第七一話「大ヤモリの襲撃」
「来るぞ!」
アンさんがそう叫ぶと、大ヤモリはこちらに狙いを見定めるように大きな目で睨み、牛ほどもあるその巨体に不釣り合いな素早さで近づいてきます。
アンさんが矢で射掛けます。三本放った矢は二本が外れ、一本は背中に命中しますが弾力のある皮膚のため角度が浅く刺さらずにバウンドして明後日の方向に弾けました。
「ちぃ!? 支援魔法受けた矢を……なんて弾力だよ!」
マーシウさんは前に出て大ヤモリの気を引く為に剣で盾を叩いて音を鳴らします。音に気を取られたのか動きを止め、マーシウさんの方を見ています。
わたくしは首領の剣を手元に呼び戻して握ると、宙を舞う短剣達に呼び掛けます。
『我が敵を討て』
五本の短剣の切っ先がくるりと一斉に大ヤモリの方を向いて飛んで行きました。
二本程は背中に刺さりましたが短剣なので分厚く弾力性のありそうな皮膚にどれだけ効果があるか分かりません。大ヤモリは身体を激しく動かします。それにより残りの三本は刺さらず外皮や尻尾で弾かれ、背中に刺さった短剣も抜けてしまいました。
大ヤモリは目の前のマーシウさんに喰らいつこうと大口を開けて襲ってきますが盾で頭を叩いて躱します。
「ヤバいっぽいからもう、稲妻いくよ!」
ファナさんはディロンさんに視線を送ります。ディロンさんは「うむ」と頷き、儀式用短刀を構え精霊魔法"沼の精"を唱えました。マーシウさんはそのやりとりを聞いていたのでしょう、大ヤモリの頭を盾で叩いてから後方に退きました。
間もなく大ヤモリの身体はズブズブと床に沈んで行きます。
『……稲妻!』
ファナさんが構えた長杖から雷光が奔り雷鳴が轟きました。稲妻の魔法は確かに大ヤモリに命中しましたが「キィー」と悲鳴を上げはしても外傷は見られず、沼の精の効果で藻掻いているだけでした。
「うそぉ?! 何で??」
「稲妻が直撃だぞ?」
ファナさんだけでなく珍しくディロンさんも声を上げて驚いています。それを横目にアンさんは弓を置いてカタナを抜き大ヤモリに向かって走りました。
「マーシウ、今のうちに剣でやっちまうよ!」
マーシウさんは「おう!」と応えると沼の精で藻掻いている大ヤモリに剣で斬りかかりました。
「マーシウ殿、アン、沼の精の範囲に入らんよう気をつけろ」
「分かってるよ! でも踏み込めないから致命傷狙えないのが厄介だ」
マーシウさんは盾を構え、暴れる大ヤモリの手足を防ぎながら、アンさんは尻尾を躱しながら沼の精の範囲外から斬りつけます。
(お二人共剣なのでリーチが短いのですね。でもわたくしの魔剣ならば……)
「魔剣でいきます!」
わたくしがそう叫ぶと、お二人が後ろに下がるのを確認して魔剣に命じます。
『魔剣よ貫け』
五本の宙を舞う短剣を大ヤモリの真上から垂直に落とします。今度は五本全てが背中に刺さりました。すると大ヤモリは「ギギィー」と悲鳴を上げながら激しく暴れ、尻尾と四本脚を使い沼の精から脱出してしまいました。
そして跳躍して壁に張り付き身体を揺すると刺さった魔剣は床に振り落とされました。わたくしは短剣では効果が薄いと判断して短剣の召喚を解除します。短剣たちはたちまち煙の様に消えました。
「あいつ、あの弾力のある皮膚が稲妻を通さないのかもしれないよ?」
アンさんがそう言うとマーシウさんも「手応えとしては同意だな」と言っています。
「稲妻、つまり電気を通さない物もある――例えば木や土だ。奴の肌もそういう性質なのかもしれん」
ディロンさんも同意しています。
「じゃあ火球?」
「当たるかしら……それに壁や天井に張り付かれていたらディロンは沼の精使えないんじゃない?」
ファナさんとシオリさんも次の手を模索しています。
(四〇人の盗賊の短剣は皮膚を貫けますが深く刺さらないので効果が薄かったんですよね……じゃあ深く刺されば?)
「長い剣とか槍とかそういう硬いものを貫ける方……いませんか?」
わたくしは藁にもすがる思いで首領の剣に向かって独り言を語りかけました。今までもその場に合った武器が召喚されていることがありました。わたくしが魔剣の主ならその意図を汲んでくれているのかもしれません。
『四〇人の盗賊よ我に貫く力を』
わたくしの願いが届いたのか、宙に紋様が浮かび上がりそこから出現したのは、剣の様に刃の大きな槍でした。
(願いが通じた……のでしょうか?)
しかし、槍はわたくしが命じていないにもかかわらず宙を暴れる様に舞います。
「ちょ……レティ危ないって!」
槍は宙を舞い、アンさんの横を掠めます。
「アンさんごめんなさい! この槍ひとりでに……」
そうしている間にも大ヤモリは壁を走り、わたくし達の後ろに回り込んで大きな口を広げてファナさんに襲いかかります。
「うわ、来たぁ!?」
ファナさんは走って逃げようとしました。わたくしは首領の剣と指輪に意識を集中します。
『|槍よ我が意に従い敵を穿て《お願いします指示に従ってください》!』
すると槍は急に動きを止め向きを変えて、ファナさん目がけて飛んでいきます。
「駄目っ……え?!」
わたくしが叫びかけた瞬間――槍はファナさんの真横ギリギリをかすめて、飲み込もうと大口を開けて飛び込んできた大ヤモリの口の中に刺さりました。ファナさんが頭を抱えてしゃがみ込んだその真横に大ヤモリがドサリと倒れます。
ファナさんは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げて暫くうずくまっていましたが、顔を上げて真横の大ヤモリに槍が刺さって倒れているのを見てから大きな溜息をつき、床に寝転がりました。
「ふぁぁ~! どうなるかと思った……」
マーシウさんとアンさんが大ヤモリを剣で突いて生死を確かめます。
「死んでるよ、流石に口の中にこんなに槍が刺さったからね……」
アンさんが溜め息をついてそう言うと、わたくしも溜め息をついてペタリと座り込みました。すると槍は他の魔剣同様、煙の様に消えました。
「こんなのが当たり前のように棲んでる……やはり全く気は抜けないな」
マーシウさんは険しい表情で大ヤモリの死骸を見ていました。わたくしは立ち上がる時、身体に強い倦怠感を感じてふらつきます。それをアンさんが支えてくれました。
「ちょっと、大丈夫かいレティ?」
「あ……す、すみません。身体がちょっと、なにか凄く疲れたような……」
シオリさんもわたくしの傍に来て額や首筋に手を当てます。
「熱とかは無いみたい。レティ、いつから症状が?」
「気付いたのは大ヤモリが死んだ後です。魔剣で召喚した槍が消えてから……」
シオリさんはポンと両掌を合わせて「それね」と言いました。
「レティ、あの槍が暴れてたのは制御がうまく出来なかったから?」
「そうです。暴れていたのでこの指輪と剣に意識を集中して必死で制御しようとしました……」
「レティはその魔剣の力をまだまだ制御しきれていないのね。今回はファナを助けてくれたけど、無理はしないで?」
シオリさんがそう言っているとファナさんがわたくしの腕に抱きついてきました。
「レティありがとう! ファナ食べられるかと思ったよ」
抱きつかれた時に少しバランスを崩しそうになり、逆にファナさんが支えてくれました。ファナさんは「あ……ごめん」と苦笑いしています。
(皆さん無事で良かったです……ですが四〇人の盗賊の中でも、強力な武器の召喚や制御にはより強い集中力や精神力が必要という事でしょう。盗賊の首領さんが言っていましたね――"使いこなすにはそれなりの力を示せ"と……)
――しばし休憩を取った後、わたくし達はさらに奥へと進んで行きました。




