾を剣で打ち鳴らして注意を引きます。シオリさんとディロンさんは支援魔法を詠唱しています。マーシウさんがミノタウロスを引き付けている後ろでアンさんが矢を放ちますが身体に矢が刺さるものの、意に介さず突進してきます。
(文献で読んだ限り、この魔物はかなり危険です。特に今みたいな隠れる場所が無い限定された空間では……)
ミノタウロスには毒などの特殊な攻撃手段は無く、勿論魔法も使いません。しかしその特性は、見た目通りの怪力と頑健さです。それがあんな大きな斧を振り回してくるのですから――
わたくしは相手が攻撃に集中できないように四〇人の盗賊の短剣を複数召喚します。
(五本……いえ八本です!)
わたくしが首領の剣をかざすと、目前に八つの光る紋様が現れ、それぞれから形の異なる短剣が出現します。
『……我が敵を斬り裂け』
短剣たちは一斉にミノタウロスへ向かい、宙を舞いながら四方八方から斬りつけます。やはりその頑健な肉体にはダメージがあまり与えられていない様ですが、羽虫に集られた様に武器や腕を振り回して呻き声を上げ、嫌がっています。
「ファナ嬢、稲妻を!」
「え、もうやるの!?」
ディロンさんの指示にファナさんは驚きます。
「速攻であいつを倒さないと危険だってことでしょ?」
シオリさんがディロンさん問いかけると「そうだ」と答えながら儀式用短剣をかざし沼の精を召喚します。ミノタウロスの足元の床が液体のように揺れ、ズブズブと沈んで行きます。
それを確認したマーシウさんは距離を取ります。わたくしも魔剣・四〇人の盗賊の召喚を解除し、短剣達は煙のように消えます。腰の辺りまで床に沈んだミノタウロスは獣のような悲鳴を上げて藻掻きます。
『……稲妻!』
ファナさんが長杖をミノタウロスに向けると杖の先からバチバチと火花が散ります。そして雷光が奔り雷鳴が轟きました。雷撃がミノタウロスを直撃し大きな悲鳴を上げましたが、まだ弱る様子もなく藻掻き、三日月斧を振り回しています。
「もう一発……稲妻!」
再びファナさんの長杖から雷撃が奔り、ミノタウロスを撃ちました。肉体は火傷を負っていますが、弱るというより怒り心頭といった様子に見えます。
「こいつ稲妻効かないの?!」
ファナさんは驚き焦ります。
「いや、効いているはずよ……火傷を負ってるし身体はダメージを受けてるわ。多分恐ろしい頑健さということね」
シオリさんはミノタウロスのを観察してそう言います。
「じゃあそいつを倒すかファナが倒れるか勝負だね!」
ファナさんは両足を肩幅に開き、長杖を両手で持ち身体の正面で構えました。そして魔法の詠唱に入ろうとした時、沼の精で腰まで沈み藻掻いていたミノタウロスがファナさんに向かって三日月斧を投げつけました。
予想外の出来事にマーシウさんもすぐに反応出来ず、三日月斧がファナさんに命中したと思った時、ファナさんの一番近くに居たディロンさんがファナさんを押し倒す様に庇いました。そのために直撃は免れましたが斧が床に落ちた時に跳ね、柄の部分が二人に当たりました。
「ディロン! ファナ!?」
アンさんが叫びます。マーシウさんはそれを一瞥するとミノタウロスに接近します。
「シオリ、二人を診てくれ。アンも接近戦だ。レティは魔剣を!」
ディロンさんが負傷した為でしょうか、沼の精が解除されてミノタウロスは自由になりました。マーシウさんはそれを見越してでしょう、背後からミノタウロスに接近して脚を剣で刺しました。すると苦痛に悲鳴を上げながら振り返りざま拳を横振りします。マーシウさんはそれを盾でまともに受けてしまい体勢を崩しました。
アンさんは投げナイフをミノタウロスに投げつけてマーシウさんへの追撃を阻止します。
(わたくしも魔剣を……ミノタウロスに有効な武器は……)
わたくし達のパーティーで決定的な攻撃力を持つのはファナさんの攻撃魔法です。それが無い今、ミノタウロスに致命傷を与える手段がありません。
(武器を手放している今がチャンスです。何か……四〇人の盗賊の皆さん、力を貸して下さい!)
『牢よ開け……|出でよ四〇人の盗賊たち《皆さん出てきてください》』
首領の剣をかざし首領の指輪に意識を集中します。すると、わたくしの目前に今までのものより明らかに大きい光の紋様が浮かび上がりました。そしてそこから出現したのは、大きな片刃の剣……ではありません。それはまるで包丁の様に見えました。わたくしの背丈半分ほどありそうな包丁です。
「え、もう一本?!」
大きな包丁が全ての姿を現したその下から更にもう一本の包丁が現れました。今まで一つの紋様からは一本の武器しか召喚されませんでした。しかし現れたのは二本の大きな包丁でした。刃の先が尖った鋭利そうな肉切包丁と、刃が長方形で分厚い骨切り包丁です。
(二本?! いえ、これは……一対ということでしょうか?)
二本の包丁のような刃からはとても強い力――魔力でしょうか、そういった圧力を感じます。大ヤモリの時の槍よりもさらに大きな力に思えます。
「皆さん、気を付けてください! この前の槍の時よりも操作が難しいかもしれませんので――」
わたくしは仲間たちに注意を促すと、首領の剣を両手で持ち、首領の指輪も包み込むようにしました。
(お願いします、力を……貸してください!)




