第三九話「夜の戦い」
わたくしは子供たちに鍵をかけて家の中にいるように伝えると、ウェルダさん達を探します。村の広場のような開けた場所で皆さんは複数の刃爪蜘蛛に囲まれながら戦っています。
『……麻痺』
ハイトさんが魔法を唱えると、刃爪蜘蛛は硬直して動かなくなりその身体は痙攣し硬直しています、魔法の効果です。ハイトさんは一匹ずつ麻痺で硬直させてゆきます。ウェルダさんたちはそれらを確実に仕留めていきます。
「しかし、数が多いですね……これでは私の魔力が持ちませんよ」
「ハイト、麻痺は余程危ない時以外はいいぜ、こっちでなんとかしてやらぁ」
サンジュウローさんは刃爪蜘蛛の攻撃を躱しながら戦っていますが、複数対一人になると避けるのが精一杯で反撃し辛いようです。
ウェルダさんは積極的に自分が刃爪蜘蛛の標的になるように前に前に出ています。
(回避と盾での防御に専念して自分を囮に他のメンバーに攻撃をしてもらう――マーシウさんと同じ立ち回りですね?)
『……石礫』
ウゥマさんが魔法を唱えると地面落ちている小石が凄い速さで刃爪蜘蛛に飛んでいきます。しかし数は多いですが小石しか無いので刃爪蜘蛛の硬い身体には動きを止める程度のダメージしか無さそうです。
その中の一匹がわたくしに気付き、向かってきました。わたくしは先ほど拝借したランプの油の入った瓶を投げつけます。刃爪蜘蛛に当たると瓶が割れて油が刃爪蜘蛛の身体をを濡らします。
「……発火!」
わたくしが魔法を唱えると、刃爪蜘蛛に浴びせた油が発火して炎に包まれました。突然炎に包まれた蜘蛛は混乱して地面を転がって藻掻きます。
「へやぁ!」
燃えて混乱している刃爪蜘蛛に向かって農具のフォークを突き刺してトドメを刺します。
(……や、やりました)
「レティ君、なるほど……確かに刃爪蜘蛛に対して火は有効ですね。油がまだあるなら、どんどん刃爪蜘蛛に投げつけてくれないか!?」
「わ、わかりました!」
ハイトさんの指示でわたくしは刃爪蜘蛛に油の瓶を投げつけました。
「ウゥマ火を!」
ハイトさんがそう叫ぶと、ウゥマさんは口元に人差し指と中指を軽く当てて魔法を詠唱すると、腕に着けている珠が連なった腕輪が淡い光を放ちました。。
「……火精の矢」
すると、わたくしが最初に火を放った刃爪蜘蛛の死骸にくすぶっている炎が再び燃え上がり、そこから複数の炎が矢の様に他の刃爪蜘蛛に向かって飛んでいきました。炎の矢は刃爪蜘蛛に命中すると小さく爆発するように燃焼して激しい炎に包みます。刃爪蜘蛛たちは身体が燃えて藻掻き苦しんでいました。
サンジュウローさんとウェルダさんはそんな刃爪蜘蛛にトドメを刺していきます。わたくしもそれに倣ってフォークで突いてゆきました。
やがて、沢山いた刃爪蜘蛛が見当たらなくなっていました。ハイトさんは短杖をかざし生命探知で刃爪蜘蛛の気配を探知しています。
「残りの刃爪蜘蛛は逃げて行ったようだ、気配がしなくなったよ」
それを聞いてわたくしはホッとしてペタリと座り込みました。
「レティ君、すまないがまだ休むには早いよ。村の人たちにとりあえず刃爪蜘蛛が去った事を伝えて火を消すのを手伝って貰いましょう。ウェルダは怪我人を頼みます。レティ君も村の人たちへのことづてが終わったらウェルダのサポートを。ウゥマとサンジュウローは念のため刃爪蜘蛛が居ないか見回ってください。私は村長に事態の報告と今後の相談をしてきます」
皆さんそれぞれの役目を果たすべく動きます。わたくしも立ちあがって村の家々に刃爪蜘蛛が去った事を伝えて回りました。何軒かお伝えすると、村の人たちも手分けして手伝ったり、燃えている蜘蛛の死骸に土をかけて火を消すなど協力してくれました。
――そして東の空が白み出した頃。一段落して村のお家で休憩させて頂いていたわたくしは、気づくと眠ってしまった様でした。ふと目が醒めると座って居眠りをしていたわたくしに毛布が掛けてありました。そして身体に重みを感じて隣に目をやると、先ほど助けた子供たちも同じく毛布にくるまりながらわたくしにもたれて眠っていました。
そこにハイトさんが現れたのでわたくしは立ち上がろうとしましたがハイトさんは唇に人差し指を当てて微笑みながら小声で話しかけてこられました。
「お疲れ様です、夜明けまでまだ少し間があるのでまだ休んでいていいですよ」
「いえ……でも、まだ何かお手伝いすることは?」
「君が今動くとその子たちも起こしてしまいそうですから、いいですよそのままで。レティ君はしっかり休んでください」
「は、はい……ありがとうございます」
そういうとハイトさんは去って行かれました。わたくしは隣の子供たちの身体の温もりでまたウトウトと眠ってしまいました。
――わたくしが目を覚ますと両隣で眠っていた子供たちはおらず、代わりに子供たちが使っていたと思われる毛布が二枚わたくしの身体に掛けられていました。立ち上がって外に出るとすっかり夜が明けていました。村の人たちは広場に刃爪蜘蛛の死骸を集めて焼いていました。わたくしが目覚めた事に気づいた子供たちがパンとシチューを持ってきてくれました。
食べながら皆さんの様子を眺めていると、村の方々と話をするハイトさん達が居ました。ウゥマさんがわたくしに気がついてこちらへやって来られます。
「レティ、カラダ、ブジか?」
「はい、すみませんなんかあれから眠ってしまっていました……まだお手伝いする事はありますか?」
「キノウ、ヨル、アトシマツ、オワッタ。ワレラ、ムラオサと、ハナシ、シテイる」
(ええっと、ムラオサ……ああ、村長さんとお話されているということでしょうか)
わたくしは急いでシチューとパンを食べてからウゥマさんと共にハイトさんは村長さんと話をされているところに行きました。そこで話をしていたのは村長さんと村の主だった寄合の方々でした。ハイトさんたちが村の方々に話をしていたのは……。
「村が刃爪蜘蛛に狙われている事」「村には伝書精霊を扱うギルドが無いので今からイェンキャストの冒険者ギルドに報告に行って冒険者を募って戻ってくるとしても、どう急いでも三日以上かかる事」「刃爪蜘蛛は今晩も襲ってくる可能性が高い事」この三つでした。
「我々が早朝に刃爪蜘蛛の痕跡を辿り、奴らの巣を見つけました。規模としては幸いまだ小さく、そこまで数は多くないようですが……卵が本格的に孵化してしまうと軍隊が必要な事態にもなりかねません、刃爪蜘蛛はそれだけ厄介な怪物なんですよ」
村長さんたちは、「早速イェンキャストの冒険者ギルドへ依頼を」「でも今晩また襲われたらどうする?」などと言い合っていました。その時ハイトさんが「あのー」と割って入ります。
「刃爪蜘蛛は光を嫌います。なので活動は主に夕暮れから明け方ですから、昼間は巣に籠っています」
ハイトさんの言葉を聞いて村長さんたちは「そういえば昼間には見かけない」と口々に言っていました。
(確かに、昨夜襲ってきた刃爪蜘蛛に灯かりの魔法を向けたら凄く嫌がってました……)
「僕は普段から生き物や怪物を研究していまして、刃爪蜘蛛も多少の知識は持っていますから、それは確かです」
村長さんたちは「なるほど」と納得しています。
「そして昨日僕の仲間たちが刃爪蜘蛛に油をかけて火を放つとたちまち大混乱を起こしていました。ということは、刃爪蜘蛛の巣に昼間に火をかけて燃やすのが一番有効ではないかと……おもうのですが?」
(ハイトさんはさらりと口にしましたが、何気に恐ろしい事を仰っていますよね……)
しかし、昨夜の刃爪蜘蛛の襲撃を経験した身としてはそんな感傷的ことは言っていられないなと、改めて気を引き締めます。
(そうです、あの子たちが刃爪蜘蛛に……想像したくもありませんからね)
村長さんたちは、ハイトさんたちのパーティーに刃爪蜘蛛退治を依頼しています。一通り契約の話が済むと、ハイトさんはわたくしに仰いました。
「レティ君、今回なし崩し的になってしまうが君にもおさんぽ日和ギルドの一員としてパーティーに加わって刃爪蜘蛛退治の依頼に参加して欲しい」
突然の申し出に一瞬固まってしまいましたが、すぐに気を取り直します。
「わ、わかりました……宜しくお願いします」
「ハイト、彼女大丈夫なの?」
ウェルダさんはわたくしを一瞥してからハイトさんにそう言いました。
「正直一人でも人手は欲しい。昨夜の彼女の行動を見て、以前我がギルドの冒険者まとめ役から聞いていたレティ君評が正しいと判断したんだよ」
(冒険者まとめ役……マーシウさんですね。わたくしの事を? なんと仰っていたのででしょうか……)
「分かったわ。レティさん、私もあなたを一人の冒険者として認めます。この意味をよく理解しておいて――」
「は、はい!」
(冒険者として認めて下さるというのは、すなわち足手まといの守られる存在ではなく自分で切り抜けつつ仲間をサポートする、背中を預け合う存在である事を求められるということですよね……)
ハイトさんは微笑みながら手を差し出されたのでわたくしは握手に応じました。ウゥマさんも「ヨロシク」と手を差し出されたので握手で返しました。
「組むのは初めてだな、ヨロシクなレティお嬢!」
サンジュウローさんはわたくしの肩をポンと叩き「わははは」と笑います。正直痛かったのですが、わたくしは笑顔で応じました。こっそり肩を摩っているとサンジュウローさんがそれに気づきました。
「おっと、済まねえ……お嬢を怪我させたらアン子やシオリやチビが怖えぇからな」
(シオリさんは分かりますが、アン子というのはアンさんでしょうか? チビは……ファナさん?)
――こうしてわたくしは初めて他の方々とパーティーを組みましたけれど、刃爪蜘蛛との戦い……どうなるでしょうか?




