第五三話「動く樹木との戦い」
――わたくしは旅人の鞄から鉈を取り出してアンさんに投げます。
「ありがと!」
アンさんは受け取るとすぐさまウェルダさんに加勢します。
『……疾風……護り……身体向上』
シオリさんの支援魔法の加護を感じます。
「ちょっと数増えてない? 光の矢じゃ倒しきれないよ!」
後ろから迫って来ていた四体のうち、一体はファナさんの最初の光の矢で脚を破壊して行動不能になりました。その後にファナさんが光の矢を再び放ち、三体を破壊して動きを止めたと思ったのですが、更に後ろから四体の動く樹木が現れました。
(わたくしに出来ること、わたくしがすべきことは……あります!)
わたくしは腰に携えていた首領の剣を抜き、ファナさんを護るように立ちます。
「レティ?」
ファナさんはわたくしが前に出たことに少し驚かれますがわたくしは構わず続けます。首領の剣で前方を指し示し『牢よ開け』という言葉を唱えると魔剣四〇人の盗賊の本体である首領の剣と首領の指輪が淡く光り、わたくしは手を離します。首領の剣は宙に浮いたまま静止しています。
(皆さんにお手伝い頂き練習できましたが、実戦で使うのは初めてですね。上手くやれますか……)
そしてわたくしが命じると周囲に光る紋様が三つ浮かび上がり、そこからそれぞれ形状の異なった短剣が出現しました。
「レティ、それの実戦初めてだよね、大丈夫?!」
ファナさんは目を見開いて驚いています。
「はい。では、やってみます!」
わたくしは首領の指輪で動く樹木を指さして『我が敵を斬り裂け』と命じます。宙に浮いていた剣たちは一斉に切先を目標の方に向けて飛んでいきました。そしてまるで誰かが剣を持ち振るっている様な動きで動く樹木を斬りつけます。枝を斬り落としたり幹を斬りつけて傷をつけて進路を阻むことは出来ていますが、やはり樹木相手では短剣では不利です。
(わたくしの今の力だと四〇人の盗賊を継続的に操る限界は五本程度ですのであと一本召喚できますが……冒険者として常に余力を残して行動するように教わっていますのでまだもう少し様子を見るべきですね?)
「レティも戦えるようになったんだね、よーしファナも先輩として頑張るよ……光の矢!」
ファナさんは光の矢を四本放ちます。それぞれがわたくしの四〇人の盗賊と戦っている動く樹木を破壊しました。
「やりい! レティが剣で動きを止めてくれたから狙いやすかったよ」
(お役に立てたみたいですね……)
「アン姐! ウェルダさん!」
シオリさんの叫び声で振り返ると、アンさんとウェルダさんのいる崖下側には更に多くの動く樹木が現れていました。お二人は手斧や鉈で応戦するものの、数の多さに圧倒されています。枝で殴られて負傷し、シオリさんの回復魔法で何とか倒れずに戦っていますが……。
「あれじゃシオりんも保たないよ……レティ加勢しよう!」
「はい」と返事しようとした時に背後をちらりと見ると、新たに動く樹木が数体迫って来ていました。
「ファナさん後ろからまた来ます!」
「ええっ!?」
(これは……余力なんて言っていられません。短剣では相性が悪いかもしれませんが、一振りでも多く召喚しましょう)
わたくしは首領の指輪に精神を集中します。
『魔剣よ我と共に戦え』
わたくしがそう言うと今までより少し大きな魔法陣が宙に現れます。そしてそこから出現したのは……。
「え、お……斧?!」
それは、形こそわたくしの見知った帝国で普及している斧ではありませんが、太い柄と幅広く分厚い大きな刃という形状は斧に間違いありません。
(今まで短剣しか呼び出せ無かったのですけど……でもそういえば短剣も呼び出す度に様々な形をしていました。ひょっとして短剣も含めて様々な武器が四〇あるという事でしょうか?)
わたくしは四〇人の盗賊という名前なので冒険物語などのイメージから「盗賊だから短剣を使う」と勝手に思い込んでいました――
(ですが、本来は色んな武器を使っている人が居る方が自然ですよね……)
「これならば……"我が敵を斬り裂け!"」
わたくしが命じると斧は「ぶうん」と風を切り、後方から現れた動く樹木に向かって回転しながら放物線を描いて飛んでゆき、縦真っ二つにしてしまいました。
「すっごい……レティなにそれ!?」
(これは凄いですが……再びこの斧が召喚できるとは限らないので、このままを維持しなくてはなりませんね)
斧は再び宙を舞い回転しながら弧を描いて飛び近くにいる動く樹木に次々とその刃を振り降ろして打ち倒してゆきます。しかし数が多く対処しきれないものはファナさんが光の矢で攻撃してなんとか食い止めていました。
「ファナさん、何とかここで踏ん張りましょう……ファナさん?」
様子がおかしいのでファナさんに目をやると、膝を地面につき、肩で呼吸をしていました。
「ファナさん!」
わたくしの声にファナさんは長杖をついて身体を起こしますが……。
「レティごめん……そろそろ魔力……保たないや……眠くて……」
ファナさんはぺたりと座り込みうなだれました。
「ファナさん!?」
(光の矢をかなりの数放っていましたからファナさんの魔力が限界ですね……わたくしが不慣れな為にファナさんに負担をかけ過ぎてしまいました……)
『剣よ我を護れ』
わたくしは首領の剣を宙に放ってわたくし達を護るように命じます。
「レティ! ファナ! 今、助けにいくわ!」
シオリさんが叫びます。
「シオリさんはアンさんとウェルダさんのサポートを、こちらはわたくしが何とかします!」
(動く樹木はあちら側の方が数が多いですから、こちらはこちらで対処しなければ……)
しかし、倒しても次から次へと現れる動く樹木の攻勢に徐々に後ずさり、やがて追い詰められて行きます。
(わたくしも四〇人の盗賊を操り続けると、このままでは体力も精神力も持ちません……)
絶体絶命という状況が頭をよぎった時、アンさん側の動く樹木の群れが後ろの方で燃え始めました。それにより樹木たちは混乱して攻勢が止まります。そしてその方角から喧声が聞こえてきます。
『火精の矢!』
まるで合唱するように何人もの声で精霊魔法「火精の矢」が唱えられ、幾つもの火の弾丸が飛来して動く樹木たちを焼き砕いて行きます。
そして燃え上がる武器を持った戦士たちが森の中から現れて次々と動く樹木たちを打ち倒しました。その中には見知った顔がありました。
「マーシウさん! ウゥマさんも……皆さんどうして?!」
わたくしは驚いて声を上げていました。他にサンジュウローさんも燃え上がる武器を持ち動く樹木と戦っています。そうです、イェンキャストのギルドに居るはずのおさんぽ日和の仲間たちです。そしてその他にも街でお見かけした事のある大勢の冒険者の方たちが協力して動く樹木を倒して行きます。
「あれ、ディロンと……ハイトもいるよ」
アンさんが指さした方向にディロンさんが居ました。戦士の方々の後方から松明を片手に持ち、火精の矢を放っています。その近くにいるハイトさんは恐らく支援魔法を戦士の方々に施しているように見えます。
「うちのギルドだけじゃない、イェンキャストの冒険者たちよ……どういうこと?」
シオリさんも目を丸くして状況を見守っています。そしてみるみるうちに動く樹木は打ち倒されて行きました。




