第五一話「レティとセシィ」
――通された室内は飾り気は無いですが落ち着いた品の良い丸いテーブルや椅子が置かれていました。
セソルシアさんに促されてわたくしとウェルダさんとセソルシアさんの三人でテーブルにつき、ガーネミナさんは一度部屋を退出し、少ししてから戻られました。
「レティさん、お仲間の皆さんにはセソルシア様と旧交を温めておられるのでゆっくりとお待ちいただきたい旨をお伝えするようメイドに申し付けて参りました」
「ありがとうございます……そうですね、あまり席を外していると心配をかけますものね」
ガーネミナさんは会釈をすると扉の側に控える様に立たれました。
「この部屋は一番奥の部屋ですし、ここはわたくしが私的に使っている屋敷ですから誰が訪ねてくるわけでもありません、ご安心を」
セソルシアさんはそう言って微笑まれます。その場の誰もが喋らずに様子を窺っていました。そんな沈黙の後、ウェルダさんは語り始めました。
「私の本当の名はウェルディアナ・ロイエイメルです。私の母は元プリューベネト侯爵の妹で、私は姪にあたります」
(まさかそんな……人の縁とは奇妙なものです)
「ガーネミナとはどういう関係ですか?」
「彼女とは帝国騎士学校で同期でした」
セソルシアさんがガーネミナさんにも確認すると彼女も「間違いありません」とお認めになられました。
「昨年伯父上が罪人として自死を賜り、プリューベネト侯爵家は取り潰されました。生前はご自分にお子様が居られなかったからでしょうか、伯父上は私にとても優しく様々な援助もして頂きました」
ウェルダさんはやや下を向きながら淡々と話を続けます。
「事件の後、伯父上の門閥に所属していた貴族たちも次々と悪事が明るみになり処罰されていきました。我がロイエイメル家はそのような事には関わっておりませんでしたが、侯爵と近しい立場でしたのでそれらの出来事に巻き込まれ貴族としての立場を失い、私もそれに伴って騎士号を返上することになりました」
わたくしと侯爵の事でそんな色々な方面に影響があったのですね……想像は出来たはずですが、正直申しまして考えたくなかったというのが正しいでしょうか。
「私は……詳しくは言えませんが、とある方のお力添えで冒険者として第二の人生を歩むことにしました。そして現在に至るという事です」
(わたくしに経緯が似ています……)
「それで伯父上とレティさんの件について、私にはどうしても優しかった伯父上があのような事を一方的にしたと信じたくなくて、自分の目で直接レティさんという人物を見極めてみたかったのです」
「え、そ……そうだったのですか?」
時折わたくしがウェルダさんにじっと見つめられていた理由が分かりました。
「それで……ウェルディアナ様は、レティさんをどう見られましたか?」
セソルシアさんはウェルダさんの目を見つめて問いかけます。するとウェルダさんは顔を上げてわたくしを見つめて微笑みました。
「……もっと計算高く、悲劇の令嬢を敢えて装っている様な狡猾な人であればレティさんを憎んだかもしれませんが、この方は素直で前向きで懸命に生きていて、でもどこか危なっかしくて放っておけない……とても何か策を弄する人には思えませんでした」
ウェルダさんのその言葉にセソルシアさんも微笑みます。
「レティさんは伯父上のせいで人生が大きく変わってしまった、でもこうして前を向いて生きている……その様子を見て私も過去にとらわれず前を向いて生きて行こう、そう思いました」
「ウェルダさん……」
わたくしは思わず立ち上がります。そしてこみ上げてくる複雑な感情を抑えられず涙が溢れてきました。
「ちょ……えっと、レティさん?」
ウェルダさんも立ち上がり、困惑した様子でした。セソルシアさんもわたくしの様子を見て涙を流しています。そして感情が落ち着いてから再び席につきました。
ウェルダさんは改まった様に落ち着いた様子で口を開きます
「改めまして――私は冒険者ウェルダ・ウェウェルです、騎士ウェルディアナ・ロイエイメルではありません。宜しくお願いします。セソルシア様、ガーネミナ様」
ウェルダさんは迷いのない凛々しい表情でそう仰いました。
「そして、レティ・ロズヘッジさん。同じ冒険者として改めて宜しくお願いします」
ウェルダさんはわたくしに向けて微笑みます。わたくしも「はい」と応え、微笑みを返しました。
――その後、改めてわたくしはセソルシアさんの蔵書を見せて頂き、その中で幾つか冒険や鑑定の資料になりそうな本をお貸し頂ける事になりました。
「セソルシアさん、貴重な書籍をお借りして本当に大丈夫でしょうか?」
「構いませんわ、ここに置いていてもただの蒐集品ですからね。必要な方の知識となるのが本の役目かと思います。あ、ではお貸しするにあたってお願いが……」
セソルシアさんはわたくしの目を見つめました。
「なんでしょう?」
「わたくしもセソルシアではなくて何か親しい友人の愛称みたいなもので呼んで頂きたいです!」
セソルシアさんは目を輝かせてそうおっしゃいました。
「え、ええ?!」
わたくしは予想外の言葉に戸惑いを隠せません。
「ネレスティさんがレティ、ウェルディアナ様がウェルダ、セソルシアなら……セシィ?」
セソルシアさんはそう呟くと、満面の笑みで「セシィと呼んで下さい」と仰いました。
「そ、それは……わたくしはもう貴族ではありませんのでセソルシアさん……いえ、もうセソルシア様とお呼びしなければなりませんのに……」
するとセソルシアさんは悲しそうな表情をして俯かれました。
「……わたくしはいつ寝込むか分からない虚弱体質です、いつまで生きられるかも分かりません。大変なご苦労や命の危険もお有りになったのは承知しておりますが、それでもわたくしは冒険者として生きているレティさんが羨ましいのです……」
「セソルシアさん……」
「ごめんなさい、世間知らずの貴族の娘の戯れ言です、お忘れ下さい」
セソルシアさんは顔を上げて微笑まれますがその表情には淋しさの様なものが窺えました。
(そうです、この方はずっと病の苦しみ……死と背中合わせで生きて来られたのですよね)
「分かりました、個人的な場であれば、セシィと呼ばせて頂きます……」
わたくしの言葉にセソルシアさん――セシィは「パアッ」っと表情が明るくなりました、そしてわたくしに抱きつきます。
「セシィ、なんと良い響きでしょう!」
「セ、セソルシアさん?!」
「だめですレティ、わたくしはセシィです!」
「ええ……」
興奮気味のセソルシアさん――セシィにわたくしは戸惑ってしまいます。
「レティとセシィ……あぁ、二人組が活躍する物語の主人公のようですわ!」
――その後、何度もセシィと呼ぶようにお願いされ、わたくしも何とか自然にセシィと呼べるようになりました。
そして、今夜はこの屋敷に滞在し明日出立ということで、晩餐と湯浴みをさせて頂きました。セシィは色々あってお疲れとのことで早々に休まれたそうです。
夜はわたくし達それぞれ一部屋ずつ使わせて頂き(ファナさんは落ち着かないのでシオリさんと同室みたいですが)休んでおりましたが、わたくしは寝つけず各部屋共通のバルコニーで夜風にあたっていました、すると――
「貴女も眠れないのね?」
ウェルダさんが話しかけて来られました。
「はい、色々思い出してしまって感情の整理をしています……」
「そう……私と同じね」
ウェルダさんは自嘲気味に微笑みました。
「あの、ウェルダさん。冒険者になるにあたって協力してくださった方というのは、ドヴァンさんですか?」
「ええ、ギルドマスター……ドルヴイユ殿下よ。元近衛騎士だったマーシウとのコネクションで取り次いでくれたから、彼にも世話になったわ。殿下の事はとりあえずセソルシア様には伏せさせて頂いたけれど」
――そして、暫しの沈黙が流れました。
「本当にごめんなさい……預かり知らぬ事とはいえ、伯父が貴女にしたことは許される事ではないわ」
「そんな……ウェルダさんがわたくしに何かをしたわけではないのでお気になさらず」
わたくしは微笑み、右手を差し出します。
「どうしても気になると仰るなら、これからも冒険者仲間として一緒に過ごして頂けるととても嬉しいです」
ウェルダさんは微かに笑みを浮かべ、わたくしが差し出した手を握り返してくれました。
「こちらこそ、宜しく頼みます……レティ・ロズヘッジ」
――一夜明けて、朝食時にセシィは同席されなかったのでガーネミナさんに伺うと、昨晩遅くより発熱されているとのことでした。
「申し訳ありません……わたくしが押しかけてしまったのでご無理をさせてしまったのでは?」
ガーネミナさんは首を横に振ります。
「発熱自体は珍しい事ではないですし、皆さんをお招きすることで体調管理にいつもより気を遣われていたので、側仕えとしてはむしろお嬢様の体調は普段より良いと思っています」
(普段はそんなにお悪いのでしょうか……)
朝食を頂き、出立の準備ができた所でわたくしは御身体に障らないように伝言のみ伝えて頂こうとしましたが、セシィが呼んでいるとメイドから伝えられましたのでわたくし一人でお部屋に伺いました。
「レティ、ごめんなさい。わたくしとしたことが……」
セシィはベッドの上で上半身を起こしてとても済まなさそうな表情でそう言いました。
「ご無理なさらず、横になっていて下さい。こちらこそ大勢でお仕掛けてしまい本当に申し訳ありません……」
セシィは首を横に振り微笑みます。
「冒険者の方々のお話を聞けましたし、ウェルダさんとレティの仲を取り持つ事も出来ました。何よりレティにもセシィと呼んで頂ける事になりました。わたくしとても刺激的で、もうこのまま死んでも構わないくらい楽しかったです」
「そ、それは……あの……」
わたくしはドキリとして言葉を詰まらせてしまいました。
「ごめんなさい、悪い冗談でしたね……でも、本当にそれくらい楽しかったのです。だからまた訪ねていらして下さい。レティの為ならいつでもこの屋敷の門は開いていますよ?」
「是非、きっと……」
セシィへの挨拶が終わり、部屋を出たわたくしにガーネミナさんが話しかけて来られました。
「レティさん、これは冒険者ギルドへの依頼、といいますか私の願いのようなものなのですが……もし今後、地下迷宮や遺跡などを探索したり古文書を解読した際に、病の治療法などの情報がありましたら何卒お教え願いたいのです、お嬢様の御身体がせめて人並みになればと……」
ガーネミナさんは頭を下げられました。
「頭をお上げ下さい。わたくし、ガーネミナさんにお願いされなくてもそのつもりでいましたから」
(そうです、わたくしの目標が一つ定まりました。セシィの病気の治療法を探すことです……)
「レティさん、私に出来ることはあまり無いかもしれないが……お嬢様にお仕えする騎士として可能な限り協力は惜しまないつもりです、どうかお願いします」
わたくしとガーネミナさんは固い握手を交わしました。




