第四九話「セソルシアとの再会」
――さて、わたくし達はセソルシアさんのご招待に応じるべく運河を遡る船便に乗り、以前辺境からイェンキャストへの旅路で訪れた別邸へと向かっています。わたくしの他にはアンさん、シオリさん、ファナさん、そしてウェルダさんにも同伴して頂いています。
「レティさん、本当に私が同伴しても大丈夫なの?」
ウェルダさんは面識が全く無いので気にしています。
「護衛ということで問題ないと思います」
特に危険なことは無いと思いますが、万が一の時に前衛の戦士がアンさんだけというのはアンさんに負担が大き過ぎると思いますので。
「あんたはレティよりお茶会の作法に詳しいじゃん? あたしらがレティにお茶会の作法教えて貰ってる時に色々横からフォローしてくれたし」
アンさんはウェルダさんを横目で見てニヤリと笑みを浮かべました。
「そ、それは正式な作法と少し違ったから気になって仕方なかったのよ!」
「すみません、わたくし社交界には疎かったもので……」
(わたくしは趣味に没頭しておりましたので作法はうろ覚えの我流なのですよね……)
「でもウェルルはどこで習ったの? もしかしてお嬢様?!」
ファナさんがウェルダさんに近づいて食い入るような視線を送ります。
「サンジュウローもだけど貴女も、わたくしを変な呼び方するの止めて貰える?」
「えぇーいいじゃん、仲良くなった感じするでしょ?」
ウェルダさんはそう仰るものの、表情は柔らかいので本当に嫌ではないのかとわたくしは勝手に感じています。
「でもさあ実際、ウェルダって何で作法に詳しいの?」
アンさんがウェルダさんに問いかけます。
「それは……神官戦士は作法を厳しく教えられるからよ」
「そっか、なるほどねぇ」
(アンさんは特に気にされていませんが、ウェルダさんの表情が少し曇った様に見えたのは気のせいでしょうか?)
――そして船と馬車を乗り継いで数日かかり、わたくし達はセソルシアさんの別邸に到着しました。ゲストルームで待つように言われたので皆さんと待たせて頂きました。メイドの方々が二名ほど入り口の扉近くに立っています。
「わずか一年ほど前ですけど、とても懐かしく感じます……」
「まあ、色々あったよね――」
わたくしの呟きにアンさんが苦笑ともとれる微妙な表情でそう返しました。
ゲストルームの扉がノックされ「失礼致します」という声を聞き、メイド二人が両扉を開きます。
「ネレスティさん!」
扉が開くとセソルシアさんが駆け込んできます。
「セソルシアさ……」
わたくしが名前をお呼びしようとすると、そのまま抱きついてこられました。
「ああ……良かった、またお会い出来ました……」
「あ、あの……その……」
「お嬢様、お客様がお困りです。気をお鎮め下さい……」
わたくしが困惑していると、背の高い騎士服を着た女性が入って来ました。
(あの方は、確かセソルシアさんの護衛騎士のガーネミナさんです)
その後ろには数名のメイドが付き従っていました。セソルシアさんはハッとしてわたくしから離れて、両掌を胸の前で組み合わせて片膝をつき頭を垂れました。ガーネミナさんもその後ろで片膝をつき頭を垂れます。すると部屋に居合わせたメイドの人たちも同様の仕草をします。
「レティ・ロズヘッジ様、並びにおさんぽ日和ギルドの皆様、その節は当家が貴女様方に謝罪しきれぬ程の罪を犯した事、我が父である当主ヴィフィメール子爵に成り代わりここに謝罪申し上げます」
(これは……以前、わたくしを狙っていたプリューベネト侯爵の指示でわたくし達を捕らえることに加担した事への謝罪ですね……)
「皆さま、お顔を上げてください。お気持ちは伝わりました。ですが、わたくしはもうただの平民、レティ・ロズヘッジです。どうかお気になされぬよう……」
わたくしは右掌を胸に当て頭を下げる貴族の返礼を返しました。すると皆さんホッとされたご様子でした。
――その後、セソルシアさんはお茶会の為にわたくし達に衣装もご用意くださいました。メイドたちがわたくしたちに着付けをしてくれます。基本的にはセソルシアさんの服をお借りしたのですが、アンさんはセソルシアさんよりもかなり体格が良いのでガーネミナさんの騎士服を貸して頂きました。
「アン姐なんかカッコいい……」
「え、そ……そう? ファナも可愛いじゃん」
ファナさんはアンさんの騎士服姿に目を潤ませています。わたくしもちょっとドキドキしてしまいました。ファナさんはセソルシアさんの子供の頃の服を貸して頂いています。お人形のようでとても可愛らしいです。
「レティは流石にお嬢様だったから似合うね! これってドレスなの? 初めて着たよ!」
ファナさんはくるくる回って長いスカートをひらひらさせています。
「ファナさん、すみませんこれは平服ですよ? ごく私的なお茶会ですので……」
「ふぁ?! 平服って普段着って意味だよね?? 貴族令嬢ってこれが普段着なの!?」
ファナさんは目を丸くして驚いていました。
「本当に、これが普段着だなんて驚きよね?」
シオリさんもセソルシアさんの服をお借りしているのですが、元々お美しい容姿で中央大陸では珍しい青く長い髪が衣装に映えます。
「シオリは黙っていれば社交界でも通じそうね」
いつの間にか騎士服に着替えたウェルダさんがシオリさんの隣に立ちました。ウェルダさんはご自分の騎士服だそうです。神官戦士なのでそういった服もお持ちなのでしょう。
「もう、黙っていればって何よ?」
シオリさんは少し頬を膨らませてウェルダさんに問いかけます。
「そういう所よ。貴族令嬢は礼儀作法の所作を幼い頃から叩きこまれるからね。そういう平民の娘の普通の反応はしないものよ」
ウェルダさんは微笑みながらそう返しました。シオリさんはハッとして苦笑いしていました。
(わたくし耳が痛いです……)
――そうしているとノックの音の後にメイドが扉を開き、ガーネミナさんが入って来られました。
「皆様、ご準備は整いましたでしょうか? お部屋にご案内いたします」
わたくし達はお茶会が行われる食堂へと案内されました。皆さんが席につくと、初対面であるウェルダさんがセソルシアさんにご挨拶されます。
「ウェルダ・ウェウェルと申します。レティさんと同じ冒険者ギルドに所属しております。今回はレティさんに請われて護衛として同行させて頂きましたのですが、このような席にお招きいただき感謝いたします」
ウェルダさんは鮮やかな騎士礼をされました。それに対してセソルシアさんも淑女の礼で返されます。
(淑女としてはセソルシアさんの方がちゃんとお勉強されていましたよね……わたくしは趣味に没頭していましてそういったことは疎かにしていましたけれど)
そんな自虐的な事を考えて苦笑いしてました。ふとガーネミナさんの方を見ると怪訝な表情でウェルダさんを見ていました。わたくしの視線に気づいたのかすぐに無表情になってしまわれました。気のせいかと思いそれ以上考えるのはやめました。
――わたくし達は緊張したまま座って綺麗な食器や菓子器に盛られた様々なお菓子や良い香りのするお茶とにらめっこしています。
(えっと、セソルシアさんはあくまで私的なお茶会と言っておられましたがどの程度の作法ですればいいでしょうか……あまり砕けすぎてもいけませんよね?)
わたくしは一応、元貴族令嬢として皆さんの手本とならなければいけませんが……




