第四六話「四〇人の盗賊」
――ようやく(といっても数日振り程度なのですが)イェンキャストに戻ってきたわたくしはウェルダさんサンジュウローさん達と共にギルドマスターに報告を済ませます。わたくしの帰りが遅いので心配して下さって、メイダさんが村に向かおうとしていた所だったそうです。
報告を済ませたわたくしでしたが、マーシウさんやアンさん達いつもの仲間がまだ帰還していなかったので、刃爪蜘蛛の巣の遺跡で見つけた戦利品の査定をするために薔薇の垣根に向かいました。
店のドアを開けると店主のガヒネアさんは小さいため息をついてから暖かく迎えてくださいました。
「遅いんで心配してたんだよ……無事だったようだね、依頼は上手くいったかい?」
「はい、依頼はなんとか終えたのですが……」
わたくしは刃爪蜘蛛の事などを掻い摘んでガヒネアさんにお話しました。ガヒネアさんは一瞬ギョッとしてから咳ばらいをしていつもの表情に戻り、さも普通の事の様に振舞います。
「そいつは大変だったねぇ。アタシも若い頃はそういう目に遭ったこともあるさね」
「ガヒネアさんもですか?!」
わたくしはガヒネアさんの昔の話は存じませんでしたので思わず前のめりに聞き返してしまいました。
「なんだいえらく食いつくね……大した事じゃないよ、アタシもただの冒険者だっただけさ。冒険者やってると色々あるさね」
わたくしはガヒネアさんの昔話をお聞かせ願いたくて何度か質問してみたのですが、はぐらかされてしまいました。
「そんなことより、アンタの見つけたものを見せてみなよ」
(そうでした、これをガヒネアさんにお見せしたかったのです)
わたくしは布でくるんでいた短剣と指輪をカウンターに乗せてガヒネアさんにお見せします。
「この剣と指輪は一緒に入っていました。箱は持ってこられなかったのですけれど、恐らく銘の書かれているものと思われるプレートは何とか持ち帰りました」
「よしよし、ちゃんとアタシの教えたことを実行してるね」
わたくしはガヒネアさんにプレートをお見せします。
「盗賊、四〇人……というのは読めるのですけど……」
ガヒネアさんは眼鏡をかけてプレート、指輪や短剣も詳しく調べています。
「ふむ、意匠は西方大陸のものだね……かなり古いよ」
「やはりそうですか。わたくしの見立て……間違って無くて良かったです」
続いてガヒネアさんは短剣を左手に取り右手で短杖を持つと、魔力感知を唱えます。
「わたくしの感知では魔力を帯びている事しか分かりませんでした……」
わたくしが横でそう言うとガヒネアさんは短いため息と苦笑いをしました。
「レティ、アンタはこういうモノにまだ巡り合って無かったのかい? コイツは魔力で封印されてるんだよ」
そういうとガヒネアさんは机に短剣を置き、指輪にも同様の魔力感知を唱えます。
「封印……ですか?」
わたくしも短剣を手に取って魔力感知を唱えました。
(魔力の反応は有りますけど、ぼんやりと魔力に包まれているだけです。これではよくわかりません……)
「一見、弱い付与を施された魔道具に思えるけどね、この反応は封印されたものからも感知されるんだよ」
「なるほど、封印されているから封印の魔力だけが感知されてしまうということですね?」
ガヒネアさんは指輪も机に置き眼鏡を外します。
「どうやら永い歳月で封印はかなり弱まっているからアンタでも解けると思うが、やってみるかい?」
「え……わたくしが?」
急に話を振られて戸惑ってしまいました。
「前に解呪は教えたろう、実践するにはいい機会だよ」
確かに、この一年の間に魔道具鑑定に必要な技能はガヒネアさんから教わり、その中に解呪もありました。しかし実践したことは教わった時の一度きりです。
「分かりました、やってみます」
わたくしは短剣と指輪を揃えて机の真ん中に置き、教わった解呪法の書かれているメモを取り出して読みながら手順通りに行ってゆきます。
その間ガヒネアさんは近くの本棚で書物を探している様子でした。
「盗賊が四〇人って言い回しは何処かで聞き覚えがあるんだよねぇ……」
ガヒネアさんの独り言を横目に解呪の手順を進めていきます。魔法発動体の指輪を短剣にかざして解呪の魔法を唱えました。わたくしが解呪を行っている間にガヒネアさんは店内の本棚から何かを探していました。
「あった……お伽話だからあまりピンと来なかったけど、西方の古い物語、"商人と四〇人の盗賊"……これだよ」
(パリィン)
何かが砕ける音がしましたが周りには壊れたものはありません。実際の音では無く魔力的な音なのでしょうか? ふと短剣に視線を戻すと先程までとは違った強い魔力が放たれていました。
「これは……封印が解けたのでしょうか、ガヒネアさん?」
「レティ分かったよ、その短剣は"四〇人の盗賊"という魔剣さ、このお伽話を元に産まれたと言われてるやつさ」
わたくしはガヒネアさんからその本を渡されてパラパラと読みます。
「なるほど、わたくしもこのお話は知っています、子供の頃絵本で何度も読みました」
(ある旅の商人が四〇人の盗賊団が盗んだ財宝の在り処を偶然知ってしまい、それを機転と知略で奪い返すという物語でドキドキしながら読みました……)
「で、それに因んで造られたのが魔剣・四〇人の盗賊だよ」
「そんなお遊びで魔剣が造られる程発達した文明だったのですね、魔法帝国時代というのは……」
するとガヒネアさんは「フン」と鼻で笑いました。
「アタシに言わせりゃ傲慢の象徴だね。文明が発達しても結局使い道が分からなかったのさ。道具を産み出す事と本当の意味で使いこなすことは別って言う事だね」
「本当の意味?」
「文明が発達しただけじゃあ、その文明が原因で起こるトラブルまで対処できているとは限らないからね。生み出したものを使いこなせているなら、崩壊なんぞしなかっただろうさ」
(そうですね……魔道具も使い方次第で自らを傷つけるものも少なくありませんから)
などという会話をしていると、なにやら「カタカタ」と音がします。振り返ると机の上の魔剣が宙に浮いていました。
「魔剣が震えている?!」
机に置かれた短剣……四〇人の盗賊と呼ばれる魔剣が手も触れていないのにカタカタと震えています。戸惑っていると、やがて剣は動き始めます。
「レティ、危ないから伏せな!」
ガヒネアさんはすでにしゃがんで本棚の後ろに隠れています。わたくしも忠告に従いその場に伏せました。
次の瞬間頭の上を何かが掠め後ろの棚にぶつかる音がしました。振り返ると棚に置かれたものが床に散乱していて、剣が宙に浮いていました。剣は微かに赤い光を纏いカタカタと震えています。
わたくしは恐ろしさで手近にあった椅子を盾のように構えました。すると剣はわたくし目掛けて飛んで来ました。それをなんとか椅子で防ぎますが剣が当たった衝撃で椅子を落としてしまいます。
「レティ、指輪だよ! 恐らく指輪で制御するんだよ!」
ガヒネアさんの声が聞こえます。わたくしは床に落ちている指輪を見つけて咄嗟に右手の中指にはめます。すると剣の震えが止まり宙に浮いたまま静止しました。
わたくしはそっと剣を掴みます。その瞬間猛烈な目まいがしてその場にしゃがみました。
――暫くして、目まいが治まると辺りはモヤのようなものに包まれていました。
(ここは薔薇の垣根の店内のはずですが……どこでしょうか?)
モヤの向こうには篝火のような灯りが見え、そちらからは賑やかな声を上げている沢山の男性の声が聞こえます。
そっと近づくと異国の姿をした荒々しい男の人達がお酒や焼いた肉を食べながら楽しそうに騒いでいました。その人達の傍には革袋に入った金貨や宝石が積まれています。
再びモヤが濃くなり男性達の声も聞こえなくなりました。「キーン」という耳鳴りで頭痛がしたので思わず目を瞑りました。再び目を開くと辺りは暗くなり、今度は男性の苦しむ呻き声が聞こえてきました。モヤの向こうは地下牢の様な場所です。
モヤのせいではっきりとは見えませんが、捕えられ食べ物も与えられていない状態の様に感じました。皆さん痩せ細っていて、力無く一人、また一人倒れて動かなくなっていきました。
わたくしは恐る恐る近づきます。そして磔にされた一人の男性の前に居ました。黒髪の長髪で褐色の肌に無精ひげを蓄えた鋭い目つきの中年男性でした。
男性はわたくしを睨みつけながら異国の言葉で激しく何かを訴えます。
(な、何を仰っているのかわかりませんが……)
『……テメェもか……俺たちが悪党だからと言っていつまでこの地獄で磔にされていなけりゃならねぇんだ!』
(え……言葉がわかる?!)
不思議な事に聞いているうちに言葉が理解できるようになってきました。
『クソッタレ魔術師共は魔術を使えない人間を家畜か何かと思っていやがるんだ……』
(これは……一体?!)