第五五話「旅は道連れ」
――さて、ウェルダさんの歓迎会の後、ウェルダさんやハイトさんのパーティーは遠方へ探索に、マーシウさんやアンさんのパーティーはこのところ探索が続いていたので休息ということで当面はイェンキャストでのんびり過ごされるという事でした。
わたくしは相変わらずギルド酒場や薔薇の垣根のお手伝いをしながらセシィにお借りした書物を読んだり自分の蒐集品目録に目を通したり……穏やかな日々を送っていました。
わたくしは今日も薔薇の垣根でお店番をしていまして現在接客中です。
「……この魔術結晶はこの金額になります」
わたくしは接客用の約二〇センチ四方の蝋板に明細と合計金額を書きました。これは口頭でのやり取りより視覚的に明確なのでわたくしが提案しました。これにより「言った、言わない」というトラブルが回避出来るようになりました。
「ええ?! 魔術結晶だよお嬢さん? もう少し高くても……」
売りに来られた冒険者の方はご不満な様です。
「すみません、この魔術結晶は傷がありますので使用できませんから鑑賞用にしかなりませんので……納得頂けないのであればお持ち帰り頂いても宜しいですよ?」
わたくしの言葉に冒険者の方はため息をつき了承され、こちらの提示した金額で買い取りとなりますた。
(ご納得頂けて良かったですね……)
お客様が帰ったのを見てガヒネアさんがわたくしに話しかけます。
「レティ、慣れてきたじゃないか」
「いえ、そんな……まだまだです」
その時扉の呼び鈴が鳴りました。わたくしが対応をすると、伝書精霊ギルドの方で、ガヒネアさん宛のお手紙を持ってこられました。ガヒネアさんにその旨をお伝えして手紙をお渡しすると、眼鏡をかけて送り主を確認しましています。
「ああ、そうだ今年は"書物大祭"だねそういえば、申し込んだのに引っ越しで忘れてたよ」
「……書物大祭ですか?」
――ガヒネアさんが仰るには、西の商都ファ=シーンでは四年に一度本の祭典「書物大祭」が開かれるとのことで、今年はその年に当るそうです。
(そういえば、以前わたくしの親友であり鑑定仲間のセソルシアさん――セシィからそういう催しがあると聞いたことがあります。でもお互い行けないだろうと思って夢物語の様に話していましたね……)
「貴族がお抱え作家に書かせた恋愛小説から古代魔法帝国の魔法書まで様々な本が出展されるオークションや、どんな掘り出し物があるか分からない蚤の市などが四日間開催されるのさ」
「書物大祭……是非行ってみたいですけれど……」
(ファ=シーンへは船でも片道一〇日程掛かりますし……依頼ならともかく私用で遠出は……)
「レティ、行ってきておくれ」
「え、は……はい?」
ガヒネアさんは近所へお遣いを頼む口ぶりでそう言いました。
「び、書物大祭へですか!?」
わたくしは思わず声を大にして聞き返します。
「なんだい大声出すんじゃないよ。あたしは前回までは一人で行ってたんだがね、イェンキャストからだと遠すぎるし、もう歳だからね……代わりに行ってきておくれ」
「そ、そんな……いいんですか?」
ガヒネアさんに確かめるように聞き返します。
「遠慮がちにニヤニヤするんじゃないよ気味が悪い。それに、遊びに行くんじゃないからね、店の本を売ってくるんだよ」
ガヒネアさんに言われて頬を両手で挟みます――わたくしどうも顔がニヤけているようです。
「わたくしそんな変な顔をして……え、売るんですか?」
「当たり前だろ、ウチは何の店だい? ほれ、参加証だよ」
ガヒネアさんはペーパーナイフで封を切ると中から手のひら大のカードを取り出してわたくしに手渡されました。それは薄っすらと真珠色に光る艶やかな紙で出来ていました。そして"書物大祭古本市参加許可証"とキラキラ光る特殊なインクで書かれていました。
(これは……安易に偽造できないようになっていますね)
「売りに行く本はレティ、アンタが選びな」
「えぇっ? わたくしが……ですか?」
本は店にある物から選べということでした。
「人に押し付けられた物を売るとそれはただの売り子だからね。この中から自分で選んだ物を自信を持って売っといで」
「ガヒネアさん……」
(そうですね、これはガヒネアさんの計らいですよね)
「まあ売れなかったらそれもアンタの責任さ」
「う……そ、そうですね」
(流石ガヒネアさん、商売人ですね……厳しいです)
「自分で選んだものが売れる喜び、こいつが商売人の醍醐味だよ。失敗も経験さ、気にせず好きなようにやってみな」
「うう……頑張ります」
(自信はありませんが、折角ガヒネアさんがくださった機会です。やれるだけやってみましょう)
――さて、それからわたくしはガヒネアさんにアドバイスを受けながら書物大祭の準備に取り掛かりました。売り物の本の選定に時間をかけたい所ですが、出発までそれ以外の準備もあるのであまり呑気にしてはいられません。商品の本に陳列用の什器など持って行く荷物は多いですが、旅人の鞄があるのでなんとか一人でも持ち運べます。
ファナさんやシオリさんに幾度となく「手伝おうか?」と声を掛けて頂きましたが、これはガヒネアさんがわたくしへの課題として課されたものですので一人で乗り越えなくてはなりません。
(それにギルド外の事でご迷惑もお掛けできませんしね)
そうやって瞬く間に、出発の日になりました。ギルドマスターに挨拶を済ませ、イェンキャストにいるはずのマーシウさんたちいつものメンバーにも声をかけて行こうと思いましたが見当たりません。船の時間もあるので仕方なく港へと向かったのですが――
「レティ、あたしらに話もしないなんて水くさいじゃないか?」
「そうだよ、レティ一人で楽しそうな所行くなんて~」
港の船着き場でアンさんとファナさんがわたくしの前に旅装束で現れました。
「え? ええ? お二人共……どうして?」
「どうしてって、こっちも聞きたいわ。私たち暫く予定が空いてるって言ってたのに全然声かけてくれないんだもの」
わたくしを挟む様に後ろからシオリさん、マーシウさん、ディロンさんまで旅装束で現れます。
「えっと……皆さんも……これから出発ですか?」
わたくしの答えにマーシウさんは苦笑いし、アンさんは掌で額を覆って「あちゃあ」と言っています。
「ちっがーう! なんでレティ一人で行こうとしてるのってこと!」
ファナさんは怒った様に大きな声で言いました。
(わたくしは何か怒らせるような失礼をしたのでしょうか……)
「だから、吾輩はレティ嬢には単刀直入に聞いた方が良いと言ったのだ……すまぬ、皆レティ嬢が書物大祭に参加するにあたって誘ってくれるのかと待っていたのだ」
「え……ええ? 誘うというのは……えっと、これはわたくしが薔薇の垣根のお仕事としてガヒネアさんに頼まれたものですので、皆さんにご迷惑はお掛けできないと思い一人で頑張ろうと……」
わたくしの言葉にマーシウさんが「ちょっといいか?」と割りみます。
「すまないレティ。まさか本当に何も言わずに一人で行くとは思わなかったんだよ」
マーシウさんは苦笑しながらそう言いました。
「ええっと……その……ごめんなさい正直に申し上げて、わたくしどうすれば良かったのか皆目見当がつきません……」
わたくしは素直に分からないと伝えることにしました。
「……レティ、ファナたち仲間じゃん……友達じゃん! なんで一緒に行こうって言ってくれな……わあああん!」
ファナさんは涙声で訴え、最後は泣いてしまいました。
「ファ、ファナさん!? あの……わたくし……無理に付き合わせるのは申し訳ないなと思っていて……」
「レティ、ごめんなさい。こちらも貴女のものの考え方を考慮すべきだったわね。ファナも、もう一三歳でしょ? いつまでも自分の感情だけぶつけちゃだめよ?」
シオリさんはファナさんを抱きしめて慰めながらそう言いました。
(わたくしのものの考え方……ですか?)
「ああ……レティは自分の都合で迷惑をかけないのが気遣いなんだね? なるほど、そっちかぁ……」
アンさんは腰に両手を当てて溜め息混じりに苦笑いしました。
「アンさん……」
するとディロンさんが「ちょっといいかね?」と手を挙げました。
「ファナ嬢はこの歳で冒険者をしている事もあるだろう、普段は同年代の娘よりは理知的な思考の持ち主だと吾輩は評価している。今回は、レティ嬢が書物大祭に魔道具屋の遣いで行こうとしていると知って是非ともついて行きたいと思ったが、準備で忙しいと考えてそちらから声をかけてくれるのを待っていたのだ」
「え……そ、そうだったのですか?」
わたくしはディロンさんの言葉に目を丸くします。
「ファナ嬢は直前まで待っても声がかからないから不安になっていたが……他の皆は初めての事でレティ嬢も自分の事で手一杯で思い至っていないのだろうと考えて念のためここで待っていたのだよ」
ディロンさんは落ち着いて淡々と説明してくれました。他の皆さんを見回すと皆さん微笑みながら頷いていました。
「わたくしは……誰かを自分の都合で巻き込んでしまう事に罪悪感を感じます。恐らく皆さんならわたくしが頼めば付いて来て下さると思っていました。皆さんは冒険者仲間……いえ、友人だと思っていますから。ですが、それに甘えてご迷惑をお掛けしたくない、そう思って……」
わたくしはそう言うと、申し訳なくて頭を垂れます。するとアンさんがわたくしの肩に手をのせました。
「あたしらはね、頼って巻き込んで欲しいって思ってるんだよ。だってさ、レティと一緒に何かするのが楽しいからさ……だろ、ファナ?」
アンさんに水を向けられてファナさんは涙を指で拭いながら頷きました。そしてわたくしの目を見ます。
「レティ……ごめんね、子供みたいにさ。ファナたちはレティが大好きなんだよ。アン姐が言ったみたいに、何でも巻き込んでよ。そりゃあ商売とか鑑定のことは分かんないけどさ、魔法の事ならちょっとだけ? 自信あるし……」
「そんな……ファナさんの魔法には何度も命を助けられましたから……」
わたくしは恐縮して両掌を広げて振る仕草をしました。それを見て皆さん笑っています。
(やはり、あの時……転送刑で飛ばされた先でこの方たちと出会えたことは、わたくしの人生最大の幸運だったのかもしれません……)
「感動的な話の最中に水を差すようだが、どうやら出航の銅鑼が鳴っているようだが?」
――ディロンさんの冷静な一言でわたくしたちは我に返えり、慌てて乗船する船へと走りました。




