第四八話「突然の訪問者」
――あれから暫くの間、わたくしは魔剣・四〇人の盗賊を使いこなす為に試行錯誤と戦いに備えての訓練をマーシウさんとアンさんにお付き合い頂いて続けていました。
四〇人の盗賊は右手の指にはめた"首領の指輪"と湾曲し波打つ形状の刃を持つ西方風の湾曲短剣"首領の剣"が対になっています。"首領の指輪"を起点にして『我を護れ』『敵を切り裂け』などの指示すると"首領の剣"が手を離れて宙を舞いそのように動いてくれます。
そして何より凄いのは、この"首領の剣"を持ちながら『牢よ開け』と言うと、虚空に幾つもの古代文字の術式紋様が浮かび上がり、そこから様々な短剣が出現します。そしてそれはわたくしの指示通りに宙を舞い、攻撃も防御も行ってくれます。
訓練を始めた当初は一本か二本しか呼び出せなかったのですがひと月ほど訓練を受けてみて、現状では五本、六本くらい呼び出せるようになりました。頑張れば一〇本くらいは呼び出せるのですが、その後それらの剣を操る事にとても集中力と魔力を使いますので現在のわたくしの能力では、呼び出して持続的に戦うには五本程度がよいと分かりました。
さらにマーシウさんとアンさんは訓練用の鎧や剣や盾を身に着けてわたくしと模擬戦をしてくれました。お二人にケガをさせないように操作する事でより上手く扱うための良い訓練になりました。
お二人と共に訓練をしているとシオリさんやファナさん、ディロンさんも気になったのか見学に来ました。精神力や集中力の維持、離れた距離での立ち回り方等々――普段パーティーで後衛を務めている皆さんの意見もとても参考になりました。
――そんな日々が過ぎたある日の夕方、訓練の後マーシウさんアンさんと別れていつものように魔道具の店・薔薇の垣根に寄ってからギルド本部の酒場の小さな友の家に戻ってくると、建物の手前でメイダさんに呼び止められて勝手口に回るように言われました。
そしてメイダさんに厨房の裏まで連れて行かれてレティ・ロズヘッジではなく"ネレスティ・ラルケイギア"を探している人が居ると伝えられました。
「その名前を知っているということは貴族関係で、もし敵対的理由で貴女を探しているのなら危険だと思ってとりあえず面通ししてもらうつもりで待たせてあるわ」
メイダさんから忠告を受け、わたくしは厨房から気付かれない様に酒場の客席を覗きます。そこには社交的な笑顔のマーシウさん、目が笑ってない作り笑顔のアンさん、緊張した面持ちのシオリさん、唇を尖らせて難しい顔をしているファナさん、いつも通り無表情のディロンさんがわたくしを探しているという人を取り囲んでいました。
(旅装束の若い女性……え、あれは?!)
「ベル……ベルエイル!」
わたくしは思わず飛び出していました。皆さんわたくしの行動に驚きの声を上げていましたが、わたくしは自分の感情を抑えられませんでした。
「ネ、ネ、ネレスティ様!?」
彼女はわたくしが貴族令嬢であった時に専属メイドとして仕えてくれていたベルエイルです。歳はわたくしより七歳ほど上で、わたくしが七歳の頃から身の回りの世話をしてくれていました。以前、一度実家に戻ったときは暇を出されていて会えずにいましたけれど……。
わたくしがベルエイルの元に駆け寄るとベルエイルは椅子から立ち上がり、わたくしの前に跪きました。
「ネレスティお嬢様……良かった……本当にご無事で……」
ベルエイルは跪いたまま俯いて涙で床を濡らしています。わたくしも跪きベルエイルの手を取ります。
「わたくしこそ、会いたかった……本家に立ち寄った時はもう暇を出された後だったので会えませんでしたので……」
わたくしも久しぶりに大粒の涙を流し二人で抱き合っていました。そして、二人ともひとしきり気持ちを落ち着けてから近くの席に座り、ベルエイルにわたくしの現状を説明しました。
「ネレスティ様……すみません、今はレティ様でしたね。私が想像する以上に大変なご苦労をなさったのですね」
「まあ、こうして無事暮らしていますから……それはそうと、ベルは何故わたくしを探していたのですか?」
「あ、はい……私はレティ様があんなことになった後、お部屋を処分するように旦那様から指示されまして、その後に今まで尽くしてくれた礼だとお餞別も沢山頂きましので故郷に戻り暮らしておりました」
「お餞別ってアレか、口止め料だよね?」
「アン姐!」
アンさんに向かってシオリさんが口元に人差し指を当て「静かに」のジェスチャーをします。アンさんは「おっと」と口元に手を当てました。
「ベル、その……処分したというわたくしの部屋の物はどちらに?」
一度諦めましたが、話に出てしまうと気になります。
「あらかたの物はラルケイギア子爵と付き合いのあった古物商に引き取られました。その事で私はある御方に頼まれてレティ様をお探しすることに……こちらをご覧ください」
ベルエイルは床に降ろしてある背嚢から巻き物とわたくし宛の蝋封された封書を取り出してわたくしの前に置きました。
「お手紙はその御方からレティ様に、そしてこれはレティ様自らお書きになられたものだったので価値がつかず廃棄される所をわたくしが確保しておりました……」
「!?」
わたくしがその巻き物を開いてきますと、紛れもなくわたくしの字でした。
(これは……間違いありません、わたくしが書きました)
「ありがとう……よくぞ、これを持っていてくれました……」
わたくしの目から涙が溢れます。
「レティ? えっと、それは?」
マーシウさんの質問でわたくしは涙を拭います。
「すみません……これはわたくしが書いた蒐集品目録です」
わたくしが集めた蔵書や品物を管理するために記録したものです。広げると二メートル以上の長さの紙にびっしりと書かいています。
(我ながらよくもこれだけ集めたと思います……えっと、そうですお手紙がありましたね、いけません趣味の事になると優先順位がおかしくなります)
わたくし宛の封書を見ます。封蝋の印璽は……。
「これは……セソルシアさんの?!」
(何度もお手紙のやりとりをしたので覚えています。確かにこれはわたくしのお友達、セソルシアさんの印璽です)
わたくしは封を切り中身を読みました。そこにはセソルシアさんの心からの謝罪とお詫びとして以前イェンキャストへの旅の途中に立ち寄った別邸への正式な招待状が添えられていました。
「セソルシアさん……」
わたくしはマーシウさん達にその事を伝えました。
「あぁ、そういえばそういうこともあったねぇ」
アンさんは今思い出した様に言います。
「それって私達も招待されているのね?」
「ええ……また捕まったりしないよね?」
シオリさんとファナさんは警戒している様子です。
(無理もありません、セソルシアさんの別邸でわたくし達は捕まって監禁されそのまま闇に葬られそうになりましたから……)
マーシウさんが「ちょっと見せて貰ってもいいかな?」と仰るので招待状をお見せします。
「これは家紋の印璽が捺された正式なものだな。いくら一介の冒険者相手でも、これで招待した相手には下手な事は出来ないよ。というか、そういう意思は無いという表明だな」
(マーシウさんよくご存じで、流石は元近衛騎士です)
「そういうわけで、わたくしはご招待をお受けしようと思いますが……宜しいでしょうか?」
「宜しいも何も、レティはギルドメンバーとはいえ一人の独立した人間だからな、君が決めたならそうすればいいよ」
マーシウさんにそう言われ、自分がまだまだ無意識に人まかせにしていると気付かされます。
「分かりました、ではわたくしはセソルシアさんのご招待に応じます。つきましてはマーシウさん達も招待されているのでご一緒して頂きたいのですけれど……」
「ああ、それなんだが……未婚の貴族令嬢の私邸に冒険者の男たちがお邪魔するのも気が引けるので、俺とディロンは遠慮させて貰うよ、もう過去の事はお気になされぬよう宜しく伝えて欲しい」
マーシウさんはそう言われました。ディロンさんの方を見るとゆっくり頷いています。
わたくしはご招待をお受けする旨のお手紙をしたためて先にベルエイルに届けて貰うようお願いしました。




