第四二話「焼け跡」
――遺跡の中はまだ燃えた熱気や水蒸気や煙に満ちていましたが、所々天井の穴から陽光が差し込み始めていました。なんとか隠し部屋のような場所に避難して炎に捲かれずに済んだわたくしは改めて遺跡の中を見渡します。
(もう朝なのでしょうか、そんなにも気を失っていた……というか寝てたのでしょうねわたくし)
あの後、刃爪蜘蛛の女王は巣ごと焼かれて、その後雨が降って炎は鎮火されたそうです。
「しかし、君が無事で本当に良かった。もし何かあったら僕はギルドに顔向けできなかったよ……」
「いえ、わたくしが提案したことですからお気になさらないでください。冒険者は常に死と隣合わせ――ですよね?」
ハイトさんは少し驚いた表情をした後に笑いました。何か変な事を言ってしまったのでしょうか?
「すまない、正直君の事は侮っていた……というと言葉が悪いか。いや、まだ冒険者になって一年くらいの駆け出しで、しかも元は貴族令嬢だったかな? 鑑定が得意だと聞いていたので荒事はまだまだ苦手かと思ったが、僕の想像以上に逞しいなと思ってね」
「は、はあ……」
(わたくし自身にはそんな実感はあまりありませんが……)
「でも、よくこんな隠し部屋みたいな場所をみつけたね?」
ハイトさんはわたくしが逃げ込んだ場所を手持ちの短杖に灯した灯かりの魔法で中を照らします。そこは狭い部屋でしたが、朽ちて崩れた棚が置かれていて武器など色々なものが散乱していました。
「ここは……武器庫や保管庫の類なのかもしれません」
「わからないけど、まだ他の場所にも何かあるかもしれないし、刃爪蜘蛛が生き残っていないか確認しないといけないから、僕は他のメンバーと奥の女王が居た部屋を探索してくるよ。君はこの部屋のアイテムで使えそうなものや売れそうなものが無いか調べてくれないか?」
ハイトさんの指示を聞き「はい、わかりました」と返答し、わたくしは散らばっている物を並べながら調べてゆきます。
(まず武器類ですが、殆どは古代魔法帝国時代の一般的な両刃直剣や戦棍ですね。保管状態も良好で鋼も良質です。それに意匠が現在のものとは違うので骨董品として、また刀剣収集家には需要があるでしょうね。ギルドの戦士の方々で欲しい方が居られるかもしれません)
次に目についたのは布のようなものです。広げてみるとそれはシャツのように見えました。
(シャツにしては目が粗いですね、それに質感が布ではなく金属のように感じますが……え、これってひょっとしてミリス銀?!)
ミリス銀を極細の針金状にしたものできめ細かく編まれた鎖帷子ですね。布の服に近い軽さと薄さですので上衣やローブの下に着こめそうです。わたくしが試着で上衣の下に着こんでもあまり重さを感じず違和感もありません。
(凄い技術ですね……さすがは古代魔法帝国の遺物です)
こうしてアイテムを見極めながら片付けて行くと下に箱が埋まっているのを見つけました。特に鍵はかかっていなかったので開けてみます。中には赤い宝石のような石が一〇個ほど入っていました。大きさは五センチ程度、厚みが一センチ程度です。
(これは魔術結晶ですね……魔力は込められていないようですが、状態が良いので高い価格で取引されそうです)
すると、遺跡の奥の方からハイトさんの呼び声が聞こえました。わたくしはこれらの品々を後で鑑定しようと旅人の鞄に詰めてハイトさん達の方へ向かいました。遺跡の一番奥の部屋、刃爪蜘蛛の女王が居た場所の奥の壁が開いていてその中からハイトさん達の声がしました。
わたくしの姿をみつけたサンジュウローさんが手招きします。
「こっちだ、なんか古代文字があるんだが読めるかい?」
部屋の中央には台座がありその上には、拳二つ分くらいの大きさの淡く光る石が安置されています。
「これは……成聖石ですよね?」
わたくしが以前マーシウさん達と出会った地下迷宮にもあったものです。古代遺跡などにはたまに設置されていて、回復を早める効果がある設備です。
「いやそれは俺でも分かるんだがよ、こっちだこっち」
サンジュウローさんは部屋の隅の壁に浮彫にされた古代文字や記号を指さしていました。
「これは、浮彫りの古代文字……いえ、仕掛けになっているものだと思います」
これもマーシウさん達と出会った辺境の地下迷宮の成聖石と同じような形式のものです。
(ということはやはり、この部屋自体が昇降装置ということでしょうか?)
「これはおそらく昇降装置を操作する仕掛けです。わたくし以前同じものを見ました」
皆さんの視線がわたくしに集まります。
「ということは、この古代遺跡はまだ下に続いているという事?」
「はい、昇降装置があるということはそうだと思います」
ウェルダさんはわたくしのその言葉を聞くと質問し、顎に指をあてて何かを考えている様子でした。
「あ、あの……ウェルダさん?」
「いえ、なんでもないわ……」
ウェルダさんは話を切るようにそっけなく返事をされました。ですが、それを見ていたサンジュウローさんが笑みを浮かべながら口を開きます。
「ウェの字ぃ、ちょっとワクワクしちまっただろ?」
「な、何を言ってるのよ? からかわないで。何か危険なものじゃないか考えていただけよ!」
ウェルダさんはサンジュウローさんの言葉にハッとした表情をして顔を赤らめていました。
「ま、未知の遺跡ってものに心が躍るのが冒険者ってやつだよな」
サンジュウローさんは腰に手を当てて自信あり気に不敵な笑みを浮かべながらそう仰っています。ウェルダさんはそんなサンジュウローさんから顔を背けて「フン」と不機嫌そうな表情をしていました。
――そんな時、部屋全体が「ガタリ」と揺れました。わたくしも含めて皆さん一斉に床に伏せます。
「今、揺れたわよね?」
ウェルダさんは辺りを警戒しながら様子を窺います。
「皆、ゆっくり部屋から出るよ?」
ハイトさんは小声でそう仰いました。するとみんなでゆっくりと出口の方へ向かおうとしたその時――
「バキ」「ゴリゴリ」など何かが折れて砕ける様な音が響き、部屋が大きく振動し始めました。振動と共に何といいましょうか、浮遊感の様なものを感じました。そして部屋の壁の向こうから何か金属が強く擦れるような嫌な音が鳴り響きます。
皆さん悲鳴や叫び声を上げながら床にしがみ付いています。わたくしも間近にあった成聖石の台座にしがみ付いていました。そしてしばらくその状況が続いた後、突然壁の向こうの金属音が大きく激しく響いたと思ったら部屋全体が激しく揺れてわたくし達は一瞬宙に浮き、床に叩きつけられました。
「痛ててて……酷ぇ目にあったぜ、何が起こったんだ?!」
サンジュウローさんが真っ先に立ち上がり、首を捻ったり肩を回したりしながら身体に異常が無いか確認しています。
「各自怪我が無いか確認して、もし必要なら治癒するから言って」
ウェルダさんも立ち上がって自分の身体を確かめています。わたくしも立ち上がろうとした時、右足に激しい痛みが走りました。
「……っ痛?!」
痛みで立ち上がれず思わずその場にしゃがみました。どうやら最後に床が激しく揺れた時に右足首の辺りを打ちつけてしまった様です。
「ちょっと見せて……ブーツを脱げる?」
「は、はい……」
わたくしは右の風の靴を脱ぎました。するとくるぶしの辺りが青紫色に腫れあがっていました。
「足は動く?」
わたくしはゆっくりと足首を動かしてみます。とても痛いですがなんとか動かせました。
「折れてはいないようね……良かった、それらな私の治療でも治せるわ。もし折れてたら治癒魔術師の癒しの魔法が無いと完治は出来ないから」
そう言うとウェルダさんはわたくしの右足に治療を唱えてくれました。痛みが嘘のように引いて行きます。
「あ、ありがとうございました、すみませんわたくし怪我なんか……」
「これは不可抗力よ、仕方ないわ。さ、もう立てるわね?」
わたくし以外の方に大した怪我は無かったようで取り敢えずは良かったですが、今この状況は一体?
「ジョウキョウ ワルイ ミロ」
真っ先に部屋の外に出ていたウゥマさんがわたくし達を呼んでいますので部屋から出ました。そこはこの部屋の外にあった部屋とは全く違う景色でした。幅も高さも五、六メートルほどもある真っ暗な通路が伸びていました。
「何よこれ……一体どういう?!」
わたくしは先ほどまでの状況をひとつひとつ思い出して関連付けてみました、そして得た結論は――
「推測なんですが、さっきの部屋の大きな揺れは、昇降装置だったこの部屋が何らかの原因で壊れて遺跡の下へ降りてしまったのでは?」
――などとサラリと言ってはみたものの、わたくし達の置かれた状況に身体中から冷たい汗がにじみ出てくるのを感じました。




