第六九話「再び始まりの地へ」
――目的の地下迷宮へは皆さんと合流した村から徒歩二日程で到着しました。わたくし達は、以前脱出したときに偶然動いた昇降装置の部屋を真っ先に調べました。扉の仕掛けに触れて中を確認します。わたくし達の後に誰かが利用した形跡もなく、記憶にあるままの状態でした。
「どうします、昇降装置を使いますか?」
「レティ、目標の秘薬はどの辺にありそうなんだ?」
マーシウさんの問いにわたくしは"辺境探訪諸記"を取り出して秘薬のページを確認します。
「……そうですね、地下の奥底という記述がありますから、わたくしはやはり最下層やそれに近い場所と考えています」
「なら、昇降装置で一気に下へ行こう」
マーシウさんはそう言うと皆さんの表情を見て行きます。拒否や不安そうな方は居ません。皆さん頷いていました。
わたくし達は昇降装置の部屋に入ります。以前と変わらず中央には台座と淡く光る石が安置されている成聖石です。これは刃爪蜘蛛の巣の迷宮にもあった古代魔法帝国の設備で、ここに居ると自身の治癒力や回復力が促進されます。
とりあえず休憩しようと言うことで入口を交代で見張り、食事と仮眠を取ることにしました。
わたくし達が以前乗った時のままということは、昇降装置自体は仕掛けに触れない限り作動しないという事でしょう。触れないように昇降装置の中を改めて調べます。
(昇降装置……転送……部屋……休息……以前より読める言葉が増えています)
こうしてわたくしが調査しているうちに外から何やら良い匂いが漂ってきました。外でディロンさんが煮炊きしている様でした。
その匂いにわたくしのお腹は「くぅ」と正直に反応します。匂いに誘われてディロンさんの元へ行きました。
「ディロンさん、いつものシチューですか?」
「うむ。地下迷宮に入ったら基本的には煮炊き出来ないのでしばらくは保存食や携帯食になる。だから今のうちに温かい物をと思ってな」
「確かにそうです。それに温かい食べ物というのは精神的支えにもなりますから、食べられる時に食べておくのは大切ですよね」
ディロンさんは珍しく「フフ」と微笑みました。
「ディロンさん?」
「いや、あのレティ嬢が逞しくなったなと感心していた。すっかり冒険者らしくなった」
ディロンさんは穏やかにそう言われました。
「あのレティ、という事はやはり最初は頼りなかったのですよね?」
「今だから言うが、厄介な事になったと思っていた。みな人が良いからな、助けたいと言うことも予想出来た。だからその方向で納得した」
(厄介事……確かにそうですよね。現にわたくしの事で皆さんを命の危険に晒していますし)
「本当にすみません……縁もゆかりも無いわたくしの為に命の危険に、何度も……」
ディロンさんはまた「フフ」と微笑みます。
「いや、あんな場所で出会った事が縁、という事だろうな……不思議なものだ。それに、助けたいと思わせるのは君の人柄だと思うが?」
「自分ではよく分からないです……」
自分自身の事については本当にわたくし疎いです。
「ふあ~お腹空いた……ディロンが何か良い匂いさせてる……」
仮眠をとっていたファナさんが起きて来ました。
「ファナ嬢、皆を起こしてくれ。飯が出来たとな」
「りょうかーい……」
ファナさんは欠伸をしながら昇降装置内の成聖石を利用して仮眠をとっている皆さんを起こしに行きました。
「レティ嬢。皆、今となっては当初の縁など気にしてない――吾輩もな。それは君が築いたもの、もはや対等な関係だ。それが仲間というものだ」
(皆さんとわたくしの対等な関係……)
「おーっし腹減ったし食べようか」
アンさんがレストポイントとは別の方向からやってこられました。わたくしは旅人の鞄から器とスプーンを取り出してアンさんに渡します。
「レティありがと。ディロン、普段は無口なのに珍しくお喋りだったじゃん?」
アンさんはニヤリと笑いながら器をディロンさんに差し出します。
「盗み聞きとは趣味が悪いぞ。それに、吾輩が無口ではなくお前が配慮なく喋ってるだけだろう?」
ディロンさんは喋りながら器にシチューを入れます。アンさんは苦笑いしながら受け取ると誤魔化すように「ふうふう」と冷ましながら食べていました。
そして、起きてきた皆さんと鍋を囲みディロンさんのシチューを食べました。
(最初にこの地下迷宮を脱出したあとに初めて皆さんと鍋を囲んだ時の事を思い出しますね……)
日が暮れ、食事と片付けが終わり、皆さんそれぞれ装備を確認しています。わたくしも入念に持ち物を確認しました。地下迷宮は昼でも夜でも変わらないので準備出来次第突入するのだそうです。
わたくしはガヒネアさんにお借りした魔道具"陽位水晶"で今の太陽の位置から大体の時間を確認すると、丁度深夜でした。地下迷宮のような閉鎖された場所では時間経過が分からなくなるので逐次確認していきます。
(太陽が見えないのに沈んでいる太陽の位置もわかるなんて便利な道具ですね……)
皆さんが準備出来たところで昇降装置を起動させます。「ゴゴゴ」という弱い振動と浮遊感のような奇妙な感覚に見舞われました。そんな事がしばらく続き、やがて音と振動が止まり扉が開いたのでアンさんが外を確認します。
「……とりあえず何も居ないみたいだよ」
アンさんの言葉を聞き、皆さんで通路に出ます。高さ一〇メートル、幅五メートルほどの左右に真っすぐ伸びた通路です。以前来た時の様に柱や壁の灯かりの仕掛けが灯されたままだったので視界には問題ありませんでした。わたくしの脳裏にあの日の記憶が蘇ります。
「あちらがわたくし達が出会った転送装置のある部屋ですね」
左側一〇〇メートル程先は部屋の入り口のある壁です。わたくし達は懐かしさと好奇心からそちらへ向かい、壁に空いた長方形の入り口の前に立ちました。
「この出入口ファナが仕掛けを見つけたんだよね」
ファナさんは自慢げな口調で言いました。中は照明が点いておらず暗いです。アンさんがそっと中を覗くと「ぽうん」という音が鳴り響き、灯かりが点灯しました。
半径二〇メートル程の半球形の部屋、部屋の中央部を囲むように立つ高さ二メートルほどの石柱、同じ並びに置かれた腰くらいの高さの小さな机程度の台座……。
(あの時のままですね、無作為転送刑でわたくしがここに飛ばされた時のまま……)
「レティ懐かしいね、ここで出会ったんだよねえ――」
アンさんが感慨深げに言いました。まだ二年足らずしか経っていませんが、もう何年も前にも思えます。
「皆さんが突然現れたのでわたくし隠れて様子を見ていたら、ディロンさんとアンさんに見つかりましたよね。いつの間にか背後から近付かれて刃物を……」
「ご、ごめん……ひょっとしてずっと根に持ってた?」
アンさんは珍しく困り顔をしています。
「さあどうでしょう?」
わたくしが笑顔でそう答えると皆さん笑っていました。
(わたくしなりに冗談というものを言ってみたのですが、通じた様で良かったです。ちょっとドキドキしましたけど……)
わたくし達は転移装置の部屋を後にして再び通路に戻りました。昇降装置の部屋の前を通過し、以前皆さんが倒した自律甲冑の残骸を横目に通路の端まで来ました。ここから通路の幅と高さは半分くらいになり、短い登り階段になっていました。
「ここからは初めての場所だから、気を引き締めて行こう」
マーシウさんはそう言いましたが、皆さん既に注意深くで周囲を警戒していました。
先頭はアンさんとマーシウさん、その後ろにわたくしとシオリさんファナさん、最後尾にディロンさんといういつもの隊列で階段を登って行きます。




