第五〇話「お茶会」
「どうぞご遠慮なさらず……」
セソルシアさんはそう仰って下さいますが、粗相しないように慎重にならざるを得ません。そんな固まっているわたくし達を見てくすりと笑ったセソルシアさんは徐ろにテーブルのクッキーを手づかみで取ると口の中にはパクリと入れました。
「あらおいひぃ〜」
セソルシアさんはクッキーを頬張りながら笑顔で仰られました。
「お嬢様、はしたないですよ」
「良いではないですか、今はごく私的なお茶会なのですから。さあ皆様もお気になさらず自由にお召し上がり下さい」
ガーネミナさんの言葉にセソルシアさんは笑顔で答えると次はマフィンを手でつかんで頬張ります。
(これは、わたくし達へのお気遣いですね……わかりました)
わたくしは菓子器に盛られたクッキーを指で摘んで頬張りました。
「たひかにこえはおいひぃですね……」
「そうでしょう? ささ、皆様もどうぞ!」
セソルシアさんに促されてウズウズしていたファナさんがマフィンを頬張ります。それに続いてアンさんもクッキーをつまんでひょいひょいと何個も口の中へ運びます。
「ファナ! アン姐まで?!」
「おいひいねこれ!」
「サクサクで香ばしくて甘いし、こりゃ美味しいわぁ」
シオリさんがファナさんとアンさんを止めようとしますがセソルシアさんは「シオリさんもどうぞ」と微笑まれます。
シオリさんは恐る恐るマフィンをトングで取り、自分のお皿に乗せてからそっとつまんで食べます。
「失礼します……あら、ふんわりと柔らかくて……甘すぎず上品なお味ですね」
わたくし達はモリモリとお菓子を頂きます。お皿や菓子器が空くとメイドがまた別のお菓子を持ってきてくれます。クッキーを器にして果物のジャムを乗せた焼き菓子、シロップ漬けのパンを焼いたものなど、わたくしもあまり食べたことが無いものがありました。
「このジャムってどっかで食べたこと無い?」
「そうそう、ファナも思ったよ。どこだっけ?」
アンさんとファナさんはジャムを乗せた焼き菓子をしげしげと見つめてから口の中に運びます。
「それは皆様に初めてお会いした時に召し上がっていた果物ですわ」
セソルシアさんは楽しそうに微笑みながら答えられました。
「ああっ、そういえばそうだ! ウォディ高地の古代遺跡を抜けてから森をさ迷っていた時にファナが見つけたやつだ!」
「なるほど、あの時の果物か。どうりで美味しいはずだよねぇ」
アンさんが感心しながら焼き菓子を眺めます。
「あの時はガーネミナが止めてしまったので皆さんあまり食べられなかったように思えましたので、改めてお出ししてみました」
(なるほど、わざわざあの時の果物を使うというのはセソルシアさんのおもてなしという事でしょうね……)
するとガーネミナさんが立ち上がり頭を下げられました。
「あの時は……主君の命とはいえ本当に済まなかった。改めて謝罪させて欲しい……」
「そ、そんな……先ほど皆さんで謝罪を頂いていますのでどうかお気になさらず――」
わたくしは立ちあがり、恐縮してガーネミナさんの謝罪に応えました。
(ガーネミナさんの話題を出したのは水を向けたということでしょうか? セソルシアさん、とても素敵なお気遣いをなさいます……)
――そして一通り食べ終わり、口直しのお茶を頂きながらわたくしとセソルシアさんはお話をしていました。この屋敷で捕えられた後、ガーネミナさんに助けて頂いたことやシオリさんたちを助ける為に走ったこと、その後のプリューベネト伯爵との決着などをかいつまんでお話しますと、セソルシアさんはとても興奮して聞いておられました。
(流石にギルドマスターのドヴァンさんが実は皇帝陛下の大叔父様のドルヴイユ殿下だった事は伏せましょう……)
「本当に、レティさんは冒険物語の主人公のようですわ……」
セソルシアさんは目を輝かせてわたくしを見つめるのでとても気恥ずかしいです。
「そうですわ、レティさんの側仕えの方から聞いたのですが、蒐集品目録が見つかったのですって?」
「見つかったというよりも、そのベルエイルが捨てずに持っていてくれたんです」
わたくしは鞄から蒐集品目録を取り出しました。
「古代魔法帝国公用語辞典! 西方大陸童話集! 二代皇帝時代の白磁器絵皿! 帝国騎士団第二期徽章まで……クラクラしますわ!」
「しかしそれらは散逸してしまいました……今ではどこにあるのか分かりません。差し当たり冒険者として活動するにあたり、魔法帝国語関連の書物はなんとか手に入れたいのですが……」
セソルシアさんは目を輝かせて子供の様にはしゃいでいます。
「お嬢様、宜しければレティさんと一緒にお部屋でごゆっくりご趣味のお話しでもされてはいかがですか? 他のお客様は私どもでおもてなししますので」
ガーネミナさんはセソルシアさんの様子を見てそう提案しました。セソルシアさんも「はっ」として顔を赤くして恥ずかしそうに咳払いをしました。
「失礼いたしました。お言葉に甘えてレティさんと私室で旧交を温めさせていただきます。レティさんこちらへ……」
――案内されたセソルシアさんの私室には様々な物が置かれていました。わたくしは久々に見る銘品たちに心が躍ります。
「この絵皿は……三〇〇年前、第五代皇帝時代の有名絵師のものですよね? この器は……二〇〇年ほど前の東方大陸の陶器ですか? 他にも色々……セソルシアさんは食器類がお好きですものね」
しばしセソルシアさんの解説を聞きながらそれらを拝見していました。
「あ、すみません。レティさんは書物をお探しでしたね……書庫の方もご案内致しますわ」
セソルシアさんの案内で書庫へ向かいますが、途中の廊下で話し声が聞こえてきました。それはウェルダさんとガーネミナさんでした。
「ウェルディアナ様、まさか冒険者になられていたとは……」
「ガーネミナ、貴女は帝都で近衛騎士を叙任されていたのでは?」
わたくしとセソルシアさんは目を合わせて思わず廊下の角で息をひそめてしまいます。
「近衛騎士には弟が、私は父の命でお嬢様の護衛を任じられました。しかし弟も昨年のプリューベネト侯爵の件で地方警備隊に……」
「元プリューベネト閥への粛清人事は貴女のような周辺貴族まで及んでいたのですね……」
ガーネミナさんの言葉にウェルダさんは悲しそうな表情をされます。
「そんな……ウェルディアナ様の境遇はわたくしの比では……」
(こ、これは……一体どういう状況なのでしょうか?!)
わたくしがセソルシアさんの方を見ると、顔を真っ赤にして苦悶の表情を浮かべていました。どうやら隠れる事が不慣れで、息を潜めようとして息を止めてしまっているようです。
わたくしが落ち着いて呼吸するように仕草でお伝えする方法を思索していると、セソルシアさんは堪りかねて「ぷはっ」と呼吸をしてしまいました。
「誰だ!?」
ガーネミナさんは素早い動きでわたくし達の隠れている廊下の角へ一気に詰め寄りました。
「お嬢様!? レティさんまで……」
セソルシアさんは立ち上がると頭を下げます。
「すみません、盗み聞きするつもりは無かったのですが、只ならぬ雰囲気だったのでつい隠れてしまいました……ごめんなさい」
わたくしもそれに倣い頭を下げます。
「あの失礼ですが、前プリューベネト侯爵閣下の姪御様、ウェルディアナ様で在らせられますか?」
(え? ええっ!)
わたくしはセソルシアさんの言葉に目を丸くします。あのプリューベネト侯爵の血縁者だという言葉にわたくしの肌に冷たい汗が流れる感覚がしました。
「私をご存じで?」
「はい。お初にお目にかかりますけれども、お名前は。派閥に生きる貴族の嗜みですので」
(セソルシアさん流石ですね……)
「セソルシア様、不躾なお願いで恐縮なのですが、お部屋をお貸し願えませんか? ご説明させて頂きたいと存じます」
ウェルダさんは膝を付き深々と頭を下げました。
「……ではガーネミナ、ウェルディアナ様とレティさんを応接室にお通しして下さい」
ガーネミナさんは「はい」と答えると廊下を先導して、とある一室に通して頂きました。




