第三八話「刃爪蜘蛛」
「ハイトさん皆さんが……」
わたくしはウゥマさんが叫び声を聞いたと言って皆さんが外に出て行った事をハイトさんに知らせます。
「レティ君、何かの襲撃かもしれないから僕はみんなを追いますが君はここに居てください」
「いえ、わたくしもご一緒に――」
ハイトさんは一瞬何かを言おうとしてから「分かりました」とお返事されました。そして宿の方にくれぐれも戸締まりをして隠れているように伝えると、わたくしはハイトさんに付いて行きます。
宿を出た所でわたくしは灯かりの魔法を唱えます。ハイトさんも短杖をかざして魔法を唱えました。
『……生命探知』
(生命探知はたしか生命の気配を探知する魔法ですね……)
「人以外の気配が複数……レティ君、後方の上から来る!」
わたくしが振り返ると建物の屋根の上に刃爪蜘蛛がいました。
「?!」
わたくしは風の靴を発動させ距離を置こうとしますが、間髪容れず刃爪蜘蛛が目の前に飛び降りて来ます。
『……麻痺』
ハイトさんの麻痺の魔法で目の前の刃爪蜘蛛が突然硬直して動けなくなりました。
「レティ君今のうちにとどめを!」
「とどめ!?」
わたくしはそう言われて一瞬迷いました、動けないものを殺すのかと……しかし今日襲われた時の事が頭をよぎります。
(あの恐ろしい刃爪蜘蛛がこんな村の中に居てはいけません……)
わたくしは短剣を鞘から抜き刃爪蜘蛛の頭に向かって突き刺しました。必死で何回か突き刺すと刃爪蜘蛛は動かなくなります。
「済まないねレティ君、大丈夫かい?」
「は、はい!」
――その時すぐ近くの家から大きな物音が聞こえました。その家は入り口の扉が壊れていて中から喧噪や悲鳴や物が壊れる音がしました。ハイトさんと一緒に中を確認しようとした時、中から刃爪蜘蛛が飛び出してきました。
「きゃあ!」
わたくしは思わず悲鳴を上げてしまいましたが、よく見るとそれは刃爪蜘蛛の腹部を槍で貫いたウゥマさんでした。
「キヲツケロ、クモだ、ナカのヒト、ケガ、シテイる」
ウゥマさんが刃爪蜘蛛にトドメを刺していると他の刃爪蜘蛛たちが現れウゥマさんに襲い掛かります。
「うぉりゃ!」
その蜘蛛達に家の屋根の上からサンジュウローさんが飛び降りて斬りかかります。しかし、一匹を倒しても更に二匹がサンジュウローさんに襲いかかろうとしました。その背中を守るようにウェルダさんが大盾を構えて刃爪蜘蛛を盾で押し返します。
「すまねえなウェの字!」
「誰がウェの字よ! ちょっとは考えて突撃して!」
ウェルダさんはそう言うと盾を押し付けながら刃爪蜘蛛の頭を戦棍で叩き潰しました。そして周囲を警戒しつつ盾を構えています。
わたくしはハイトさんと家の中に入ります。中では住人の方でしょうか、子供が怯えて抱き合っていました。そして男性が血を流して倒れていて、女性が助け起こしていました。ハイトさんが駆け寄って事情を聴きます。わたくしにその間外を警戒するように言われたので入り口に立って見張りました。
ハイトさんが聞いた女性のお話では、物音がしたのでご主人が扉を開けたら刃爪蜘蛛が襲い掛かって来て、殺されそうになった所にウゥマさんが助けに来た、ということでした。ハイトさんがご主人に命の泉の魔法を唱えると、傷口が徐々に塞がり表情も落ち着きます。
わたくしたちがそうしている間に、村の人たちが騒ぎを聞きつけて家から出てきました。
「外に出ては駄目よ!」
ウェルダさんが叫んだその時、外に出た男性は家の屋根の上から飛びかかって来た刃爪蜘蛛に襲われました。
『……鬼火』
ウゥマさんの詠唱で光球……光の精霊が現れ、刃爪蜘蛛に向かって飛んでいき命中して閃光を放ち炸裂しました。刃爪蜘蛛は悲鳴のような音を発しながら後方へ弾かれました。
「まかせろ!」
そう言うとサンジュウローさんが鬼火で弾かれた刃爪蜘蛛を追撃します。ウゥマさんも槍を構えてその他の刃爪蜘蛛を牽制しています。わたくしとウェルダさんが刃爪蜘蛛に襲われていた方の所に駆け寄り、傷の具合を確かめます。
「腕を斬られているけど大丈夫そうだわ……」と言うとウェルダさんは治療の魔法を男性に唱えて治療しました。ざっくりと斬られた腕から傷跡が消えました。
「レティさん、あなた回復魔法は?」
「生活魔法の手当てで軽い傷の治療程度なら……」
「――でしたらもしこの先怪我をした人が居たら頼みます。私はサンジュウローとウゥマと共に刃爪蜘蛛と戦わなくてはならないから治療まで手が回らないかもしれないので」
「は、はい!」
「刃爪蜘蛛がどこにどれだけいるか把握できていないから、何とか対応して頂戴……出来るわね?」
「はい!」
(マーシウさん達とのパーティーなら皆さんもわたくしに指示してくださる余裕がありましたが……出会ったばかりですのでどう連携すればいいか……自分の判断で行動しなければなりませんよね)
わたくしは取り敢えず怪我をされた方を近くの家の方が匿ってくださるというのでお任せします。辺りを見渡すと、ウェルダさん達は複数の刃爪蜘蛛と戦っていますが数が多いです。
(加勢しないと、何をすれば……)
そう考えた矢先、また近くの民家で物が壊れる音と悲鳴が聞こえます。皆さんは他の刃爪蜘蛛との戦いで手一杯です。
(わたくし一人でも行かねば!)
悲鳴の聞こえた民家へ向かいました。壊れた扉から中を覗くと刃爪蜘蛛が中で暴れていて、住人の方たちが刃爪蜘蛛を近寄らせまいと抵抗していたので、わたくしは思わず家の中へ闖入してしまいました。
「!?」
わたくしは灯かりの魔法のかかった指輪を家の奥に向けます。すると家の中では子供二人がモップやほうきを持って刃爪蜘蛛を追い払おうとしていました。不意に刃爪蜘蛛に灯かりを向けると、嫌がるように後ずさりました。
(――これは?!)
わたくしは更に灯かりを刃爪蜘蛛に向けます。すると家の中の物をひっくり返しながら暴れて外に出て、入り口の所で前脚を上げて威嚇しています。
(刃爪蜘蛛は強い光が苦手なのでしょうか?)
わたくしは灯かりで刃爪蜘蛛を牽制していましたが徐々に消えていきます。
(魔法の効果が!?)
再度唱えればいいのですが、目の前には刃爪蜘蛛がいます。わたくしは短剣を構えながら手探りで周りにある物を投げつけます。それを見て子供たちも刃爪蜘蛛に向かって物を投げてくれました。しかし、蜘蛛は嫌がる素振りを見せて家の外までは追い出したものの、ダメージは無いようです。
もう手近なものは投げてしまいました。子供たちは「お姉ちゃんどうしよう」「お姉ちゃん怖い」と怯えています。
(わたくしが守らなくては……でも)
刃爪蜘蛛は家の外から中にいるわたくし達に襲い掛かろうとこちらを威嚇しています。ふと、油の匂いが漂っているのに気が付きました。刃爪蜘蛛の足元には壊れたランプが転がっています。そして刃爪蜘蛛の身体にはランプのオイルらしき液体が滴っていました。
(これは……!)
『……発火!』
刃爪蜘蛛に付着したランプの油に生活魔法の発火で火をつけました。刃爪蜘蛛は藻掻き苦しんで地面を転がります。しかし短剣では接近しないと当たらないので燃えていると熱くてトドメがさせません。家を出て周囲を見渡すと、農機具のフォークを見つけます。
わたくしは藻掻いている刃爪蜘蛛目掛けてフォークを二回、三回突き刺します。やがて動かなくなり脚を畳んでひっくり返り絶命しました。
「はあ……はあ……やりました」
わたくしは家の中の子供たちの無事を確認しに中を覗くと二人が駆け寄ってきてわたくしにしがみつきました。
「え、ええ?」
子供たちは震えていました。わたくしは以前シオリさんがわたくしにして下さったのを思い出し、見様見真似で抱きしめて頭をなでます。すると子供たちは幾分か震えが止まりました。
(どうやら今晩はたまたまご両親が留守だった様ですね、怖かったでしょう……)
わたくしはランプの油がまだあるか聞き、保管してあるという油壷を拝借しました。
(わたくしに出来ること――)




