第五九話「魔獣の襲撃」
「なんで獣の咆哮?!」
アンさんは周囲を見渡します。辺りは逃げ惑う人々で溢れていました。マーシウさんは逃げる男性を呼び止めて状況を聞きます。
「魔獣だ、魔獣がそこら中に……あんたらも逃げろ!」
「魔獣だって?! なんでこんな大きな街のど真ん中に?」
マーシウさんは怪訝な表情で男性に聞き返します。
「知らんよ、あんたらも早く逃げろ!」
男性は慌てて逃げて行きました。そして再び獣の咆哮が聞こえます。
「近い?!」
アンさんが旅人の鞄に手を突っ込み武器を取り出そうとしている時にどこからか「バサ……バサ……」という翼の羽ばたく音が聞こえました。
「上だ!」
ディロンさんが空の上を指さします。するとそこには西方大陸にいるという大きな獅子のような獣が皮の翼を羽ばたかせながらこちらへ向かって来ていました。
「なんだありゃあ?」
マーシウさんは引きつった表情でわたくしやシオリさんを庇う様に前に出ます。しかし皆さん武装はしていません。魔獣はわたくし達の一〇メートル程前に降り立ちます。わたくし達のいるこの場所は密集した露店の真ん中にある幅が五メートルほどの大きな通りになっている場所です。
魔獣はわたくし達の姿を見ると威嚇するように咆哮しました。その姿は獅子ですが、背中には蝙蝠のような皮の翼、尾は蛇、そして一番目立つのは獅子の頭の隣りに牡山羊の頭が付いている事でした。
「キマイラ?!」
その姿にわたくしは叫びました。それは本や伝聞で知っている古代魔法帝国が産み出した魔獣キマイラです。
(でも、わたくしの知るキマイラとは何か少し姿が異なる様な気が……いえ、今はそんな場合ではありませんね)
「ほらマーシウ! シオリ、付与魔法を! ディロン牽制して!」
アンさんは旅人の鞄から弓と矢を取り出して鞄をマーシウさんに投げ渡し、シオリさん達に指示をします。そしてキマイラの注意を引くために矢を番えながら「ほらこっちだこっち!」と声を出しながら走ります。
『……運動能力向上……護り……速き靴……』
シオリさんが付与魔法を唱えます。ディロンさんは鬼火を召喚してアンさんと連携しながらキマイラを引き付けています。マーシウさんも剣と盾を取り出して後を追います。
(そうですわたくしは……魔剣四〇人の盗賊の"首領の指輪"はつけたままですから手元に引き寄せられるかもしれません)
わたくしは首領の指輪をかざし「我が元に戻れ」と言いました。するとファナさんが鞄を探ろうと近付いた時に鞄の口から魔剣"四〇人の盗賊"の本体である"首領の剣"が飛び出しました。
「わあっ?!」
「ファナさんごめんなさい!」
わたくしの思った通り鞄から取り出せる状態であればこちらに呼び寄せる事が出来る様です。
マーシウさんが剣で盾を叩いて音を鳴らすとキマイラはそれを狙って飛び掛ります。爪の一撃を盾で受け流しますが衝撃で後ろに弾け飛び、バランスを崩して膝をつきます。
『……鬼火』
ディロンさんはマーシウさん援護の為に、あらかじめ召喚していた鬼火をキマイラに向けて放ちます。しかしキマイラの牡山羊の頭が鬼火の方向を向いて呪文のようなものを唱えました。するとディロンさんの放った鬼火はキマイラの直前で薄い光の壁の様なものに当たって弾けて消えました。
「魔法の盾!?」
ディロンさんはそう叫びました。それは攻撃魔法などを防ぐことのできる光の壁を作る魔法でした。
「魔獣キマイラの牡山羊の頭は魔法を唱える――と聞いた事があります!」
わたくしは以前読んだ魔獣の事が書かれた本の内容を思い出し、皆さんに伝えます。
「じゃあファナの攻撃魔法が効かないっていうこと!?」
ファナさんは旅人の鞄から長杖を取り出しながら驚きの声を上げていました。
「あの牡山羊の頭を何とかすれば……」
わたくしは思いつくことを口に出してみます。
「山羊頭をどうにかって……」
「落とすか潰すってことでしょ?」
マーシウさんとアンさんは目配せで意思疎通を図って頷き合っています。
そして、マーシウさんがキマイラの注意を引き付けてアンさんが矢で射掛けました。ディロンさんは鬼火が魔法の盾で防がれるので付与魔法に切り替えて仲間たちに対して"武器強化"などを唱えました。そしてキマイラの牡山羊が再び何かの呪文を唱えます。
アンさんは牡山羊の頭に向けて矢を放ちます。しかし――
「は? 矢が?!」
アンさんの放った矢がキマイラの目前で不自然に曲がり、あらぬ場所に刺さりました。何度か射掛けますが、矢はやはりあり得ない軌道で曲がりキマイラに当たりません。
「まさか射撃防御?!」
シオリさんがそう叫びます。射撃防御は矢や投石などから術者を守る魔法です。
そして、キマイラは翼を羽ばたかせて浮き上がります。その風圧で辺りの露店の天幕は吹き飛び、近くにいたマーシウさんは盾で風圧と風に飛ばされてくる物から身を守ります。
露店が並ぶ大きな通りだったこの場所は、天幕がなぎ倒されて広場の様な空間になりました。石畳の地面には天幕の支柱や布、机の破片などが散乱しています。
キマイラは羽ばたきを止めると翼を広げて滑空しながら上空からマーシウさんに前脚の爪で襲いかかります。
「ぬお?!」
そこまで素早い飛行では無かったのでマーシウさんはしっかりと構えて盾で受け止めますが、上空からの勢いの乗った重い一撃で体勢を崩されてしまいます。マーシウさんは剣での反撃を狙っていたみたいですが、どうやら出来なかったようです。
キマイラは「バサッ」と一度翼を羽ばたかせて後方に数メートル程離れて着地します。
「でやぁっ!」
マーシウさんはキマイラに向かって突進しますが、また翼を羽ばたかせて垂直に浮き上がりマーシウさんの突進を躱します。浮き上がったキマイラが身体を丸めて後ろ脚で蹴りを放ちました。
マーシウさんはキマイラの後ろ脚の蹴りを躱しましたが、更にキマイラの毒蛇である尻尾が襲いかかります。マーシウさんは反射的に盾を振り、毒蛇を払いました。
尻尾を盾で強く叩かれたキマイラは短く吠え、翼を羽ばたかせて上空に逃れます。
「危ねえ……また、いつぞやみたいに尻尾の毒でやられる所だったな」
マーシウさんはそう言うと大きくため息をつきます。
「魔法の盾に射撃防御それに空も飛ぶなんてやり過ぎだよ、ズルくない?!」
ファナさんは顔をしかめながら愚痴を言いました。
(確かにこのままでは打つ手がありませんが……いえ、わたくしに出来ることがあります!)
『牢よ開け……出でよ四〇人の盗賊』
わたくしは首領の剣を右手で掴んで上に向けてかざしました。すると宙に四つの光る紋様が浮かび上がりそこからそれぞれ異なった形状の短剣が現れました。
(呼び出せるのは今のわたくしには五本が限界……ひとつは余力として残して、四本とこの本体の剣であの牡山羊の頭を……)
 




