第三六話「ギルドメンバー」
――わたくしが五匹の刃爪蜘蛛に囲まれていると、背後から「ぶうん」と風を切る音が聞こえました。次の瞬間わたくしを囲んでいた刃爪蜘蛛の一匹の頭に槍の様な物が突き刺さります。
「ひゃい?!」
驚いて思わず変な声を上げてしまいました。槍の様な物が刺さった個体は動かなくなり、他の刃爪蜘蛛たちが混乱した様子を見せます。
「おらおら蜘蛛ども、そこまでだ!」
叫び声とともに大柄な男性がわたくしの前に躍り出ました。
(え……この方もしかして?!)
身の丈に近い程の両手剣を構え、大きく深い呼吸をした次の瞬間――
「せぃやぁっ!」
戦士は掛け声と共に刃爪蜘蛛に向かって大きく踏み込んで上から下へ剣を振り下ろしました。刃爪蜘蛛は振り下ろされる剣を鎌の様な前脚で受けようとしましたが、前脚ごと斬り落とされ、頭部を剣が真っ二つにしました。
「サンジュウローさん?!」
この男性は――大柄で筋骨隆々、藍色の長い髪を後ろで束ねていて、硬質の革鎧に金属板を張り合わせた胸当てを着け、両手剣を担いでいるこの方は、わたくしと同じおさんぽ日和のギルドメンバーで東方大陸出身の戦士のサンジュウローさんです。
「おや、レティのお嬢じゃねえか? なんでこんな所に一人でいるんだよ?!」
サンジュウローさんが振り返ってわたくしに声を掛けました。そして別の刃爪蜘蛛がサンジュウローさんに襲いかかろうとします。するとわたくしの背後からまたもう一人飛び出してくる人がいました。それはサンジュウローさん並みに大柄な方でした。先程刃爪蜘蛛を貫いた槍を引き抜いてサンジュウローさんに襲いかかる刃爪蜘蛛の前脚を槍で受け止めてます。
「悪りぃなウゥマ!」
サンジュウローさんはウゥマと呼んだ方の脇から刃爪蜘蛛の頭部へ両手剣を突き刺しました。そして両手剣を引き抜かれた刃爪蜘蛛は力無く倒れて絶命します。そして、他の蜘蛛たちは逃げるように森の奥へ消えて行きました。
ウゥマさんと言う方は、刃爪蜘蛛の身体を再び何度か槍で突いて生死を確かめていました。この方、サンジュウローさんに負けないくらいの体格で褐色の肌に所々入れ墨を施されています。髪は暗い赤銅色、複雑に編んで纏めるという独特な髪型です。服装も硬質の革鎧の下に着ている服は帝国では見かけない柄で織られた独特なものでした。何より驚いたのはその胸に女性特有の丸みがあったことです。
(女性なのですね……わたくしの背丈がこの方の胸辺りまでしかありません。こんなに背の高い女性は初めてお目にかかりました)
「貴方達、迂闊に突っ込まないでとあれほど言っているのに……まったく」
「まあ、人が襲われていたので緊急ということで……」
さらにお二人、男性と女性がわたくしの後方から現れました。男性の方は同じくおさんぽ日和のギルドメンバーでハイトさんという方です。髪は銀色でフード付きの外套を被って、ローブのような分厚い長めの上衣と裾を絞った緩めの下履きと大きな荷物を背負っています。
ハイトさんの体格は男性にしては華奢で、背もわたくしより頭半分高い程度です。まだお若いですが、生物学・怪物学に精通しておられて様々な生き物や怪物はもちろん、各地を転々として居られるので様々な地域の言葉も話せます。あまりイェンキャストには居られませんのでお会いするのはこれが二度目になりますけれど。
「おや? レティ君ではないですか、まさか刃爪蜘蛛に襲われていたのが君とは驚きですね」
「ハイトさんお久し振りです、こんな所でお会いするなんて……」
もう一人の女性はわたくしの知らない方です。金属と革の合成鎧を着て大きな盾を持っています。編まれた金色の長い髪と碧い瞳が印象的な、凛々しい感じの美しい女性です。
(マーシウさんの様な装備……戦士の方でしょうか?)
「貴女、怪我をしているみたいね。傷を見せて?」
「は、はい――」
わたくしは言われるままに女性の元に行き傷をお見せします。女性はわたくしの身体を観察すると右手をわたくしの肩の傷にかざします。
『……治療』
かざした右手の指輪が淡く光ります。そして手から暖かいものを感じ、傷が塞がっていくのが分かりました。これは傷を治療する応急手当の治癒魔法"治療"です。
(この方、治癒魔法が使えるのですね?)
「彼女は神官戦士のウェルダ。ギルドには所属していないのだけどマスターの知人で、最近我々のパーティーに入ってくれているんだ」
ハイトさんはそうわたくしに紹介してくれました。
「あ、ありがとうございます……わたくしはレティ・ロズヘッジと申します。サンジュウローさん、ハイトさんと同じおさんぽ日和のメンバーで鑑定士をやっています」
「"鑑定令嬢"レティ・ロズヘッジ……お噂はかねがね聞いているわ。ウェルダ・ウェウェルよ、宜しく」
(鑑定令嬢ですか、どうやらわたくし冒険者の方々の間でそういう二つ名呼ばれてるみたいです。もう令嬢ではないのですけど……)
ウェルダさんと挨拶が済み、わたくしはウゥマさんを見ました。
「えっと、そちらは……」
わたくしと目が合い、ウゥマさんはこちらに近づいて来られました。
「ワレ、ウゥマ、オマエ、レティか、ブジか?」
「え、ええ……あ、ありがとうございます」
「彼女は帝国ではなくて辺境出身なので公用語は苦手なのでご容赦を。辺境で知り合った"精霊術戦士のウゥマ。レティ君は会った事無いと思うけど、彼女もおさんぽ日和のメンバーだよ」
「そ、そうだったのですね……レティ・ロズヘッジです、よろしくお願いします」
「レティ、ナカマ、ヨロシク、タノむ」
そしてわたくしは改めてサンジュウローさんにお礼を言います。
「サンジュウローさん、ありがとうございました。正直申し上げてかなり危ない状況でしたので……」
「んまあ、無事で良かったなお嬢! とりあえずもう日が暮れるから一緒に村まで行くかい?」
そう言うとサンジュウローさんは「わははは」と豪快に笑っていました。
(サンジュウローさん達と出会わなければ死んでいたかもしれません……助かりました)




