第六〇話「キマイラ退治」
――わたくしは右手に持っていた首領の剣を天に掲げます。それに付き従うように召喚した四本の短剣はわたくしの周囲に浮いています。そしてわたくしは右手の首領の剣でキマイラを指さします。
『――我が敵を斬り裂け』
わたくしの言葉と共に四〇人の盗賊たちは一斉に切先をキマイラに向けて飛んで行きます。飛んでくる剣に気付いたキマイラはそれらを跳躍で躱します。キマイラの翼や身体の一部にを刃が掠めた程度で一〇メートル程距離を置かれてしまいました。
わたくしは精神を集中して四〇人の盗賊たちに追撃するように命じ、キマイラに向けて飛ばします。それに対してキマイラの山羊頭が呪文を唱えます。
「レティ嬢、射撃防御だ!」
ディロンさんが叫びます。
(わたくしの予想が正しければ――)
「構いません……"我が敵を斬り裂け"」
わたくしは手に持った首領の剣の切先でキマイラを指し、宙に舞う四〇人の盗賊の剣たちに命じました。四本の四〇人の盗賊たちは射撃防御に影響されることなく真っすぐにキマイラに襲い掛かります。四本のうち二本はキマイラの身体に刺さりますが山羊頭ではなく獅子の身体の方です。もう二本は躱されたり翼で叩き落とされてしまいました。
『我が元に戻れ』
わたくしが命じると命中しなかった二本がわたくしのもとに戻ってきました。
「レティすげえじゃん、射撃防御に影響されないなんてさ!」
アンさんは「ヒュウ」と口笛を鳴らして驚きます。
「この四〇人の盗賊は射撃や投擲で飛ばしているのではなくて、わたくしが魔剣を制御する"首領の指輪"と魔剣の本体である"首領の剣"を使って魔力で操っているのでその理屈が通じるなら――と思いましたが予想通りでした」
――その時、キマイラは四〇人の盗賊の短剣が刺さり激昂して大きな咆哮を上げます。その迫力にわたくしは恐怖で身が竦みます。しかしマーシウさんが盾を構えてわたくしの前に立ち、アンさんはわたくしの横でいつでも矢が放てる体勢で身構えわたくしを護って下さいます。
「レティを中心に陣形を組む、なんとかその魔剣で山羊頭を潰してくれ。アン、牽制を頼む」
「あいよ!」
「シオリはこっちのフォローを。ディロンとファナはレティが山羊頭を潰したらいつものヤツを頼むぞ」
「沼の精からの稲妻ね、わかった!」
ディロンさんは頷き、ファナさんは長杖を振って応えました。
(責任重大ですね……でも、皆さんがわたくしに力を貸してくれます)
わたくしはキマイラへの攻撃に確実を期す為に残り一本の魔剣を呼び出します。
『我と共に戦え』
空中に光る紋様が浮かび上がり、長さが一メートル超、刃幅は一〇センチ超の大きな偃月刀が出現しました。幅広い刀身には蛇を模した細工が施されていて、いかにも恐ろしくまた興味を惹かれる形状です。
その時、キマイラがわたくしに向かって跳躍し襲いかかりました。前脚の爪の一撃をマーシウさんが盾で受け流しつつ剣で反撃します。マーシウさんの剣の切っ先がキマイラの身体の一部を斬り裂きました。
キマイラは怯む事なくマーシウさんに向かって吼え、後ろ脚で立ち上がって身体を持ち上げてマーシウさんに向かって倒れるように飛び掛ろうとします。
そこに、いつの間にか自分のカタナを旅人の鞄から取り出していたアンさんがキマイラの背後に迫り斬りつけようとします。ですが、尻尾の毒蛇がアンさんの動きに気付いて「シャア」という威嚇音を発してアンさんに噛み付こうとしました。
「ちぃっ……頭が沢山あるって厄介だね」
キマイラは挟まれている事を警戒したのか、マーシウさん飛び掛かるのを止めて前脚を地面につき、翼を羽ばたかせて宙に舞い上がります。
「レティ、ヤツの翼を!」
マーシウさんが叫びます。まだ実戦に不慣れなわたくしはマーシウさんとアンさんの怪物との目まぐるしい接近戦の展開に圧倒されていましたが、マーシウさんの指示で自分がすべき事に気づきます。
『魔剣よ!』
わたくしの指示で宙を舞う二本の短剣がキマイラの翼を刺し貫きます。悲鳴のような咆哮を上げてキマイラは地面に墜ちました。
『敵を斬り裂け!』
わたくしが偃月刀にそう命じると「ぶぅん」と風を切る音をさせながら縦に回転し弧を描いて飛び、キマイラの牡山羊の頭に刺さります。偃月刀が眉間を割り、牡山羊は力なく舌を出してうな垂れました。獅子の頭は激しい怒りのような咆哮を上げ身体を立ち上がらせます。
「ファナ嬢!」
ディロンさんはそう叫ぶと儀式短剣で地面に触れて沼の精を召喚しました。するとキマイラの身体はズブズブと地面に沈み始め、驚いたキマイラは藻掻きますが余計に沈んで行きます。
『……稲妻!』
ファナさんは長杖を両手で持ち、キマイラに向けて魔法を唱えます。長杖の先端に「バチバチ」と火花が散った次の瞬間、激しい閃光が奔り雷光がキマイラに命中した直後に空気を裂く様な雷鳴が轟きました。
「よっし、命中!」
ファナさんは構えていた長杖を下ろし、右手で拳を突き上げて喜びました。
そしてディロンさんが沼の精を解除したからでしょう、黒焦げのキマイラは地面の上に浮き上がり、そのまま横たわっていました。
「まだだ、生死を確かめる」
倒れているキマイラにマーシウさんは盾を構えながら慎重に近づきます。アンさんは弓を構え矢を番えていつでも撃てるようにしています。その時、キマイラの身体が徐々に光り始めました。
「なんだ?!」
マーシウさんは立ち止まって盾で身を隠します。
キマイラの身体は光の粒子となって宙に舞い上がり、ふわふわと光の筋になって向こうの方に飛んでいきました。わたくし達は光の筋を追います。追いかけている間、色んな方向から同様の光の筋が同じ場所に向けて飛んでいくのが見えます。
「一体、どういうんだ?」
マーシウさんは怪訝な表情であちらこちらから流れてくる光の筋を見ています。
「なんか、キマイラ以外にも怪物が何匹も出たっぽいよ?」
アンさんは道行く人に話を聞いて来たようでした。
(確かに、わたくし達がキマイラと戦った以外の場所も酷く荒れていますね……)
そして、光の行く先には人集りがあり、警備の冒険者や兵士が野次馬を抑えていました。わたくし達も状況を把握しようと前の方へ割って入ります。
「あれは?!」
シオリさんが指をさす先にあったのは地面に置かれた分厚い一冊の本でした。その本はペラペラと独りでにめくられ、光の粒子が本に流れ込んでました。そして光の粒子が収まると本は「パタリ」と閉じられました。
「こちらです!」
冒険者たちに伴われて何人かの身なりの良い人たちがやってきました。
「バフェッジさん!?」
やってきた人たちの中に本を沢山買って頂いたガヒネアさんのお知り合いのバフェッジさんが居ることに驚いてわたくしは思わず声を上げてしまいました。その声が聞こえたのでしょうか、バフェッジさんはわたくしを手招きしていました。警備の方がわたくし達を通してくださり、バフェッジさんのもとへ駆け付けます。
「やあ、レティ・ロズヘッジ君。君とその仲間も対処に当たってくれたようだね、感謝するよ」
バフェッジさんは先ほどの本を持ち上げて確認していました。
「あの……一体……」
バフェッジさんは実は書物大祭の実行委員の一人だそうです。今日の出来事はバフェッジさんの説明によると、この本が古代魔法帝国の遺物で"載っている魔獣を召喚することが出来る"というものだそうです。
「毎回、こういう魔導書や呪われた書物、古代魔法帝国の遺物などが出品されてトラブルが起こるのだよ……まあある意味風物詩だな。参加要綱にも書かれているだろう?」
(え、そんなことが!?)
わたくしは参加要綱の巻物を取り出して読み返しますと……確かに沢山書かれた文章の中に"稀に魔導書などが誤って発動することがあるので注意されたし"と書かれていました。
(ああ……忙しくて隅から隅まで読んでいませんでした……)
「今回は魔獣図鑑から誤って魔獣が召喚されてしまったようだ……水妖馬……飛竜……人喰い花……複合魔獣……この辺りだったかな?」
バフェッジさんは魔獣図鑑をぱらぱらとめくりながら呟いていました。横から図鑑を覗くと、キマイラが描かれているページがありました。その絵はわたくし達の戦ったキマイラでした。
(あ、そうです。わたくしが知る伝承のキマイラはもう少し大型で獅子と牡山羊の頭の他に竜の頭が付いていました。なるほど、この図鑑から出現したものなのでこの姿だったのですね……)
「あの、わたくし達は何とかこのキマイラは倒しましたが……」
「うむ、報告は受けている。なかなか優秀な冒険者だな君たちも。他の怪物も警護に雇っていた冒険者が対処してくれた、幸い対応が早かった為死者は出ていない様だ。怪我人も治癒術師が対応している……君たちも怪我は無いかな?」
「はい、わたくし達は幸い無事でした……でも怪我をされた方も多いのですよね?」
わたくしがバフェッジさんと話していると、それを聞いていたシオリさんは「私も治癒術師です、お手伝いします」と怪我人の治療に行かれました。
「君の仲間にも治癒術師が居て助かったよ。専門職の治癒術師は冒険者の中でも数が多くないらしいからね」
「あの、バフェッジさん……書物大祭は中止なのでしょうか?」
わたくしがおずおずと質問するとバフェッジさんは声を出して笑いました。
「何を言ってるのかね、予定通り続けるよ。これから実行委員で打ち合わせをするが、まあ経験上この程度なら開場時間を遅らせればなんとかなりそうだ」
バフェッジさんはさも当たり前のように仰いました。
「時にレティ・ロズヘッジ君。明日は急ぎの予定はあるかね?」
出店は今日だけです。明日は書物大祭を見学する予定でしたので「特には……」とお返事しました。
「それは僥倖。もしよければ会場の後片付けと再設営を依頼としてお願いしたいのだが?」
「は、はい?」
わたくしは突然の申し出に間の抜けた声を出してしまいました……。
 




