第三七話「隣村にて」
――わたくしはサンジュウローさんたちとご一緒して村へ向かいました。道すがらお話しましたが、皆さんはイェンキャストの冒険者ギルド組合からの依頼で、この森に近頃発生した刃爪蜘蛛の調査をしていたとのことです。
「んじゃあ、お嬢も別の依頼の途中で刃爪蜘蛛に襲われたって訳か、まあホント運が良かったな」
「いや、悪いでしょう。隣村に手紙を届けるだけの依頼で刃爪蜘蛛に襲われるなんて」
「そりゃそうか、わははは!」
わたくしはサンジュウローさんとハイトさんは喜劇役者のようなやり取りをしておられたのをあっけに取られて聞いていました。
――そして、村に着いた頃にはすっかり日も落ちていましたが、早速村長さんに依頼で預かったお手紙の束をお渡ししました。村長さんも流石に何の連絡もないのでおかしく思い、イェンキャストに人を遣わそうとしていた所、村周辺で刃爪蜘蛛の目撃情報や家畜の被害が出始めたので、どうしようかと村で相談していた所だったそうです。
わたくしは村長さんの計らいで村唯一の小さな宿に泊めていただけることになりました。サンジュウローさん達も今晩は同じ宿に宿泊して、引き続き刃爪蜘蛛の調査に当たるとこのとです。
わたくしはサンジュウローさん達パーティーの方々とお食事をしました。サンジュウローさんとウゥマさんは見た目通り沢山召し上がられましたが、ウェルダさんも食事作法はとても綺麗ですが負けず劣らずの量を召し上がっていました。
(やはりパーティーで前衛を担当される方々は沢山お食事を召し上がるのですね……)
食後のお茶を頂いている時にわたくしは、ついつい皆さんのお使いになっている武器等が置かれているのに目が行きます。わたくしは刃爪蜘蛛に囲まれた時にウゥマさんが投げて助けて下さった時からウゥマさんの槍が気になっていました。
「あの、ウゥマさんのお使いになっている槍は手作りですか?」
ウゥマさんの槍は、通常の帝国で使われている槍ではなく柄の部分は節のある自然木を加工した様ですし、穂先は槍のものというよりなにかを削りだした様に見えます。
「コレ、ワタシ、ツクッタ」
ウゥマさんは誇らしげに槍を手に持ちます。
「拝見してもいいですか?」
わたくしがそう訊ねても首をかしげておられました。するとハイトさんが帝国共通語ではない言葉でウゥマさんに何かを話しかけています。
(そういえば何処かで聞き覚えのある言葉だと思いましたが、転送刑で飛ばされて辺境を旅している時に集落の住人の方々が話していた言葉はウゥマさんの言葉に似ていますね)
「ワカッタ、ヨイゾ」
ウゥマさんは槍を手渡してくれました。
「ありがとうございます」
わたくしは受け取って槍を拝見します。
「この穂先は……元々は何かの骨でしょうか? 細工も入っていてよく見ると凝った造りですね。この色、この手触り……まさか竜舎利ですか?!」
再びハイトさんが通訳して下さっているようです。するとウゥマさんはわたくしの方を見てニコリと微笑まれました。
「凄いね、正解だよ。元々その竜舎利は彼女の故郷に古代から伝わっていた竜舎利の短刀らしいけど、彼女はそれを槍に加工したみたいだよ」
「レティ、オマエ、ヨクワカッタ、スゴイな」
槍をウゥマさんにお返しすると嬉しそうな表情で槍の穂を見つめておられました。
「へぇ、やっぱりお嬢の鑑定はすげぇなぁ……そうだ、俺の剣も見てくれよ!」
サンジュウローさんはご自分の両手剣をわたくしに手渡されます。
「あの、これは帝国で普及しているごく普通の両手剣ですね……」
「なんだ、やっぱりか……まあ一応聞いただけなんだがよう……」
サンジュウローさんは少し寂しそうな表情をされました。
「で、でも使われている鋼の質も良さそうですし、ちゃんとした物だと思いますよ?」
「まあ、今まで使ってきた剣の中で一番長持ちしてるヤツだからな!」
(良かった、フォローできたみたいです……)
「サンジュウローさんは東大陸の方なんですよね? アンさんと同じような"カタナ"は持って居られないのですか?」
カタナは東方大陸の一部で普及している片刃の曲刀、独自の精錬法で刀身には炎の様な紋様が現れ、一見細身の刀身ですが剛性と柔軟性を兼ね備え切れ味も良いという剣です。帝国では一部の蒐集家が美術品として所持しています。サンジュウローさんが東方大陸出身の戦士であれば持っていても不思議ではないはずですが……。
「ああ、持ってたんだけどな……こっちに渡ってきた時に食うに困ってな、売っちまったんだよ。でも金貨2枚だぜ? お陰でなんとかこっちでの基盤を整えられたからまあいいかなって。それに帝国の頑丈な両手剣の方が性にはあってるようだからな!」
サンジュウローさんはそう言うと笑っておられましたけれど……。
(わたくしが知る限りではカタナはこちらの相場では金貨五枚から、だと思うのですが……でもお伝えしてよろしいのか迷います――迷ったときはとりあえず言わない方がいいですよね?)
そうしていると、ウェルダさんの荷物と一緒に置かれている戦棍に目が行きました。
(この戦棍は……ウェルダさんのですよね? 一般的に普及しているものでは無さそうですが……)
「勝手に触らないで!」
ウェルダさんの鋭い声でわたくしの肩を掴みました。どうやら無意識に戦棍の方へ近付いてしまっていたようです。
「す、すみません……珍しいものを見掛けるとつい……」
(いけません、アイテム絡みになるとつい悪い癖が……)
「レティお嬢はあんたの武器にも興味があるんだろ、ちょっと見せてやったらどうだい?」
サンジュウローさんが間に入ってくれました。ウェルダさんはわたくしの肩から手を放してくれました。
「……どうぞ、でも雑に扱うようならすぐに止めてもらうわよ?」
「ありがとうございます、失礼します……」
わたくしはウェルダさんにお礼を言うと戦棍を拝見します。
「これは……かなり年代物。というかミリス銀製ですよね? でもミリス銀は軽いので打撃武器にはあまり向かないはずですが……古代文字が彫られています。砕く……想う……ええっと"砕けと念じよ"――でしょうか?」
「何ですか彼女は……古代文字も読めるのですか?」
「古代魔法帝国の遺物とかも鑑定しているからね彼女は」
驚いているウェルダさんにハイトさんがわたくしの鑑定に対しての註釈をしてくれています。
「これは、確か古代魔法帝国時代に作られた魔法武器で"粉砕の戦棍"ですね、実物を拝見するのは初めてです。確か、任意で見えない力の魔法を発生させて威力を増加出来るんですよね?」
「え、ええ……その通りよ」
「ありがとうございました、また一つ珍しいものを拝見させて頂きました!」
(粉砕の戦棍、ああ素晴らしいですね古代魔法帝国の遺物は……)
わたくしはウェルダさんに粉砕の戦棍をお返しします。
「しかし、流石ですね。ウゥマの物もウェルダ君の物もかなり珍品だと思うのですが?」
「以前は色々な物の資料を蔵書していたのですが、今は……全て失くしてしまいましたので記憶と経験で鑑定をしています」
(失くしたというか、よく考えたらわたくしの蒐集物というのはお父様に買って頂いたものですよね……今度は自分の力で色んなものを蒐集せねばなりませんね)
――皆さんとのお話しはとても興味深くていつまでもお話していたかったですが、夜も更けてきましたので休むことになりました。村の小さな宿屋ですので相部屋で狭い部屋に置かれた多段ベッドに寝ることにまりますが、野営すると思えば寝床があるだけでも快適です。
わたくしは疲れていましたが、皆さんのお話しで少々興奮してしまったのか寝付けずにいました。しかし肉体の疲労には勝てずいつの間にか眠っていたようです。どれくらい時間が経ったでしょうか、不意に身体を揺すられて目が醒めました。
「……ハイトさん?」
「レティ君、起きてくれ。ウゥマが妙な気配を感じているらしい……」
わたくしは身体を起こして辺りを見回しますが室内は変わった様子はありませんがウゥマさんの姿がありませんでした。ハイトさんは装備をつけています。ウェルダさんも外の様子に気を配りながら鎧を装着していました。
「君も念のため装備をつけておいて欲しい。僕は宿の御主人たちを起こしてくるから、準備が出来たらウェルダ君と一緒にウゥマに様子を聞いて欲しい」
そう告げるとハイトさんは寝室を出ていかれました。わたくしもウェルダさんと寝室を出て廊下を通り食堂兼玄関へ向かいました。そこではウゥマさんとサンジュウローさんが屈んで窓を少し開けながら外の様子を見ていました。
「皆さん……」
わたくしが声を掛けるとウゥマさんは人差し指を唇に当て「静かに」というジェスチャーをされました。
「イマ、カゼのセイレイ、コエ、キイテる」
ウゥマさんは耳に掌をかざして聞き耳を立てています。手首の腕輪が淡い光を放っています。
(風の精霊……精霊魔術でしょうか?)
「ハイトさんは宿の方を起こしていま――」
わたくしがそう伝えようとした時、突然ウゥマさんは槍を持って立ち上がります。
「サケビゴエだ、ハイトにツタエろ!」
そう言うと扉を開けて飛び出していきました。サンジュウローさんとウェルダさんもウゥマさんに続きます。
(これは……なにが起きているのでしょう!?)




