第四五話「追撃と反撃」
――階段を更に上に登っていくと天井が崩れていて空が見え、陽の光でかなり明るいです。そして崩れた瓦礫が崖の様になっていました。一〇メートルほど登れば外に出られそうです。
「やれやれ、これならなんとか登れそうだな」
サンジュウローさんは崖に手をかけて確かめながらそう言いました。
「瓦礫だから慎重に登りましょう」
ウェルダさんも瓦礫を軽く叩いて確認しています。
「サキに、ノボル、マテ」
ウゥマさんは瓦礫を登り始めました。瓦礫は若干角度があるものの殆ど崖なので、両手両足で足場の状態を確認しながら慎重に登って行きます。登り切ると上の様子を確認しているようで姿が見えなくなりましたが、しばらく待っていると「ダイジョブだ」と手を挙げて合図しています。
まずハイトさん、次にサンジュウローさんが登ります。
「先に登りなさい」
ウェルダさんはわたくしを先に登るように促します。わたくしはそれに従って登り始めます。
(ヌルヌルしていて滑りやすいですね……)
皆さんすんなり登って行かれましたが、実際登ってみると苔や湿気で足場が滑っていてかなり怖いです。
(冒険者を営むならこんな場所を登る訓練もしておかないといけませんね)
「ちょっと、大丈夫なの?」
わたくしがもたついていたのでウェルダさんは追いついてこられました。
「すみません、不慣れなもので……先に登って下さい」
ウェルダさんはわたくしの顔をじっと見つめてから小さくため息を付きました。
「そんな気遣いするなら、登ることに集中したら? ほら行くわよ」
わたくしが「はい」と返事をして二人で再び登り始めた時、上からウゥマさんの声がしました。
「シタ、テキだ!」
(テキ……敵?!)
振り返って下を見ると、階段の下から大百足が這い登ってきます
。一、二、三……一〇匹以上はいるかもしれません。
「え……えぇ?!」
「登りなさい、早く!」
わたくしとウェルダさんは急いで瓦礫を登ります。しかし、足場が脆くなっていたのか、わたくしが踏んだ足場をウェルダさんが続いて踏むと崩れました。ウェルダさんは咄嗟に別の瓦礫を手で掴みましたが、装備の重さもあるのでしょうか掴んだ瓦礫も崩れ、滑るように落ちてしまいました。
「ウェルダさん!」
「早く登りなさいと言ったでしょう!」
ウェルダさんは振り返らずに盾と武器を構えてとても厳しい口調で叫びました。
(今までもこんな危機はありました。その度にわたくしは皆さんに助けられてきました。今わたくしに出来ること、すべきこと……)
わたくしは瓦礫を滑り降りウェルダさんの元へ行きます。
「っ!? レティ、貴女何を考えて……」
「ちょっと賭けなんですけど、もし倒し損ねたものが居たらお願いします」
わたくしは切り札として、稲妻の呪文が施された貯術の短刀を抜き放ち構えます。
「それは?」
ウェルダさんがわたくしに訊ねますが今は時間がありません。
「伏せてください……"呪文よ!"」
わたくしが貯術の短刀に施された呪文を解放する言葉を発すると短刀から「バチバチ」と火花がほとばしり、凄まじい音と光を放ちながら一直線に稲妻が走りました。すると稲妻の直線上に居た大百足たちは焦げた嫌な臭いを放ちながら動かなくなりました。
(ファナさんありがとうございます……光の矢ではなく稲妻で助かりました……)
「稲妻?! 貴女って人は……」
ウェルダさんは目をパチパチと瞬かせて驚きの表情を浮かべています。
「もしもの時の為に持っていました、すみません説明も出来ずに使ってしまって……」
わたくしは頭を下げます。
「あ、いえ……そんな……」
ウェルダさんは戸惑いつつ言葉を探している様でした。そんな時、石がパラパラと上から落ちてきました。
「これは……早く登るわよ!」
ウェルダさんが捲し立てるように言います。
「え、え?!」
わたくしが戸惑っていると落ちてくる石が徐々に大きなものになっていきました。
(これは崩れるということですか?!)
わたくしはウェルダさんと共に慌てて瓦礫を登ってゆきます。すると奥の方から天井が音を立てて崩れ始めました。わたくし達は手近な足場が崩れる度、咄嗟に経路を変えながら何とか上まで登りきりました。登りきった場所にも大百足の死骸が幾つか転がっていました。
(これは……サンジュウローさんたちも大百足に襲われていたのでしょうか?)
「良かった、登ってこれたんだな? すまねえなこっちも大百足相手にしててよ。スゲェ音がしたけどお前ら……」
「崩れるから早く逃げるわよ!」
サンジュウローさんの言葉を遮ってウェルダさんが強い口調で言いました。わたくし達が来た方向から瓦礫が崩れる様な音が響いています。皆さん顔を見合わせて慌てて逃げ始めます。この先も通路でしたが、天井が完全に落ちていて青空が見えていました。瓦礫や岩が登り勾配を成していてそこを登ると森の中に出ました。
後ろを振り返ると、暫く崩れる音と振動が続いていましたが、すぐに治まりました。わたくし達が登って来た道を見ると瓦礫で埋まっていました。
「すみません……大百足が押し寄せていたので……こんなことになるなんて思っていませんでした、申し訳ありません」
わたくしは皆さんを危険にさらした事に対して頭を下げて謝罪しました。
(魔法具をいきなり使うのはいけませんよね……皆さんを危険に……)
わたくしは事態の恐ろしさに身体が震えました。それを見ていたウェルダさんは短くため息をつきます。
「あの時あなたの行動が無ければ私は大百足にやられていたでしょう。その事に関しては結果的に助かったわ、ありがとう……」
ウェルダさんは苦笑いしながらそう言いました。
「い、いえ……そんな……」
(自分の行動が正しかったのか間違っていたのか……どうなのでしょうか)
「レティ君いやあ驚いたよ、そこまで大胆な判断が出来るとは」
ハイトさんは笑いながらそう言いました。
「いえ、たまたま上手く行っただけで……」
「気にすんなよお嬢、戦さで死にかけて助かるやつもいればただ街を歩いてて死ぬやつもいる。全部賽の目次第だからな」
サンジュウローさんは「がはは」と豪快に笑いました。
「レティ……ウェルダ……ブジ、ヨカッタ……」
ウゥマさんは心なしか声を詰まらせているように聞こえました。
(朴訥とした印象でしたが、情の深い方なのですのウゥマさんは……)
そして、周囲を見渡すとわたくし達が居るのは刃爪蜘蛛の巣があった遺跡入口から少し離れた丘の上でした。遺跡入口周辺には村の方々が何人も居られ、わたくし達の姿を見つけると、とても心配した様子で駆け寄ってこられました。話によると、わたくしを探しにいった他の皆さんも帰ってこず、様子を見に来たら大きな音と揺れがあったので何事かと思っていた、とのことでした。
(ご心配とご迷惑おかけしてしまったようです……)
改めて空を見上げると日が傾いて空は朱く染まっていました。日が落ちる前に村まで戻ろうと皆さんが言っておられたのでわたくしもそれに従って歩き始めた時、右の脚の痛みを感じました。
(あら、今まで必死だったので気付きませんでした……)
心なしか身体に悪寒と顔の火照りを感じます。倦怠感で立っているのが辛くなり地面に座わります。風の靴を脱いで下履きの裾を捲って痛みを感じる右脚を見てみると、ふくらはぎの辺りの皮膚が紫色になってボコボコと腫れていました。
(いつの間にこんな……それに、こんなに急に酷くなるなんて……)
そして猛烈な目まいと吐き気に見舞われ意識が朦朧としてきました。
「……レティ君!?」
「……ちょ……あなた……」
(皆さんの声が聞こえますが……身体に力が入りません……)
――わたくしはそのまま意識を失ってしまい、目が醒めるとベッドに横になっていました。上半身を起こしますが身体の倦怠感が強く、少しフラフラします。周囲を見渡すと、どうやら村のどこかのお宅の様でした。そして扉が開いてウェルダさんとウゥマさんが入って来られました。
「気が付いたようね」
「レティ、キブン、ダイジョブか?」
「はい、ちょっと身体が重いですが大丈夫です……」
ウェルダさんによると、わたくしはどうやら気付かないうちに大百足の幼体に脚を噛まれていたらしく、付与魔法の抗毒で毒の効果を弱めていたところに時間経過で魔法の効果が切れた為に毒が回ってしまった、との事でした。ちなみに毒はシオリさんの様な専門の治癒魔術師が居らず解毒の魔法を扱える人が居なかったので、ウェルダさんが遅毒を唱えて毒が回るのを遅らせ、ウゥマさんとハイトさんが探して来てくださった薬草で解毒出来たようです。ちなみに倒れてから丸一日眠っていたそうです。
「なんとお礼を申したらいいのか……ありがとうございます」
わたくしは深々と頭を下げました。
「お互い様よ……気にしなくていいわ」
「ブジ、ソレデイイ」
――それからわたくしはもう一日休ませていただいて体力の回復を待ってから村の皆さんに見送られつつウェルダさん達と一緒にイェンキャストへと帰還しました。




