第七〇話「地下迷宮の弱肉強食」
――短い階段の最上部手前でアンさんはしゃがむ様に止まり、後続の私たち対して掌を広げて「待て」の合図をしました。それに従い止まって指示を待ちます。
アンさんは階段最上部から向こう側を覗いてから立ち上がって「前進」の合図をくれました。アンさんは先行して慎重に進んで行きますのでわたくし達もそれに従いました。
転送装置や昇降装置のあった回廊よりもこちら側は建物の傷みが酷くて壁や天井にひびや崩れた部分が見受けられます。そのため地下迷宮独自の照明の仕掛けも壊れている箇所が多く薄暗いです。
「きゃっ?!」
わたくしの背後でシオリさんの短い悲鳴が聞こえたので皆さん一斉にそちらを見ました。
「足元を何かが……」
シオリさんは足元をキョロキョロと探しています。
「ネズミだ」
最後尾のディロンさんが指さした先にはネズミが二、三匹居て壁の小さな穴に出入りしていました。よく見るとネズミがチョロチョロしています。皆さんホッとして再び前進します。
少し進んだ所でアンさんが腕を横に伸ばして掌を広げる「待て」のジェスチャーをしました。アンさんは床や壁が調べます。
「血痕……古いね。数年ってとこかな? 人の足跡もあるから冒険者かもしれない」
「ということは何か居るかもしれないな……」
マーシウさんは盾と剣を構えます。わたくし達もそれぞれに武器を構えて敵襲に備えます。
「ネズミの姿が消えた……」
アンさんはそう言うと弓を構えます。通路の奥の暗がりから何か「ガサ」「バサ」という物音がします。後方でディロンさんが鬼火を召喚しました。鬼火はふわふわと前方の暗がりを照らしながら進みます。
すると素早く動くものがこちらに幾つも向かって来る様子が照らし出されました。それは放物線を描いて跳躍している虫の様なものです。身体は少し大きな犬くらいでしょうか、太く長い後ろ脚で床を蹴って跳躍して移動しているようです。
「あれは……」
わたくしは目を凝らして見つめます。
(確か辺境探訪諸記に載っていた……)
「首刈りバッタ?!」
アンさんが跳躍する虫を見てそう言いました。わたくしが本で読んだのも同じものと思われます。アンさんは矢を右手に三本程で持ち狙いをつけると連続して矢を放ちます。
「大きくは無いですが鋭い歯で噛みついて首を噛み切るそうです!」
「うげ、何それ!?」
ファナさんは嫌悪感を露わにします。
「ディロン、支援魔法通常シフトで行きましょう……疾風……身体向上」
「心得た…………武器強化……鎧強化……重量軽減……集中力向上」
――シオリさんとディロンさんは連携して支援魔法を唱えます。
「光の矢で行くよ!」
ファナさんは長杖を両手で構えます。
「ファナさん光の矢は斉射一回で、魔力の節約をお願いします。わたくしもカバーしますから」
わたくしは首領の指輪に精神と魔力を集中します。
『牢よ開け……出でよ四〇人の盗賊』
すると宙に光る紋様が幾つかの浮かび上がり、そこからそれぞれ異なった形状の短剣が現れます。そして右手に持った首領の短剣の切っ先で首刈りバッタの向ってくる方向を指し示すと短剣たちは一斉に飛んで行きます。
ファナさんの光の矢とわたくしの四〇人の盗賊による攻撃で首刈りバッタは次々と撃ち落とされます。
それらを掻い潜って接近してくるものをマーシウさんが大きな盾で叩きつけて落とし、ひっくり返った所を剣で刺してとどめを刺しました。
それでも討ち漏らした首刈りバッタが三匹程飛びかかってきました。
「シオリさん!?」
一匹が急に方向を変えて跳躍してシオリさんに飛びかかります。
「伏せろ!」
アンさんの怒鳴り声か聞こえた瞬間シオリさんはその場に伏せました。そして飛びかかって来た首刈りバッタの後頭部辺りに矢が刺ささり、飛びついた勢いで床に転がりました。
「アン姐!」
ファナさんはシオリさんの危機をアンさんの矢が救ったことに感動して腕を振り上げます。
「まだだトドメを!」
首刈りバッタが狂ったように地面を這いずり身体を起こそうと藻掻いています。マーシウさんは盾を構えながら床に伏せたシオリさんを庇います。
『首領の剣よ!』
わたくしは右手に持った魔剣四〇人の盗賊の本体である首領の剣を藻掻き暴れる首刈りバッタに向かって投げました。そして対となる首領の指輪に意識を集中して剣を操る様に指さしながら腕を振ります。
すると剣はわたくしの指の動きに合わせて軌道を変え、見えない手で操られるように宙を舞いながら首刈りバッタの身体を刺し貫きます。残る二匹は引き返すように通路の奥に逃げて行きました。
――アンさんはまた首刈りバッタが戻って来ないかを警戒しながら通路の先を見張っています。マーシウさんがシオリさんを助け起こし、怪我の有無を確認しています。そして、無事を確認するとアンさんの元で集合しました。
「一匹ずつは何とかなるが、アレの大群でも来られたら厄介だな……」
マーシウさんは眉をひそめながら通路の先を見つめます。ディロンさんは儀式用短剣で宙に文字の様なものを描きながら精霊探知を唱えます。
「また来るぞ、警戒だ」
ディロンさんは鬼火を通路の奥に向けて放ちます。すると先ほどの首刈りバッタと思われるものがこちらに跳躍しながら向かってきました。しかし、さらに奥の暗がりから突然現れた大きな影に飲み込まれてしまいました。
「なんだありゃあ!?」
アンさんがその影に戸惑います。「ミシミシ」「バリバリ」と押しつぶされ飲み込まれる様な音が聞こえるのでディロンさんはそちらの方へ鬼火を向かわせました。そして照らし出されたのは……牛ほどもある大きさの四つ足のトカゲが首刈りバッタを丸呑みしていました。それは目と口がとても大きなトカゲでした。しかもそのトカゲは壁に張り付いていたのです。
(トカゲ?! いえ、あれは……あれも本に載っていました)
「大ヤモリ!? 貪食で、何でも――たとえ同種の子供でも捕食すると言われる大喰らいのトカゲの一種です!」
「デカいなりしてこんな狭いところに……クソ、次から次へと!」
マーシウさんは最前列に歩み出て盾を構えます。わたくし達も次の一手をどう出そうかと思案していました。




