第五六話「書物大祭の準備」
――わたくし達は船に乗り十日程かかって商業都市ファ=シーンへやってきました。
以前来た時は侯爵の手勢に狙われてしまったので逃げる様に離れましたからあまり見る機会はありませんでしたが、本当に大きくて賑やかな街です。
(帝都の次に大きな街と呼ばれるのも納得できますね)
わたくし達が港に降り立つと他の船からも乗客がぞろぞろと降りてきます。その中にはちらほらとそれなりの良い身なりなのに分不相応に大きな荷物を背負った人たちが見受けられます。
(ああいう方々は多分わたくしと同じく書物大祭に参加されるのでしょうね……)
わたくしは背が低いので人混みの中で周囲を見渡そうと背伸びをします。ファナさんは更にわたくしの頭半分ほど背が低いので人混みの中でぴょんぴょん飛び跳ねて遠くを見渡そうとしています。
「ファ=シーンは人が多いのは知ってるけど……多過ぎだよこれ!」
「そりゃアレだ、レティの出るって言うナントカのせいじゃない?」
「書物大祭よアン姐。でもこれじゃ落ち着けないわね、とりあえず宿を探しましょう」
――シオリさんの提案で宿や酒場の集まる地区にやってきました。以前訪れたこの街のギルド組合の経営する酒場の併設された宿は既に満室でした。
ついでに酒場に設置されている依頼掲示板を見ましたが、「書物大祭の警備」「書物大祭荷物運搬護衛」「書物大祭滞在中の護衛」等々、書物大祭関連の依頼でいっぱいです。
「へぇ、この時期にここに来るのは初めてだけど、書物大祭関係はやっぱ貴族が依頼主の場合が多いから、なかなか景気のいい依頼料じゃない?」
アンさんはニヤリとほくそ笑みながら掲示板を眺めています。
「え~アン姐はレティの手伝いしてくれないんだ?」
ファナさんは唇を尖らせてアンさんをジッと見つめます。
「ちょっと見てただけじゃん……ねえ?」
アンさんは苦笑いしてわたくしに水を向けます。わたくしは困って「あはは」と、とりあえず笑いました。
――そして、他の宿屋も色々周りましたがどこも満室です。
「やはりもう少し早く出発すべきでしたね……すみません」
「初参加だし仕方ないよ、宿まではなかなか気が回らないよな」
わたくしとマーシウさんは街の中央にある広場に座っています。他の仲間たちは手分けして宿を探してくれていました。
「あの、わたくしも宿を探した方が? 皆さんに任せきりなんて……」
わたくしはそわそわと立ち上がって辺りを見渡します。
「気にしない気にしない。第一レティはこの街の事殆ど知らないだろ? またいつかみたいに迷子になられも困るしね」
マーシウさんは笑いながら言いましたがわたくしにはグサリと釘を刺された気分です。
「まあこの街はデカいからね、宿屋もどこか空きがあるさ」
「はい……」
暫くしてアンさんが戻って来られ、空いている宿を見つけたとの事でした。今はディロンさんがそこで手配をしているということで、シオリさんファナさんと合流してアンさんの案内でその宿に向かいました。
宿へは街の中心部から外れた海岸沿いを歩いて行くとのことですが……。
「アン姐ちょっと遠くない?」
ファナさんが少し不機嫌そうに言いました。
「まあね、街の外れだから空いてたんだろうけどさ。でも良さげな宿だよ?」
街の中心から離れるにつれて建物も建物も少なくなります。海岸は漁港になっていて、そこから少し小高い丘を登った所に何軒か宿屋があり、アンさんはその一つ「海竜亭」という看板の書かれた宿を指さします。
「ここだよ、名前が気に入っちゃってさ」
アンさんはニヤリと笑みを浮かべました。
(海竜ですか……以前襲われましたよね)
「アン姐いい趣味してる……」
ファナさんは呆れて苦笑いしていました。
「え~、そういうのは苦手意識で避けるんじゃなくてこうやって話のタネにすることで克服するほうが健康的じゃん?」
アンさんはさも自信ありげな表情で片眉をあげて笑いながら宿に入って行きました。宿の中に入ると、宿とは言うものの殆ど民家のような内装です。玄関にはディロンさんと老夫婦がいました。
「うむ、吾輩を入れてこの六人だ、宜しくお願いする」
「はいはい、久しぶりに大勢のお客さんは賑やかそうでいいねえ……」
小柄な老婦人……女将さんでしょうか。とても優しそうな方です。
わたくしたちに割り当てられた部屋は男女一部屋ずつでした。といいますかこの宿は二部屋だけみたいですが。
どうやらこの辺りのお家は普段は農業や漁業をされていて、書物大祭のように街の宿が埋まるような時期にだけ宿屋として旅人を受け入れているとのことでした。
――そして、書物大祭開催までの数日は会場までの道のりの確認や会場の下見をしました。宿で机をお借りして当日の商品の陳列を考えたりしながら過ごし、いよいよ当日の朝を迎えます。
宿は会場から結構距離が離れているので日の出直前の早朝に出発します。歩くつもりだったのですが、宿のご主人が仕入れに行く荷馬車に乗せて下さるそうで助かりました。わたくし達は馬車に揺られながらざっくりとした打ち合わせをします。
「参加証で準備に入れるのは三名までですので、わたくしとシオリさんとファナさんお願いしていいでしょうか?」
「わかったわ」
「任せてよ!」
シオリさんとファナさんは快く引き受けてくれました。
「残りの皆さんは……」
「俺たちは適当に過ごすよ。見学がてら様子を見に行くから」
マーシウさん達は自由行動ということで、何かあった時にお願いするということになりました。そんな話をしていると海の向こうから朝日が昇ります。海に陽光がキラキラと反射してまるで黄金の道が敷かれた様に見えます。
(イェンキャストも港街なので海の日の出は見慣れていますが、場所が変わると違って見えます……)
馬車は暫くして街の市場の入口に到着します。ここからは少し歩けば会場です。わたくしとシオリさん、ファナさんは馬車を降ります。マーシウさん達は乗せて貰ったお礼に仕入れの積み込みを手伝うと言ってそのまま乗って行きました。
わたくし達は会場である中央公園を目指します。この公園は図書館を中心とした広場で大きな噴水や池があり綺麗な場所です。じつは本を火災から守るためにそうしているらしいです。公園の入り口には既に大勢の人々の列が形成されています。そしてその列を同じ腕章をつけた人たちが整理しています。
(あれは書物大祭の運営委員会の方でしょうね……)
そちらに並んでいるのはわたくし達の様な販売者では無く買うために来た人たちの列のようです。
「販売者の方はこちらにお進みください!」
誘導係の方が声を張り上げて懸命に誘導していました。誘導に従い順路を進むと、既に屋外の会場では沢山テントが張られ、その下に並んだ長机に所狭しと色々な人々が本を並べていました。その間を抜けて行くと、図書館に辿り着きます。建物の前にテントが張ってあり、そこで参加証の確認を行っていました。わたくし達の順番が来たので参加証を係の人に見せます。
「市民参加証での販売者はあちらのテントですので、参加証の番号とテントの番号を照らし合わせ、場所間違いの無い様にしてください」
わたくしは参加要綱の書かれた巻物を貰います。これには日程や規則、参加者の配置など色々な情報が書かれていました。それによると、どうやら参加証の区分があるようです。
大まかに市民参加と特別参加に別れていて、特別参加者は図書館の中に案内されていました。身なりから恐らく貴族ではないでしょうか。
「あっちは貴族かあ、なんか丁寧に案内人が付いてる……いいなあ楽そうで」
ファナさんは羨ましそうな目で特別参加者を見つめています。
「仕方ありませんよ、貴族有志の資金提供で開催されているようですから」
「ちぇっ、お貴族様めぇ……あ、ごめんレティ……」
ファナさんは済ま無さそうに謝りますが、わたくしは「本当釈然としませんよね」と笑顔でかえしました。
(まあ流石に警備上や身分上、貴族を屋外のテントに座られられませんよね……)
そして、わたくし達は受け付けに向かう時に通ってきた沢山のテント群の中から自分の配置場所を探し当てるのに苦労しながらも、なんとか見つけることが出来ました。
ですが……。
「なんだか、想定していたより机小さいわね……」
シオリさんが言うように、ガヒネアさんから聞いていたよりも割り当てられた机が狭いです。
「仕方ありません、出来るようにするしかないですね」
シオリさんとファナさんにお手伝い頂き、なんとか商品を並べ露店が完成しました。しかし、狭いので商品や荷物を置くと露店には一人しか座れません。シオリさんとファナさんは座れないのに居ると邪魔になるのという事で、とりあえず別行動することになりました。
「じゃあマーシウ達にレティの場所を教えてくるわ」
「レティ一人で大丈夫?」
「ガヒネアさんが仰るにはこの露店にはそんなにお客様は来られないらしいので大丈夫です」
シオリさんとファナさんが去って行き、改めてわたくしは辺りを見回します。
(色んな本が並んでいますねえ……じっくり見たいですが、この店をガヒネアさんに任されているのですから我慢です……)




