第五二話「近道と予想外の敵」
――わたくし達はガーネミナさんの手配してくだっさ馬車で運河の街まで送っていただきました、そこから運河の船便で再びギルド本部のあるイェンキャストへと戻るという予定でした。
……が、運河は船の事故で塞がってしまっているらしく今、アンさんやシオリさんが情報収集から戻りました。
「アン姐、どうだった?」
ファナさんはアンさんの姿が見えると駆け寄って腕に手を回しつつ質問しました。
「だめだめ。船便は一応出てるみたいだけど荷物優先だし、順番待ちでやっぱ数日かかるってさ」
アンさんの情報でが船便は芳しくない状況です。
「馬車の方も駄目ね、船便の替わりに荷物の輸送をするからって一般の乗客は後回しにされてるわ」
シオリさんは馬車の様子を見てきて下さいましたが結果はシオリさんが仰ったとおりです。
(港湾都市のイェンキャストと内陸を繋ぐ運河ですから、止まると大変ですね……)
どうやってイェンキャストへ戻るのか、わたくし達は話し合います。
「こりゃ歩いた方が速いね、ここからなら三日くらいだし」
アンさんはあっさりと言いました。以前のわたくしなら三日歩くなど大変なことでしたが、今では当たり前の事と思えます。皆さんその方が早いという意見が一致したのでわたくし達はイェンキャストへの街道を歩きました。
――ですが、街道はわたくし達と同じく船や馬車に乗れなかった人々が沢山列をなして歩いていて混雑していますし、馬車の往来も激しくちょっと怖いです。
(船が使えないということで街道をこんなにも人々や物が行き来するなんて、船がそれだけ沢山の人や物を運んでいたという事ですね、貴族の暮らしをしているときは想像も出来ませんでした……)
わたくし達はイェンキャストに向かう人々の流れに合わせて列のように歩きます。馬車の往来や人混みでいつもより歩いて通れる道幅が狭くて歩きにくく、列の様にぞろぞろと歩くことになりました。
暫く黙々と歩いていると、ファナさんが先頭のアンさんをそわそわと気にし始めました。
「レティ、アン姐の顔色見てくれる?」
「え、アンさん具合が悪いのですか?」
「うーん、ていうか……」
わたくしはアンさんに声を掛けました、するとアンさんはゆっくり振り返ります。
「……なに?」
眉間にしわを寄せ下唇を突き出して、とても不機嫌な表情をしています。
「すみませんアンさん、どうかされましたか?」
「ああ……この人混みでゾロゾロとゆっくり歩かないといけない状況がね……」
(そういえば皆さんアンさんはせっかちだと言っていましたね……)
「アン姐仕方ないじゃない、こんな状況だから……」
シオリさんは苦笑いしながら諭す様に言います。
「アンはいつもこんな感じなの?」
ウェルダさんは呆れ顔で尋ねます。
「そうなんだよ~ ファナと二人で評判の美味しい店に行っても行列が長いのを見ると嫌がるしぃ~」
そんなやり取りをしているとアンさんが突然「あ、そうだ」となにかを思い付いた様です。
「イェンキャストへの近道あるんだよね、この近くに」
不機嫌だったアンさんの表情はニヤリと不敵な笑みに変わりました。
アンさんの道案内で街道を外れて森の中へ分け入ることになりました。念のため旅人の鞄に収納していた武器や防具を身につけ、森の中の細い獣道を奥へと進んで行きます。
「ちょっと、本当にこの道で大丈夫なんでしょうね?」
ウェルダさんは不安そうな表情で尋ねます。
「この先に絶景があってね、そこを経由すれば街道を大きく近道出来るんだよ。絶景も見られて近道もできるなんてお得だよ?」
アンさんは満面の笑みで先頭を歩きます。
「シオリさん、この道を通ったことは?」
わたくしはシオリさんに聞いてみました。
「私は無いわね、ディロンが居ないのが不安だわ……」
シオリさんはため息をつきます。
「ディロンさんですか?」
「アン姐のストッパーだからね」
ファナさんも苦笑いしながら言いました。
(そういえばアンさんとディロンさんのお二人は元々二人組の冒険者だったらしいですね……)
森を奥に進んでいくと、やがて斜面になり、ゴツゴツとした岩が増えて木が少なくなりました。岩と岩の間には何となく道の様な部分が見えます。木がまばらになり、岩だらけの場所を過ぎて崖の割れ目のような渓谷に差し掛かったのですが、どうやら岩や土が崩れて塞がっている様でした。
「あちゃぁ……マジ?」
アンさんは苦虫を噛み潰したような表情をされます。
「ちょっと、これって……」
ウェルダさんがアンさんに問いかけます。
「こいつは計算外だね……まさかこんなに派手に崖崩れしてるなんて」
アンさんは「参ったね」と言いながら頭をポリポリと掻き崩れた個所を観察しています。
(計算外……確かに崩れた部分がまだ湿り気を帯びて、むせる様な土や腐葉土の臭いが漂っているので、これは崩れてからそんなに時間が経っていない様に思えます……)
「落ちて安定した部分は通れるかもしれないから、ちょっと確認してくる」
アンさんは崩れて積もった崖の土や岩を確かめながら登って行きます。
「アン姐気を付けてね」
ファナさんが声をかけるとアンさんは振り返らず親指を立てて返事をしました。
アンさんは崩れた土や岩を登って行きます。暫くすると一番高い所に辿り着き「あたしの登った所を辿れば大丈夫」とアンさんが声をかけてくださいましたので、皆さんと登って行きます。わたくし達が登っている間にアンさんは反対側の下りの足場を確かめてくると言っていって向こう側に降りて行きました。
わたくし達が崩れた土や岩を登りきると、反対側も同じように崩れた土や岩の下り勾配になっていました。その中腹あたりでアンさんは周囲を観察しながら首をかしげていました。わたくし達はアンさんの元へ集合しました。
「アン姐どうしたの?」
ファナさんが怪訝な表情で質問します。
「いや、奇妙なんだよね……向こうの森の手前に木が何本か生えてるんだけど、さっきから位置がね……」
「位置って?」
ファナさんはキョトンとした表情で聞き返します。
「ほら、木の位置が見るたびに変わってる気がして――」
アンさんは途中で言葉を切り、背中に担いでいた短弓を構えました。それを見てウェルダさんも粉砕の戦棍を構えます。
「アン姐、敵なの?!」
シオリさんとファナさんは身を屈めましたのでわたくしもそれに倣います。
「アレ、あの木をよく見てみな? 動いてるよ。一、二、三、四、五……少なくても五つか」
その時わたくし達が来た方向――後ろの方から物音がしましたので振り向くと、人の身体程の太さで二メートル程度の高さの木の様なものがわたくし達に向かって歩いて来ていました。
「後ろです!」
わたくしは叫んで皆さんにお知らせします。
「後ろ?! ……四つ、何なのあれは?!」
シオリさんはそれを見ると表情が驚きと緊張で強張っています。
(これに似ているものを文献で見ました。確か……)
「ひょっとして、動く樹木ではないでしょうか?」
動く樹木とは、何らかの魔力が偶発的に蓄積して樹木が動きだすというものです。多くの場合敵対的だという事らしいですが……。
「木だったら火がいいよね? 火球いくよ!」
「ダメ、こんな場所で火球なんか使ったらどこが崩れるか分からないわ!」
ファナさんは長杖を構えますがシオリさんがそれを制しました。
「あ、そっか……じゃあ光の矢いくよ!」
ファナさんは光の矢の魔法を詠唱しました。長杖の尖端付近に光の矢が四本現れ、杖を振るとそれらが動く樹木に向かって行きます。
光の矢全て命中し、動く樹木のうち一体は脚に命中して転倒しましたが、他の三体は枝や幹の一部が弾け飛んだものの前進を止めません。
「げ、あいつら痛みとか無いの?! ディロンなら火精の矢とか使えるのにぃ! ファナ、火の魔法は火球くらいしか唱えられないよ! よしじゃあ稲妻で……」
「だからそういう強い攻撃魔法は崖が崩れるかもしれないからダメ!」
シオリさんは再度ファナさんに釘を刺します。
「こっちも普通の矢じゃ止まらないよ、火矢なんて準備してる暇無いし――」
アンさんは舌打ちをしています。するとウェルダさんが前に出ます。
「ともかく、砕けばいいのよね?」
ウェルダさんは登ってくる動く樹木を粉砕の戦棍で攻撃します。
「はあっ!」
ウェルダさんが渾身の力で打ち下ろした戦棍が動く樹木に当たると「バン」という破裂音とともに当たった箇所が砕けます。飛び散った木の破片がウェルダさんの頬に幾つかの赤い筋をつけます。
「く?!」
身体を砕かれた動く樹木は衝撃で少し後ずさったものの、枝を腕のように振りかぶってウェルダさんを攻撃しますが、それをウェルダさんは盾でなんとか防ぎながら後退します。
「ウェルダ!」
アンさんの呼び声にウェルダさんは振り向きます。そしてアンさんは腰につけていた手斧を投げ渡しました。
「作業用だけどそいつらには多分ソレのがいいよ!」
手斧を受け取ったウェルダさんに再び動く樹木が枝を振り回し襲い掛かりますが、盾で受け止めて枝に斧を振り下ろし叩き折りました。そして間髪容れずに幹に向かって手斧を何回も叩き込み真っ二つにすると流石に動かなくなりました。
「確かに、こっちの方がいいわね」
「だろ? レティ、鞄に鉈入ってるから探してあたしに貸して。シオリはいつも通り支援魔法頼むよ」
「はい……ええっと」
「分かったわ」
アンさんの指示でわたくしは旅人の鞄から鉈を探し、シオリさんは支援魔法の詠唱に入りました。
(これはまたピンチですね……)




