第四三話「昇降装置と侵入者対策」
――わたくし達は昇降装置の部屋を調べました。通気口や整備のための扉などの上に昇る穴などは見つけられません。どうやら他に出口を探さねばならないようです。
昇降装置の部屋を出ると、通路の壁と天井の境に辺りにある人の頭程度の大きさの出っ張りが照明のように通路の手前から奥まで順番に灯って行きました。
(古代遺跡によく見られる照明の仕掛けですね……)
通路の奥を見ると、二〇メートルほど先で突き当って左右に分かれているのが見えます。
「レティ君の意見が正しいとすれば、ここは刃爪蜘蛛の巣の下にある古代遺跡という事だね……いやあ、参ったよ」
「呑気な事言ってる場合じゃないでしょう? ここから脱出する道を探さないといけないわ」
「クイモノ、フツカダ、スコシ、タベテ」
「食料が節約して二日分って事か? のんびりはしてられねぇな」
皆さん冷静に状況把握に努めています、流石はそれぞれが熟練者の冒険者パーティーです。
「あの、出入口が昇降装置だけという事は無いと思います、必ず他に外に出る経路があるはずです、階段などが……」
「座標探知を唱えてみたけど、確かに元いた場所から垂直に降りたようだわ。ここ天井の高さから概算すると約五階層ほど下ね……」
ウェルダさんはこめかみに指を当てながら眉間にシワを寄せて溜め息をついています。
「まあ行くしかねえわな」
サンジュウローさんは「わはは」と笑っています。
(こんな危機でも笑っていられるというのはかなり精神力の強い方ですね……冒険者にはこういう豪胆さも必要ですよね)
わたくし達は突き当たりまで行ってみることにしました。先頭にウェルダさんとサンジュウローさん、そしてハイトさんとわたくし。後ろをウゥマさんが警戒します。突き当たりまで辿り着くと、右は通路が直ぐに再び右に折れています。左は二〇メートル程先が右に折れています。とりあえず先に右側の直ぐに右に折れている先を確認すると、扉のようなものがありました。
「この扉、ノブや取手みたいなものがないわね」
「フン! ……開かねえぞ?」
先頭を歩いていたウェルダさんとサンジュウローさんが扉を調べていました。扉には古代文字が書かれているようです。
「あの、ちょっと見せて頂いてもよろしいですか?」
「お、頼むぜお嬢」
わたくしは扉に浮き彫りにされている古代文字を見ます。
(昇る……降りる……統制……昇降装置関係の部屋でしょうか?)
わたくしは扉にあしらわれている「開閉」という古代記号に触れてみます。すると何か鍵が外れるような仕掛けが動く音が鳴り、扉が「ズズズ」と開きました。どうやら引き戸だったようです。
「引き戸かよ……押しても開かないはずだな」
サンジュウローさんは苦笑いしています。ウェルダさんはわたくしをじっと見つめておられました。
「えっと……どうされました?」
「なんでもないわ……中に入るから宜しく」
そう言うとウェルダさんは後ろのハイトさん達に声を掛けます。
(わたくし何かご迷惑おかけしているでしょうか……でも何かあれば注意されますから気のせいですよね?)
ウェルダさんとサンジュウローが警戒しながら扉の中へ入っていきます。少し間をおいて「大丈夫」という声が聞こえたのでわたくしも中へ入ります。
「思ったより狭い部屋ですね」
「だろ? 拍子抜けしたぜ」
扉の中は五メートル四方くらいの部屋でした。奥の壁の前には台座があり魔術結晶が設置されています。台座の前の壁には一メートル四方程度の金属板が埋められていて、以前見た古代遺跡のように光る古代文字が明滅していました。
(以前、地下迷宮から脱出する時に使った船が壊れた時に出ていた表示に似ています……)
「ええっと……注意? 停まる? これは……昇降装置の意味ですね……壊れているということでしょうか……」
「悪いけど、小さな声でブツブツ言っていないで説明してもらえないかしら?」
「あひゃい?!」
思考しているところに後ろからウェルダさんに声をかけられて、頭の中で考えている事を口に出していた事に気付き恥ずかしさと驚きで変な声を出してしまいました。
「ごめんなさい……どうも色々考えていると無意識のうちに考えている事を口に出してしまう癖があるようで……すみません」
わたくしは耳まで恥ずかしくて火照っているのが分かりました。
「そ、そうなの? 仕方ないわね……じゃあそういう時は聞こえなかった事にするわ」
ウェルダさんはそんな気遣いをさせている事に余計に恥ずかしくなってしまいましたが、気を取り直して頬を両手で挟む様に叩いて気持ちを切り替えます。
「ここは昇降装置を管理している部屋みたいで、やはり壊れてしまった様です……」
「まあ、さっきのあの出来事は昇降装置が壊れて下の階まで落ちた……といったところかな?」
ハイトさんはそう分析されていました、まさにその通りだと思うとわたくしも同意しました。
「昇降装置の事はとりあえずいいわ。今はこの地下迷宮を脱出する経路を探さないと……」
ウェルダさんのその言葉に頷いたわたくし達は、再び通路を探索します。進んで行くといくつかの分岐点を経て、半開きの大きな扉の前に出ました。仕掛けに触れてみましたが反応が無いので壊れているのでしょうか。サンジュウローさんが力を入れると何とか通れるくらい扉が開いたので中に入ってみました。二〇メートル四方はあるとても大きな部屋です。部屋の端の壁際に何かの残骸のようなものの山が幾つかが転がっていて、奥にはさらに扉があります。
「この奥に通路が?」
ウェルダさんは扉を指さします。
「行ってみないと何とも分かりません。奥の扉を調べましょう」
わたくしは扉に向かって歩こうとしましたが、ウェルダさんが腕を横に伸ばしてわたくしを止めます。
「待ちなさい、隊列を保って警戒を緩めないで」
「す、すみません……」
(いけません、今のところさした危険もなく目の前に扉があるので、つい好奇心で警戒心が緩んでいました……)
わたくし達は隊列を維持したまま奥の扉へ歩いて行きました。
「マテ、イマ、オト、キコエタ」
最後尾でウゥマさんが槍を構えて警戒を促します。パーティーの皆さんはウゥマさんの言葉で顔つきが一瞬で変わり、武器を構えます。わたくし達は外向きの円になって周囲を警戒していました。すると部屋の隅にあった何かの残骸と思っていたものが音を立てて動き始めました。それは直径1メートル、厚さ五〇センチ程度の硬い円盤に虫の脚の様なものが二対四本ついている人工的なものです。それが四体でわたくし達を取り囲んでいます。
「何だこりゃあ、また虫みたいなやつかよ!?」
「罠!?」
サンジュウローさんとウェルダさんは更に一歩前に出て構えます、流石は前衛の戦士です。
(あれは――確か本で見た事があります……)
「皆さんあれはゴーレムの一種です、小型のゴーレム……恐らく侵入者に対する防衛装置の様なものです!」
「アレもゴーレムなのですか? 僕たちが侵入者だなんて……まあそうだよね」
ハイトさんは冗談めかして仰いますが、目は笑っていませんでした。
(しかし、武器のようなものが見当たりません……単に見回りするためのゴーレムなのでしょうか?)
ハイトさんはすぐに支援魔法を唱えます。小型ゴーレムたちが一斉にこちらに向かってきました。ゴーレムは四本ある脚の内、前面の一本を横に薙ぐようにして殴りかかってきました。ウェルダさん、サンジュウローさん、ウゥマさんは盾で防いだり武器で受け流したりしながら小型ゴーレムの攻撃に対処します。ウェルダさんは盾で攻撃を受けながらわたくしとハイトさんを部屋の出入り口の方へ逃げられるように誘導してくれています。
「皆さん、ゴーレムの弱点は制御している魔術結晶です。身体に埋め込まれている宝石のようなものを破壊してください!」
「しかしよ、弱点ってもそれらしいのは見当たらんぜお嬢?!」
確かにサンジュウローさんの言うとおり、核である魔術結晶が小型ゴーレムの身体には見当たりません。
「なんとか虫の様な脚を叩き折れないかしら?!」
ウェルダさんはゴーレムの脚を攻撃していますが、それは振り回される武器を狙うようなものなので厳しい様です。ウゥマさんは鬼火を放ち炸裂させますがゴーレムの動きを止められません。やはりゴーレムの身体には対魔法処理がされているようで、精霊魔法も効きづらいようです。
(これも自律甲冑の類いで装甲の中に核が……いえ、それだともっと大型で重くなるはずです。小型にする利点がありません……では核はどこに?!)
「まさか……」
わたくしは床に伏せて小型ゴーレムを観察します。
「レティ君? 何を……」
ハイトさんがわたくしの突飛な行動に戸惑っていますが、わたくしは小型ゴーレムのまだ調べていない部分に気付きました。
「やはり……皆さん、ゴーレムの核は下側にあります!」
「なるほど、弱点だけど露出させないと機能しないのであれば、攻撃され難い場所に配置するということだね……しかしどうやってそこを攻撃しますか?」
(ハイトさんの言うとおりです。場所が判っても攻撃する手段が……)
「こいつを裏返せばいいのね?」
ウェルダさんはそう言うと盾を構えて小型ゴーレムに体当たりしながら盾で振り下ろしてくる片脚を弾きました。そしてその流れでメイスを下から上へ振り上げてゴーレムを攻撃しました。ゴーレムにメイスが命中した瞬間に「バン」と破裂するような音が響き、ゴーレムは裏返りました。
(あれが粉砕の戦棍の力ですね!?)
裏返った小型ゴーレムの底面には淡く光る赤い魔術結晶が埋め込まれていました。
「その赤い石です!」
わたくしがそう叫ぶとウェルダさんは「はあっ!」と気合を入れてメイスを振り下ろし、魔術結晶を砕きます。石が砕けると小型ゴーレムは糸が切れた操り人形の様に動きを止めました。
「よっしゃ、なるほど……な!」
ウェルダさんの戦い方を見たサンジュウローさんは、後ずさり小型ゴーレムから少し距離を取ると両手剣の握り方を逆向きにして後ろ手に構えました。そして突進して脚を振り上げたゴーレムに向かって床を踏み抜かんばかりに力強く踏み出すと、両手剣を下から上へ弧を描く様に振り上げてます。その一撃で脚を振り上げていたゴーレムは体勢を崩して裏向けになり転倒しました。
「っしゃあ!」
サンジュウローさんは間髪容れず剣を振り上げた流れでそのまま振り下ろして露わになったゴーレムの魔術結晶を砕きました。
ウゥマさんは再び鬼火を召喚します。向かってくる小型ゴーレムに対して鬼火を放つのですが、ウゥマさんは鬼火を指差しながら何かを呟いています。すると鬼火は敏捷な動きでゴーレムの下に潜り込み「パンッ」という破裂音とともに閃光を放ちました。そしてゴーレムは動きを止めてその場で崩れるように力を失いました。
(あれは……身体の下側で鬼火を炸裂させて魔術結晶を破壊したのでしょうか?)
残る一体をウゥマさんが引き付けている間にウェルダさんがゴーレムの横から近づき先程のようにメイスを振り上げてゴーレムをひっくり返します。そこにウゥマさんが間髪容れず核の魔術結晶に槍を突き立てました。こう言う聞き慣れないこと部は頻発すると臭い
こうして小型ゴーレム四体を無力化することが出来ました。
 




