第四四話「探索と脱出」
――小型ゴーレムを倒した後、わたくし達が部屋を調べると、奥の壁に扉の印が浮き彫りにされている部分を見つけました。
「ここに扉があるようです、開けてみますか?」
皆さんと話し合った結果、出口に続く通路の可能性もあるので開けてみようということになりました。しかし中にもゴーレムがいるかもしれないのでいつでも対応できる準備をします。わたくしが扉の印に触れると「ズズズ」という音を立て横にスライドして動き開きました。
中は三メートル四方くらいの小部屋になっていて、朽ちた家具が散乱しています。特に変わった物は見当たりませんが、奥の壁にはまた扉の印の浮き彫りがありました。皆さんに確認してから奥の扉を開けると下り階段がありました。
「何だ下りかよ、上に行きてえのにな」
サンジュウローさんは苦笑いしていました。ですが、念の為下も調べて見ることにします。
階段の下は約二〇メートル四方の大きな部屋になっていました。朽ち掛けた棚や頑丈そうなよくわからない材質の大きな空の箱が雑然と放置されていました。どうやら倉庫か保管庫だった場所の様です。
「空の箱ばかりだね」
ハイトさんは幾つかの箱を覗きながらそう言いました。
「まあ一応一通りチェックしましょうか。何かあればレティさん調べて頂けて?」
「はい、わかりました」
わたくしは棚や箱を調べます。棚には目立つ物も無く蓋が開いていない箱もありましたが、中身は入っていませんでした。
「これ、中身あるんじゃねえか?」
サンジュウローさんが中身がありそうな箱を発見しました。わたくしはそちらに赴き開けてみると、中には西方大陸風の複雑な幾何学模様の彫金があしらわれた鞘に収められた短剣と指輪が入っていました。箱の中には古代文字で書かれた掌大の大きさのプレートが一緒に入っていました。
「四〇……人間……盗む……四〇人の盗賊といったところ、でしょうか?」
「なんだそりゃ? 捕らえた盗賊からの押収品とかかね?」
「どうなんでしょう、調べますね……」
(四〇人の盗賊……聞き覚えがありますけど……)
短剣と指輪からは魔道具の気配を感じますので慎重に鞘から抜いてみました。短剣の形状は帝国のある中央大陸にはない奇抜なもので、両刃の湾曲した刃が波打つ様な形です。長さは全体が約五〇センチ、刃渡りはその半分ほどです。柄には鍔もあり植物の蔦の様な曲線を形どった意匠です。とりあえず持ち帰って詳しく調べてみたい旨を皆さんにお伝えし、持ち帰ることにしました。
――この部屋にはその他には何も残されていませんでした。他に通路も無いので再び昇降装置を管理している仕掛けのあった部屋付近の通路に戻ります。そして別の通路の探索を続けました。その途中に何体かの小型ゴーレム発見しました。幸い動かなくなったもののようでしたので無傷の魔術結晶を取り外して持ち帰ります。
付近を一通り調べましたが階段や梯子の様なものは見つからず、ついに扉ひとつを残すのみとなりました。扉の縁に沿って長方形に苔やカビの様なものが滲み出ていました。
(ここだけ異様ですね……)
わたくしは扉の仕掛けである古代文字の浮き彫りに触ると「ズズズ……」と音を立ててスライドし、扉が開きます。そして、中からは腐敗臭や湿気を含んだ空気が流れ込んできました。
「う……何、この匂いは?」
ウェルダさんは手で鼻と口元を押さえて顔をしかめます。扉の中はこちら側とは打って変わって、苔やヌメりに覆われていて、階段が上に向かってつづら折りに伸びています。階段の幅は三メートルくらいでしょうか。
わたくし達が様子を窺っていると、ウゥマさんが二本の指を立てて宙に何かを描く様にしながら精霊語を呟きます。精霊探知を唱えている様です。
「スコシ、カゼ、カンジる、ウエ」
ウゥマさんは階段の上を指さします。精霊の声を聞いて外気を感じたのでしょうか。
「じゃあとっとと登ろうぜ、こんな所早くおさらばしてえからな」
わたくし達パーティーは、とにかくこの階段を登ってゆくことにしました。ここは照明の仕掛けが機能していないのか真っ暗だったのでウゥマさんが鬼火を呼び出しました。わたくしも灯かりを唱えます。
途中他の階層の扉らしきものを見掛けましたが、瓦礫が崩落していたり扉らしきものが苔で覆われていたりして進むには難しそうでした。何より今は脱出が優先ですので探索は諦めました。足元の階段は湿気と苔でヌルヌルしています。所々崩れていて状態が悪いので注意を払いながら昇ってゆきます。
「ぴやゃあ!?」
「どうしたお嬢?!」
わたくしの悲鳴にサンジュウローさんが反応します。
「すみません、水滴が肌に落ちただけです……」
わたくしは時折天井から滴ってくる水滴の冷たさを我慢していたのですが、足元に集中している時に首筋に水滴が落ちたので、つい変な声を上げてしまいました。サンジュウローさんは「プッ」と吹き出して笑います。
「その程度で変な声出さないでくれる?」
サンジュウローさんは笑っていますが、ウェルダさんは呆れ顔です。
「す、すみません……」
「まったく、鑑定士といえど冒険者なんですから小さなことでいちいち喚かな……ひゃん?!」
ウェルダさんは突然首を竦めて悲鳴のような声を出しました。そして首筋を手で拭っています。
「なんだ、可愛らしい悲鳴だな」
サンジュウローさんが茶化すように言いました。ウェルダさんはサンジュウローさんを睨んでいます。その様子を見てハイトさんは声を噛み殺しながら笑っていました。
「ナニカ、イルゾ!」
突然ウゥマさんが声を上げて突然に槍を振ります。すると天井から落ちてきた大きく長いものが槍の一撃で少し離れた所に転がりました。それは虫のようですが脚が数え切れないほど生えていて蛇のように長く、幅は人間の胴より太いもの――
「大百足!?」
ハイトさんは落ちたモノを見てそう言いました。その姿は確かに百足ですが、太さが五〇センチ以上、長さはニメートル以上ありそうな大きな百足でした。
「気を付けて、そいつも普通の百足同様に牙には毒が!」
ハイトさんはそう言うと魔法を唱えます。
『……抗毒……護り……疾風』
階段という足場の悪さからか、ウゥマさん、サンジュウローさん、ウェルダさん達前衛の方々は床に壁に天井に這い回る大百足に苦戦しています。
「ウィスプ、ツカウ、アカリ、タノム」
ウゥマさんの言葉をわたくしは咄嗟に理解出来ませんでしたが、ハイトさんは意図を汲まれたのでしょうか? 何か懐から小石のようなものを取り出して、それに短杖を向けて灯かりを唱えます。すると小石のようなものは明るく光ります。
(あれは灯かりの魔法に反応して光を放つ魔道具"照明石"ですね?)
そうしている間にウゥマさんは人差し指と中指で鬼火を指しながら精霊語を呟き、誘導するように指を振りました。すると鬼火は複雑な軌道を描いて大百足に命中して「パンッ」と炸裂しました。その瞬間辺りはわたくしの灯かりのみの光量になりましたが、すかさずハイトさんが照明石を鬼火が炸裂した辺りに投げます。
照明石が落ちた周囲を照らすと、そこにはのたうち回る大百足がいました。先程の鬼火でダメージを受けているようです。
「きぇい!」
大百足の姿が見えた瞬間、サンジュウローさんとウェルダさんは踏み込み、大百足に攻撃を加えました。サンジュウローさんは剣で胴を真っ二つに斬り裂き、さらに頭をウェルダさんの粉砕の戦棍で砕かれてたので大百足は絶命しました。
「ふぅぅ……でかいのに素早い奴でヤバかったぜ」
サンジュウローさんは額の汗を袖で拭いました。
「まだいるかもしれないわ、先に進みましょう」
ウェルダさんはため息を付くとわたくし達にそう言います。
(そうですね、また大百足が現れたら厄介ですし……)
「先へ進みましょう」
ハイトさんは照明石を拾い、掌に載せて周囲を照らしています。ウゥマさんも再び鬼火を召喚しました。灯かりを増やすことで大百足の奇襲を防ぐということでしょう。
――そして再び階段を登ってゆくと上の方から光が見えてきました、心なしか空気も段々澄んできている気もしました、外が近いのかもしれません。




