第四一話「刃爪蜘蛛の女王」
――戦士のお三方は刃爪蜘蛛の女王を囲みましたが、木々の隙間を巧みに八本の脚を槍のように突き出して寄せ付けないように攻撃しています。
(蜘蛛たちは火が弱点ですので、何とか火を使える状態にしたいですが森の真ん中では大きな火は使えません……)
刃爪蜘蛛の女王を巣にしていた遺跡に戻せれば、あそこなら多少火を使っても森が火事になることは避けられそうですが――わたくしはハイトさんに提案してみました。
「確かに――だがどうやって?」
「女王は何のために巣を作るのですか?」
「それは卵を産んで育てるためだね。生態としては蜘蛛に似ているんだけど、蟻などにも似ている所もあってまだまだ僕たち学者の間でも議論されているんだけど、まあそんなことは今はいい。恐らくあの遺跡の中には刃爪蜘蛛の卵があって、もし孵化したらそれこそあの村ばかりではなくイェンキャスト周辺に害が及びかねないよ」
ハイトさんは恐ろしい事を仰いましたが、それが現実というものなのでしょう。何としてでも今のうちに刃爪蜘蛛の巣は排除せねばなりません。
「では巣の中の卵に危害が加えられれば女王は巣に戻らないでしょうか?」
ハイトさんはハッとしてわたくしをじーっと見つめました。
(えっと、これはどういう……)
「レティ君は冒険者としてはまだまだ駆け出しだけど、考え方は合理的で冷静だよね」
「え? えっと……」
「そのアイデアで行こう。前衛諸君には刃爪蜘蛛の女王を徐々に這い出てきた穴の方へ誘ってもらうから、君は僕と巣の中に入って卵に火を放とう」
「わ、わかりました!」
「くれぐれもいきなり燃やし過ぎないように。こちらが火に捲かれてしまうからね」
ハイトさんはそう言うと前衛の皆さんに作戦を伝えに行きました。
――わたくしは先に蜘蛛の巣の入り口の遺跡入り口へと戻りました。そこでは煙を焚いていた葉の火はもう治まっていました。わたくしはまだ燃やしていなかった藁束を集めて持ち運びやすい様に縄で縛ります。
(藁束の火力は以前嫌と言うほど味わいましたからね……)
そうしているとハイトさんもやってきました。
「前衛にも伝えてきたよ、さあ急いで中へ。煙で中の刃爪蜘蛛は弱っているかもしれないが、十分気を付けていこう」
「はい!」
わたくしとハイトさんは藁束と油を持てるだけ持って刃爪蜘蛛の巣である遺跡の中へ入ります。灯かりの魔法で中を照らしますと、中はすぐ下り階段になっていて一階層ほど降りると、三人ほどが並んで歩ける幅の通路です。壁や天井には所々蜘蛛の巣に覆われています。
わたくし達が焚いた煙がまだ残っていましたが、風精の加護の魔法を受けているので煙に巻かれずに済みました。通路の両側には扉の朽ちた部屋が規則的に並んでいて、恐らくかなり前に冒険者により探索されて色々持ち出されたあとの様な印象です。その部屋の一部は大量の蜘蛛の巣で覆われていて、繭のようなものが幾つもあります。
(おそらくこれが卵でしょうか?)
「レティ君後ろだ!」
ハイトさんは振り返りながら灯かりの魔法で光る短杖を後方に向けます。何処に潜んでいたのでしょう、まだ犬か猫ほどの大きさの蜘蛛が数匹這ってきました。前脚を上げて威嚇しています。
「まだ幼体のようですから一匹ずつ倒しましょう」
ハイトさんが灯かりの魔法で光る短杖で刃爪蜘蛛を誘導します。わたくしは壁際に追い込まれた刃爪蜘蛛を一匹ずつ手製の槍で突いて倒しました。わたくしたちは更に奥に進みます。すると直径が五〇センチほどの白い繭玉の様なものがいくつも蜘蛛の巣で壁に張り付いていました。
「この繭の様なものが卵なので、これに油を撒いて行きましょう」
やはり繭みたいなものが卵だったので、ハイトさんの指示で油を撒いて行きます。その際にも何度か刃爪蜘蛛の成体や幼体に襲われましたが、ハイトさんと二人でなんとか倒しました。
……そうして作業をしていると、わたくしは一部の壁に古代文字が書かれているのを見つけました。
(これは……扉の印ですね? どこかに仕掛けが……いけません、今はそんな場合では)
探求心と好奇心を押し殺してわたくし達は卵に油を撒きながら奥へ進んで行くと、ひと際大きな部屋に出ました。そこは天井が崩れていて縦穴のようになっており、空が見えます。
「もうかなり日が傾いています、急ぎましょう」
この大きな部屋にはたくさんの繭玉があり、おそらくここが刃爪蜘蛛の女王の部屋なのでしょう。蜘蛛の巣もひと際厚く張られています。ここに持ってきた藁束を繭の周りに積んで油をかけます。そしてまだ燃え広がらないように一部の繭玉だけに火をつけて刃爪蜘蛛の女王を誘います。わたくしとハイトさんは出口への通路の近くに身を潜めて様子を見ました。
「これであとは刃爪蜘蛛の女王が気づいてここに来てから一気に火を放って逃げましょう」
ハイトさんがそう言っている間に、穴の上から土や腐葉土がバラバラと崩れ落ちてきます。穴の上の方から「そっちに行ったぞ」というサンジュウローさんの声が聞こえました。そして金切声のような咆哮が聞こえたと思った次の瞬間、刃爪蜘蛛の女王が飛び降りる様に部屋の中央に降り立ちました。
「よし、レティ君発火を!」
ハイトさんの合図で藁束に向かってハイトさんと共に発火を唱えます。すると藁束は勢いよく燃え上がり白い煙をもうもうと上げ始めました。刃爪蜘蛛の女王は繭玉を守ろうと火を払いますが次々と他の藁束に引火していきます。最早様子を確認しているのも危険を感じたのでハイトさんと共に退散します。
(これでなんとか決着としたいですが――)
藁と油が燃える匂いと煙が凄まじく、風精の加護の魔法を受けていても息苦しく感じます。しかし、通路を塞ぐように刃爪蜘蛛がわたくしとハイトさん間に立ち塞がります。
「く!? レティ君!」
更にハイトさんの後ろからに刃爪蜘蛛が迫ってきます。
「ハイトさんは前の刃爪蜘蛛を、こちらはわたくしがなんとかします!」
「わかった!」
灯かりの魔法で牽制しながらなんとか通り抜けようとしますが、煙のせいで光が弱いのかじりじりと間合いを詰められます。そして背後からは激しく燃える炎の熱気と煙を感じます。そうしているうちに、わたくしは熱気と煙と刃爪蜘蛛に通路脇の部屋に追い詰められていました。
「レティ君! なんとかこっちまでくるんだ、もう火が……くそ!」
通路の向こうからハイトさんが叫んでいますが、ハイトさんの方には刃爪蜘蛛が何匹もやって来ていて、その対処で手一杯です。そして通路にももう火の手が回って来ていてそちらに行けそうにありません。わたくしを追い詰めていた刃爪蜘蛛も逃げたか火に捲かれたか姿が見えなくなっていました。何かないかと周囲を見渡しますと壁には先ほど見つけた"扉"の古代文字をがありました。
(ここは先ほどの部屋ですね!?)
扉の中に入ることが出来れば炎を避けられるかもしれません。
「ハイトさん、別の通路があるのでそちらから逃げてみます、ハイトさんはそのまま逃げてください!」
わたくしはそう叫ぶと急いでこの壁を探りました。すると壁の一部を押すと扉のように開いたので急いで中に入り扉を閉めます。中は真っ暗で入ってきた壁からは激しい熱気が伝わってきます。わたくしは少しでも熱を防ぐために保温の魔法を自分にかけました。これで外気温が上昇しても自分の周囲だけは今の温度が保たれるはずです。そしていつの間にか気を失ってしまったようです……。
――どのくらい経ったでしょうか、意識が戻ったわたくしは灯かりの魔法を唱えました。そこは部屋の様な空間でした。その時、入ってきた隠し扉の向こう側から人の声がしますのでわたくしは再び扉を開けてみました。
そこにはハイトさんとウゥマさんが沈痛な面持ちで目の前の通路を歩いている所でした。
「れ、レティ……君?」
ハイトさんはわたくしに気が付いて目が点になっています。ウゥマさんはこちらに駆け寄ってわたくしを強く抱きしめました。
「う、ウゥマさん……痛いです」
わたくしがそう言うとウゥマさんは腕を解いてくれました。そして涙を流してわたくしの頭を撫でていました。
「レティ、ブジ、ヨカッタ、ウレシイ……」
「みなさん、レティ君は無事です!」
ハイトさんは大きな声で叫んでいました。するとサンジュウローさんやウェルダさんの声も遠くから聞こえてきました。
(なんとか……助かったみたいですね、わたくし)




