第五八話「書物大祭のお客様」
――白髪の紳士が薔薇の垣根を訪ねて来られました。
「わたくしは店主の代理です」
「代理? ご店主は――薔薇の垣根のガヒネアは御身体でも悪くされているのかな?」
紳士は口ひげを指でなぞりながら仰られます。
「店主は今は息災なのですが、少し前に体調を崩しましたので大事をとっています」
わたくしの返答に紳士は「なるほど」と頷きます。
「店主に伝えますのでお名前を――」
「私はバフェッジという者だ。ガヒネアとは古くからの知り合いだよ、レティ・ロズヘッジ」
「え……」
(わたくし……名乗りましたか?)
「……ああ、ガヒネアから聞いている。見込みのある弟子が出来たとね」
「――そうだったのですね。見込みがあるかは自分では分かりませんがガヒネアさんには良くして頂いています」
(ガヒネアさんそんな事を他の方に言っていたのですか……)
わたくしは恥ずかしいやら照れくさいやらで変な汗がでました。
「何処に越したか分からなかったのでね、ここに来れば参加していると思ったよ。まあそんな事がなくても書物大祭には毎回来ているがね」
そう言うとバフェッジさんは笑っておられました。そして置いてある本に目を通していかれます。わたくしがそれを見守っていると、テュシーさんがわたくしの袖をちょんちょんと引っ張り耳打ちします。
「凄いじゃないですか……この方は第一回目の書物大祭から参加されているという噂の方ですよ」
「え、そうなんですか?」
「なんでも凄い目利きで、この方が認めた本はかなりの価値が出るとか……」
(わたくしは専門外なので存じ上げませんが、本の分野で有名な鑑定士なのですね……)
「これらを買わせて貰いたい、幾らかな?」
バフェッジさんはいつの間にか本を積み上げていました。
「あ、はいすみません……え、十冊も買って頂けるのですか?!」
「探していた本と知っている本があったのでね。今日の品はガヒネアの選定かな?」
バフェッジさんは整えられた顎ひげを撫でながら尋ねられます。
「いえ、わたくしが……」
「ほう? ではこの中に君の特にお勧めの本はあるかね?」
「えっと、この中には無いですが……こちらです。古い絵本ですが装丁がしっかりして状態も良いです、何より幼い頃に馴染みのあった絵本と同じ内容なので贔屓目もあるのですけれど……」
わたくしは『商人と四〇人の盗賊』の絵本を手に取りバフェッジさんにお見せしました。
「ほう、これは見逃していたよ。なるほど、確かに絵も丁寧で装丁も美しい。これも頂いて孫に贈るとしよう」
「ありがとうございます! でもこれだけお買い上げだと結構重いのですが……」
(大きな本が十冊以上ともなると剣より重いですけれども……)
バフェッジさんはお代を支払って下さると、一冊ずつ肩に掛けていた口の大きな鞄に入れて行きます。鞄には大きな本が次々と入って行きます。
「旅人の鞄ですか?」
「ああ。こういった場所ではとても役に立つ道具でねこれは」
本を全て仕舞うと「ではレティ君、ガヒネアに宜しく伝えてくれたまえ」と仰られました。
「はい、お買い上げありがとうございました」
「……君のような前途有望な若者を危うく失う所だったな」
「え?」
バフェッジさんは去り際に何かを呟かれましたがあまりよく聞き取れずそのまま去って行かれました。
「レティやったじゃん凄く売れたじゃない!」
横でやりとりを見守っていたファナさんは我が事の様に喜んでいます。
「とても有り難いですけど、あの方はガヒネアさんのお知り合いです……全て自分の力ではないので」
「もう、レティってばもっと自分に自信持ちなよ~」
ファナさんの言葉にわたくしは苦笑いで返しました。
――そして、バフェッジさんが去った暫く後、お客様が次から次に来られました。しかも皆さんとてもお詳しそうで鋭い質問が飛んできました。
冷や汗をかきながら何とかお答えすると納得され、皆さんお買い上げくださいました。そして日が傾いてきた頃に「書物大祭一日目終了です!」という知らせを係の人が触れ回っています。
お隣のテュシーさんはいつの間にか殆ど片付け終わっていました。
「お疲れ様でした、テュシーさんはもう帰られるのですか?」
「はい、明日は買い手として見て回りますので。それにしてもレティさんのお店は後半盛況でしたねえ」
「はい、お陰様で予想より売り上げがありました……ひょっとしてバフェッジさんがお知り合いの方に声をかけて下さったのでしょうか?」
テュシーさんは顎に手を当てて「うーん」と考える素振りをします。
「確かにそれはあるかもしれませんが、レティさんの説明はとても博識で聞いていてこちらも楽しかったですから、やはり貴女の力も多分にあると思いますよ」
(自分としては、また悪い癖で蘊蓄をベラベラ喋ってしまったのではと思っていたのですが……)
「この書物大祭はワタクシ達のような人間が集いますからね、普段は厄介者扱いされていますけど。でもワタクシはここが好きなのですよ、ワタクシたちが四年に一度ときめくことの出来る場所ですから」
テュシーさんは笑顔でそう言いました。
「ではワタクシはこれで。書物大祭の間はずっといますのでまたお会いするかもしれません」
テュシーさんはいつの間にか現れたお知り合いらしき方と荷物を持って人混みの中に消えて行きました。わたくしもアンさん達に手伝って頂き片付け始めていると、マーシウさんとディロンさんがやってきました。
「終わりみたいだから片付けを手伝いにきたよ」
「マーシウ、ディロン、ずっとなにやってたのさ?」
アンさんがお二人に聞きます。
「俺は知人に出会ったら、連鎖的に他の知人が来ている事を知ってしまってね、挨拶回りしてたよ」
マーシウさんは苦笑いしていました。そしてディロンさんを見ると、何冊かの本と巻物を抱えていました。
「ディロンさんは……楽しまれたようですね」
「うむ、興味深い書物や巻物があったのでな、つい色々巡ってしまったのだよ」
(皆さんそれぞれに楽しまれていたようで安心しました)
――こうして、在庫のチェックと売り上げの集計や荷造りが終わりわたくし達は会場を後にしようとしていた時、人々の喧噪と走って行く係員の人たちを見かけました。「急げあっちだ!」「クソ、今回は初日からか!」などの怒声が聞こえます。
「なんだ? 物騒な気配がするな……」
マーシウさんの表情が一変しました。他の仲間たちも途端に「冒険者の顔」になります。そしてアンさんとマーシウさんが様子を見に行こうと言ったその時、どこからともなく獣の咆哮が聞こえました。




