第五四話「新たなギルドメンバー」
――動く樹木に追い詰められ絶体絶命となったわたくし達を助けてくれたのは、イェンキャストにいるはずのおさんぽ日和の仲間たちと他のギルドの冒険者の方々でした。
一通り周囲の動く樹木が打ち倒され、わたくし達は崩れた崖を降りて森の入り口にある開けた場所に集合しました。他のギルドの方々は挨拶もそこそこに周囲を調査されていました。
「皆さん、ありがとうございました。しかし……何故ここに?」
わたくしはマーシウさん達に訊ねました。
「それを聞きたいのはこっちもさ、何でこんな街道から外れた場所に?」
マーシウさんの疑問にアンさんがおずおずと手を挙げてバツの悪そうな顔をします。
「……なるほど、理解したよレティ嬢。またアンが迷惑をかけた様で済まない」
ディロンさんが溜め息をついてアンさんを見ました。
「いやぁ、街道が混雑してたんで抜け道をね……ほら絶景もあったし。まあ、その絶景の滝も崖崩れで無くなっちゃったんだけどさあ……」
アンさんの説明に皆さん苦笑いされていました。
「それはそうと、イェンキャストの冒険者ギルド総出みたいに見えるけど……」
シオリさんが尋ねました。
「ああ、実はな……」
マーシウさんの説明によりますと、ここ数日この近辺で崖崩れが何か所か起きていて、調べに来た木こりの方たちが動く樹木に襲われることが頻発していたので冒険者ギルドに調査の依頼があったそうです。そうしていると動く樹木に襲われる被害が拡大し始めたので討伐に切り替わったということでした。
「どうやらがけ崩れの原因は沢山の樹木が動く樹木になってしまって一度に抜けた為にその場所の地面が崩れたから、というのが我々の調査の結論だよ」
ハイトさんも続けて説明してくださいました。
「では運河の方の件も?」
ウェルダさんがハイトさんに尋ねます。
「恐らくは。この周囲あちらこちらに動く樹木が発生しているからね、イェンキャストの首長から直々に冒険者ギルド組合に依頼が出たんだよ」
「レティたち運河の船が使えないからどこかで足止め食ってるか、街道を歩いて帰ってくる途中じゃないかと思ってたんだけど、まさかここで出会うとはね」
マーシウさんはそういうと微笑みました。
「まあ嬢ちゃんたちが居なくて正直人手不足だったんだが、こうして合流できたんだから丁度良かったってこった」
サンジュウローさんも「ワハハ」と豪快に笑っています。
「あれ? サンちゃんだ……え、みんないるの?!」
ファナさんは気がついた様で、ムクリと起き上がってキョロキョロと周囲を見回していました。
――再会を喜んでいる皆さんから少し離れた位置でハイトさんとウゥマさんが地面を調べていました。わたくしはそれが気になり声を掛けます。
「あの、何を調べておられるのですか?」
「ああレティ君、これは動く樹木が元々いたと思われる跡だよ」
ハイトさんが調べていたのは何かを引き抜いた様に掘り返された地面でした。
「元々は普通の木なんですよね?」
「ええ、ウゥマも精霊の異常は感知出来ないと言っています。ですよね?」
ハイトさんがウゥマさんに話し掛けると、ウゥマさんは辺境の言葉で何かを説明されていました。ハイトさんも辺境の言葉で会話をしています。
(辺境には古代魔法帝国の縁の物が数多く眠っていると聞きます。わたくしも辺境の言葉を覚えた方がきっと色々役立ちますよね)
ハイトさんとウゥマさんは話し終えてわたくしの方を向かれました。
「ああ、すまない。ウゥマはディロンや他の精霊術師達とこの辺り一帯の精霊たちの気配を探ってくれたんだが、さっきも言ったように精霊たちの乱れは見られなかった。動く樹木というやつは時折発生するんだが、その原因は偶発的な魔力の乱れとしか分かっていないんだよ」
ハイトさんはウゥマさんと話していた事を説明してくださいました。
「はい、それはわたくしも本で読んだことがあります。樹木だけではなく、石像のような無生物もよく分からない原因で動いて人と襲う事があると」
「そうなんだ。僕は生物学と魔物学を研究しているのでね、この事象の原因を調べるのも課題の一つなんだよ」
ハイトさんとウゥマさんはそういう調査の為に辺境で過ごすことが多いそうです。
(わたくしも始まりは辺境に転送されたこと、でしたからね。改めて冒険者として行ってみたいですね)
――こうして動く樹木の討伐を終えた冒険者の皆さんと共にわたくし達はイェンキャストへ戻りました。そしてギルドマスターに報告の後、わたくしとウェルダさんは部屋に残るように言われました。
報告を終えたマーシウさんが退室しました。部屋に残る様言われたわたくしとウェルダさんは中央にある丸テーブルに座るように促されました。そしてマスターもテーブルにつくと、口を開きます。
「レティ、実はウェルダさんより先ほど伺ったんだが……彼女の出自について打ち明けられたそうだね?」
マスターの言葉にわたくしは思わずウェルダさんに目線を向けると、ウェルダさんはこくりと頷きました。
「はい。ウェルダさんとはきちんとお話することが出来ましたので、わたくしからはもう何も思う所はありません」
わたくしの言葉にマスターは「ふむ」と安心したような表情をされました。
「黙っていてすまなかったねレティ。実は侯爵の査問会の後、彼の派閥に対する過剰な報復人事は避ける様に貴族院や皇帝陛下にもご注進差し上げていたんだがね……無用の怨恨を生まんように」
マスターは立ち上がると窓辺に行き、外を見ながら言葉を続けます。
「しかし、なかなか貴族同士というものは色々あってな。この一年、実は水面下での色々な権謀術策の応酬が帝都を中心にあったのだ」
「わたくしの……せいですか?」
(わたくしとプリューベネト侯爵の因縁はやはり大事になっていたんですね……)
「いや、それはただの切っ掛けに過ぎないよ、君が気にすることではない。どのみち平和な世でもそういう権力闘争は止むことがないからのう。儂もイェンキャストを拠点にしてこれほど良かったと思ったことは無いわ。帝都から距離が遠い事で影響はあまり受けずにすんだからのだからな」
マスターは咳払いをしてこちらに向き直ります。
「話が反れた。まあ色々あってウェルダさんの事を知った儂は身元を引き受けたのだよ。しかしレティの気持ちが落ち着いてから話す予定だったんだが……儂が出る幕は無かったようじゃな」
マスターは落ち着いた笑みを浮かべました。
「お気遣いありがとうございます。もう、わたくしとウェルダさんは冒険者仲間として共に行動していますので大丈夫です」
わたくしははっきりとそう答えました。
「うむ。まあそういう事ならウェルダさん、君の意向で今はどのギルドにも所属しておらんがウチにくるかね?」
マスターの言葉にウェルダさんはわたくしに視線をおくります。それに対してわたくしは笑顔で頷きます。
「このギルドの仲間たちとはお陰様で親しくなれました。私を加えて頂けるのでしたら、こんなに喜ばしいことはありません――宜しくお願い致します」
ウェルダさんは背筋を伸ばしマスターの目を見据えながらはっきりと仰いました。
――その日の夕暮れ、イェンキャストの各ギルド酒場では酒盛りが行われている様で街中あちらこちらが賑やかでした。おそらく動く樹木討伐の打ち上げといった所でしょうか。
わたくし達のギルドおさんぽ日和の本部である酒場、小さな友の家も例に漏れず酒宴が催されていました。名目は動く樹木討伐とウェルダさんの歓迎会です。
「そういやウェの字がウチのメンバーじゃないなんて忘れてたぜ、まあ酒盛りの口実になるなら何でもいいけどな!」
サンジュウローさんは「ガハハ」と笑いながらジョッキを片手に上機嫌です。
「サンちゃん良い事いうねえ、んじゃあ我らが愛するおさんぽ日和に……カンパーイ!」
サンジュウローさんとアンさんがジョッキを重ねて乾杯し、お酒をぐびぐびと飲みます。
「二人とも何回乾杯するんだよまったく……」
「なに? マーシウもほら、カンパーイ!」
マーシウさんは無理やり乾杯させられていましたが表情は笑顔です。わたくしはとりあえず空いたお皿やジョッキを片付けて、新たに出来た料理やお酒を運んでいました。そうするとウェルダさんもそれを手伝ってくれました。
「ウェルダさん、主賓なのに……わたくしやりますから座っていてください」
「主賓ね……みんな騒ぐ口実にしてるだけじゃないかしら?」
ウェルダさんはそういうと苦笑しながら皆さんの方に目を遣ります。確かに皆さんもう関係なしに呑んで食べて賑やかにお喋りしています。
「……ですね」
わたくしもその様子を見て可笑しくて「フフ」と笑ってしまいました。
「レティは吞まないの?」
「わたくしは……そのお酒は……」
今までの所業を思い出して苦笑いします。
「そういえばこの前のは凄かったわね、魔剣に操られていたのだったかしら?」
わたくしは恥ずかしくて顔を赤らめました。それを見てウェルダさんは「フフ」と笑いました。
「こんなに何の憂いも無く楽しいのは久しぶりね、ありがとう貴女のお陰よ」
ウェルダさんはそう言うと金属製の小さな盃にワインを注いでわたくしに差し出します。そして自分の盃にワインを注ぎました。
「え? あ、あの……」
「私、主賓なんでしょう? 一杯だけ。軽い食前酒のやつだから大丈夫よ?」
そういうとウェルダさんはわたくしの持っている盃に盃を合わせて乾杯してからワインを飲み干しました。わたくしも慌ててワインを飲みます。
「あら、いけるじゃない?」
ウェルダさんとそんなやりとりをしているとシオリさんがやってきました。
「二人ともすっかり仲良くなって。私もご一緒していいかしら?」
「シオリ――いいわ、三人で吞みましょう」
ウェルダさんは先ほどのワインの瓶をシオリさんに見せます。するとシオリさんはワインの瓶をジッとみつめます。
「もしかして……レティにこれ呑ませたの?」
「え、ええ。でも大丈夫よね、軽いやつだし?」
(ああ、なんだかお二人の会話がふわふわどこか違う場所で行われているように聞こえます……)
「レティ? やだ、顔が真っ赤じゃない?!」
(シオリさんが慌てています……えっと、どうしたのでしょうか……)
わたくしはふらついてバランスを崩しかけたところ、ウェルダさんが支えてくれました。
「ちょっと、大丈夫? こんなにお酒に弱いなんて知らなかったわ……ごめんなさいね?」
わたくしはウェルダさんの肩にしがみ付いてなんとか立っていました。
「ウェルダ、気を付けて……」
シオリさんは目を背けました。
「え、シオリ何のこと?」
「うぉぇぇぇぇ……」
(ああ……わたくしはまた粗相してしまいました)
「え、えええっ!? ちょっと! レティ?!」
「……浄化」
――シオリさんの浄化の声を聞いた直後、わたくしの意識は遠のきます。




