第四七話「レティと魔剣」
――わたくしは魔剣にかかった封印の解呪をしたのですが意識が遠くなりました、そして気が付くと……。
『小娘、テメエはさっき俺たちのこのクソッタレな枷を外してくれたなぁ?』
わたくしはモヤに包まれた奇妙な場所で磔にされた異国風の中年男性と対峙していました。磔の男性は手足の枷を力で壊しました。そしてわたくしの胸ぐらを掴み持ち上げます。
(枷、とは……封印の事でしょうか?)
『テメエは魔術師か?』
わたくしは恐ろしさで震えています。しかしわたくしも今まで何回も死にそうな場面には遭遇していますので意を決して返答します。
「わたくしは鑑定士です……魔術師ではありません!」
わたくしの言葉を聞いて男性はジロジロと眺めています。
『じゃあなんでこのクソッタレな枷をテメエが外せたんだよ?』
(枷をわたくしが外した……そしてこの奇妙なモヤの空間……わたくしは直前に魔剣の指輪をはめました。ということはこの人は魔剣の意思のようなものでしょうか?)
「わたくしは道具の鑑定士です。魔道具も鑑定もしますので……あなたは魔剣・四〇人の盗賊ですか?」
わたくしの問いかけに男性は胸ぐらをつかんだ手を離して頭を抱えて呻きます。
『……うう、そうだ……俺たちはヴォウフォーク帝国の魔術師のクソッタレ共からお宝を奪っていた……』
「ヴォウフォーク帝国ですか!?」
ヴォウフォーク帝国とはわたくし達が普段「古代魔法帝国」と呼んでいるものです。本来の国名がヴォウフォーク帝国ですが滅亡して千年以上経つ現在、その名は古文書から読み取れるのみです。
「今はもうその帝国は滅亡しました、千年以上前の話です」
『そうかい……クソッタレな帝国は滅びやがったか……ザマアミロだ』
――どうやらこの方は魔剣の精霊や魔物の類ではなく元は人間で、支配階級だった魔術師たちに反抗するために魔術師たちから略奪を行っていた盗賊団の首領だったそうです。しかし捕えられてしまい、剣を制御するために古代の魔法技術で剣に意識が封じられていたとのことでした。
『まあ、数百年とか千年とか想像もつかねえ時間だな……とっくの昔に俺たちゃあ死んじまってるんだよな……うぅ……』
首領は呻きながらうつ伏せに倒れました。
「だ、大丈夫ですか!?」
首領は上半身を起こして片手を広げてこちらに向け「来るな」というジェスチャーをしているように見えました。
『俺たちゃあクソッタレ魔術師に捕まって、処刑されるのかとおもったら牢に閉じ込められて延々と放っておかれたんだ……食い物も水も一切無くな。お陰で仲間たちは一人ずつ倒れて死んでいった』
「そ、そんな……」
わたくしはそれを聞いて息をのみます。
『そして魔剣とやらになってからは、人を殺せばその飢えや乾きが満たされる気がして……狂ったようにクソッタレ魔術師の言いなりになって殺し続けた……嬢ちゃん早く逃げろ……アンタも殺しちまう前に……』
ふと周りを見ると、倒れていた人たちがゆっくりと起き上がりつつあります。
(ですが、どうやって逃げれば……この状況は夢のような物なのですよね?)
「あ、あの……お腹が空いておられるのですよね皆さん? お食事にしましょう!」
『飯……だと?』
「ええ。わたくしは今、酒場に居候しています。そちらで皆さんにお食事とお酒を振舞わせていただきます。これが夢ならわたくしが強く思えばある程度なんとかなるかもしれませんから」
(夢を見ている時に夢だと気づいてある程度展開を操作出来る事ありますから、その感じでなんとかならないでしょうか……)
するとまたモヤが濃くなり、周囲が明るくなってきました。モヤの向こうからまた楽し気な声が聞こえてきます。盗賊団の方たち……でしょうか? 皆さん料理やお酒を沢山召し上がっています。
『おい、嬢ちゃん……』
背後から呼びかけられたので振り返ると、首領が立っていました。
『ありがと……な』
首領がそう言うと周囲が一層明るくなり、眩暈がして意識が朦朧としてきました。
(……ティ……レティ……)
(誰でしょう、わたくしを呼ぶのは……)
「レティ!」
わたくしを呼ぶ声でハッと目が醒めました。そこはギルドおさんぽ日和本部である酒場の"小さな友の家"の店内でした。わたくしは酒瓶と骨付き肉を持ったまま机に突っ伏していました。
「わ、わたくしは……一体?」
「よ、良かった……気付いたみたいね?」
わたくしの前には青く長い髪の美しい女性……そうです、ギルド仲間のシオリさんが立っていました。
「あら、シオリさん……いつお戻りに?」
周りを見渡すと、シオリさんだけではなくギルドメンバーの皆さんが全員集まっておられました。
シオリさんと共にしばらく旅に出ていたマーシウさん、アンさん、ファナさん、ディロンさんや、ウェルダさん、サンジュウローさん、ハイトさんにウゥマさん、ギルドマスターのドヴァンさんも秘書のメイダさんとガヒネアさんまで居られて、本当に全員揃っています。
皆さん口々に心配やお小言を言われますがわたくしには何のことかさっぱり分からない、記憶が無いことをお伝えすると、皆さん何やら相談されてから、まずウェルダさんがわたくしに説明して下さいました。
「私がサンジュウローと薔薇の垣根だったかしら? その店に貴女を訪ねて行ったら、貴女が店の中で魔剣を持って暴れてて……」
「うぉぉテメエらブチ殺してやる、とかお嬢が絶対言わなさそうなスゲエ言葉を叫んで暴れてたから、何とか羽交い締めにしてよぉ?」
サンジュウローさんが楽しそうに言っているのをウェルダさんは「貴方は黙ってて」と制しています。そしてウェルダさんが掻い摘んで説明してくださいましたところ、暴れるわたくしを何とか店外へ連れ出した所でマーシウさん達が来られて……。
「そうそう! ファナ達が旅から帰ってきたらレティが薔薇の垣根に居るって聞いて、そしたらレティがサンちゃんに羽交い締めにされながら、離しやがれクソッタレがぁって……」
ウェルダさんが咳払いをしてファナさんを止めて話を続けます。
「それで、何とか小さな友の家まで連れて来たんだけれど……」
「あたしがそこのテーブルで喰ってた飯をガハハって横取りしてさあ、それであたしの分全部食べちゃって、もっと出せぇって……」
アンさんが笑いながら話に割って入ったのをウェルダさんはまた咳払いで止めます。
「まあ、それで落ち着くまで食べさせてみようということで食事とかお酒を出していたら突然貴女が眠るように動かなくなって、そして今この状態なのよ……何があったのか説明できる?」
わたくしは指輪をつけてからの出来事を皆さんに話しました。するとガヒネアさんが魔剣をテーブルの上に置きます。
「レティがこの店に来てから急に静かになったよ、この剣。今言ったことが本当ならこの魔剣はアンタが呪縛から解放したってことになるかね」
「そう……なのでしょうか?」
わたくしはその場で思いついた事をしただけなのですけど……。
「ああレティ……久しぶりにギルドに戻ったら完全に人格が変わってしまったのかと思ってびっくりしたわ!」
シオリさんが涙目でわたくしを抱きしめます。
「シオリ、探索中は深刻なレティ不足だったからねぇ」
アンさんが苦笑いしながらその様子を見ていました。
「でもさレティ凄いね、お酒強くなったんだ! ウチのギルドで一番お酒に強いサンちゃんが心配するくらい呑んでたよね?」
「そうだよ、レティ大丈夫かい?」
喜ぶファナさんと心配そうなマーシウさんがわたくしに話しかけます。すると急に気分が悪いことを認識してしまいました。
「えっと、わたくし……うぉぇぇぇ……」
「きぃゃぁぁっ!! 浄化! 浄化ぃぃぃっ!!」
――こうしてわたくしはまたシオリさんのお召し物に粗相してしまい、そのまま意識を失いました。眠ったというのが正しいでしょうか。その夢の中で再び盗賊団の方々と首領さんが現れました。そしてわたくしの前で皆さん跪いています。
『俺たちを魔剣として封印するのではなく、人として扱ってくれたのはアンタが初めてだ……俺たち四〇人の盗賊をアンタが好きに使ってくれ。そしてアンタだけじゃない、アンタの子も孫もその先の子も俺たちが砕かれ朽ちるまで力を貸そう……そのかわり、たまに酒を供えて欲しい。望みはそれだけだ、じゃあな……』
四〇人の盗賊の皆さんはそのまま立ち去って行きます。わたくしが「待って下さい」と呼び止めますと皆さん少し立ち止まって振り向かれます。
『あ、そうだ。俺たちは荒くれた無作法者なんでな――俺と手下ども四〇人全員を好きに使いこなすにはそれなりの力を示さないとならん、まあ頑張ってくれ……。あと、俺自身はアンタの手元に残った剣だ。まあ、"首領の剣"とでも呼んでくれ。この"首領の剣"とその指にはめてるのが"首領の指輪"、それを使って呼び出す手下どもを全部合わせて四〇人の盗賊ってことだ。まあ、宜しく頼むぜ……』
そう言うと皆さんはモヤの中に消えて行きました。
――次にわたくしが目覚めると自分の部屋のベッドの中でした。窓を見ると空の色で夜明け前だということがわかります。枕元には魔剣・四〇人の盗賊の本体である"首領の剣"が置かれていました。
そして"首領の指輪"もわたくしの指にはまっていました。わたくしは不意に首領の剣に向かって「あの、聞こえてますか?」と呼び掛けましたが……なんの反応もないので恥ずかしくなってしまい、ひとり自嘲気味に笑います。そして――
(この"首領の剣"と"首領の指輪"と、その力で召喚される最大四〇本の剣――これらを合わせて魔剣"四〇人の盗賊"ということですね?)
これを使いこなしていくには大変そうですけれども、私にとっては力強い味方になりそうです。
「これから宜しくお願いしますね、皆さん……」
わたくしは改めて四〇人の盗賊にそう語りかけました。




