第三四話「そして一年が過ぎ……」
――わたくしはレティ・ロズヘッジと申します。かつて貴族令嬢だったわたくしは濡衣を着せられて、無作為転送刑に処せられ、辺境の地下迷宮奥深くに飛ばされました。
そこで偶然出会った冒険者ギルドおさんぽ日和のパーティーの方々に助けられ、共に冒険しながらやっとの思いで国に帰ってきたと思いきや、濡衣を着せた張本人の侯爵に命を狙われ……。
本当に色々ありましたがその侯爵も処罰され、わたくしの汚名も晴れたのを機に名を変え貴族を辞めて冒険者として新しい人生を歩み始めました。
そして、冒険者ギルドおさんぽ日和の一員としてギルド本部の酒場での雑用やギルドメンバーの皆さんが持ち帰ったアイテムの鑑定など、わたくしの知識が必要な時は冒険にも同行して地下迷宮に挑んだり、冒険者兼鑑定士として過ごしておりました。
――そして一年が過ぎました。
わたくしに新しい姓であるロズヘッジを下さった港町キシェンの魔法具店の御主人ガヒネアさんは、体調を崩されたのを切っ掛けにわたくしが提案して、ここイェンキャストへ移住してこられました。
キシェンまでは船でも馬車でも一〇日以上かかってしまいます。ガヒネアさんが心配で、いっそわたくしがキシェンに移住しようかとガヒネアさんに言ったところ怒られてしまいまして……。
「だったらアタシがそっちに住む」と仰ってこちらに越して来られました。
こうして、わたくしはギルドのお仕事とガヒネアさんのお店"薔薇の垣根"をお手伝いするという日々を送っています。
――今日はギルドの冒険者の方々も出払っていて酒場も開店休業みたいなものなので薔薇の垣根のお手伝いをしています。
「ガヒネアさん、竜牙兵用の竜舎利の棚卸し終わりました。二割ほど細かなヒビがあり、ひょっとしたら使えないかもしれません……どうしましょう、破棄しますか?」
「二割もかい? 全く、歳は取りたくないもんだね……買い取りの時に見逃してるよ。これからはレティに査定を頼もうかねえ、アンタ目が良いからね」
ガヒネアさんはため息をついてから眼鏡をかけて直し、わたくしがチェックした竜舎利を見つめてそう言いました。
「目が良い……ですか? 遊撃兵のアンさんは凄く遠くまで見えてますし、精霊術師のディロンさんは周囲の観察眼が鋭いと思いますけどわたくしはそういうのは……」
「アンタのは鑑定眼という意味だよ。品物の些細な違和感に気付く勘みたいなもんさ。持って生まれたモノが良いんだね。でもこれは磨けばさらに光るからね、どんどん良いものや色々なものを見ていきなよ?」
(鑑定眼ですか、なるほど……意識したことは無かったですが、やはり鑑定士ごとの差異というのはそういう所だったのですね)
「二割の不良品は特売品にするよ。でっかく但し書きで"品質が悪いため保証しかねますのでご理解の上購入を、苦情は受付ません"――とね。ちょっとでも取り返さないと駄目だけど、無責任な事はできないから分かった上で買って貰うってことさ」
「――なるほど分かりました、ではそう書いて貼っておきますね」
わたくしが木札にそう書いていると、ガヒネアさんはため息をつきました。
「ふう……もう区切りかね」
「区切り……どういう事でしょう?」
ガヒネアさんはご自分の肩をトントンと拳で叩きながら仰います。
「アタシ一人でこの商売を続けるのは厳しいってことさ」
「あの、それならわたくしがこれからもっとこの店のお手伝いを増やし――」
わたくしがそう言いかけた所、ガヒネアさんは掌を前に出して制します。
「レティ、アンタはまだまだ若い。さっきも言っただろう、どんどん良いものや色んなものを見ろとね。こんなカビ臭い店の中だけじゃ鑑定眼は磨けやしないよ」
「で、でも……ガヒネアさんはお身体があまり……」
「そりゃ人間歳をとりゃ誰だってガタが来るもんさ、それにアンタがこうしてしょっちゅう来てくれるからね、キシェンで一人だった時よりは全然マシさ」
ガヒネアさんは椅子に腰かけて宙を見上げます。
「貴族の娘だったアンタが、すったもんだで冒険者として生きて行くって決めたんだろ? 人生どうやったって、何を選んだって後悔するんだ。だったら今自分が一番やりたい事をしなよ。折角自由になったんだろ? 自分で決めなきゃ誰が決めるんだい?」
(わたくしの一番やりたい事……決めるのは自分……)
「まあ店を畳むにしても、すぐにどうこうって話じゃないさ。レティも色々悩むといいさ。悩んで決めて、後悔したとしても時間が戻るわけじゃないしね。後悔を糧に前へ進んで生きていく、その繰り返しさ」
(ガヒネアさんも、そういう後悔を繰り返してこられたのでしょうか……)
その時店の扉が開き「カランカラン」という呼び鈴の音が鳴りました。扉を開けたのはギルドの事務兼マスター護衛の斥候兵、メイダさんでした。
「レティやっぱりここだったわね、ちょっとギルドまで戻って欲しいんだけど……」
「え、あ、はい……あの、ガヒネアさん?」
「行っといで、アンタはそっちが本業だろ?」
――わたくしはメイダさんとギルド本部に戻りました。
「レティ、急ぎの依頼が入ったんだけど、ほら今皆出払ってるでしょ? 内容的にはあなた一人でも出来ると思うから受けてくれないかなって」
そう言うとメイダさんは依頼書を見せてくれました。
「届け物……ですか? そんなに遠くないですね?」
届け物は隣り村の方への沢山の手紙でした。今まで届けていた方がご病気で伏せっておられて、引き継がれないままになっていたそうです。次に届けてくれる方が見つかるまでは冒険者ギルドに依頼しているそうですが、正直報酬が安いので受けてくれるところは少ないそうです。
「朝出発すれば夕方には着ける距離だから、向こうで泊まって帰ってくればいいわ。あなたが受けてくれなければ他所のギルドに回す事になるけど……なかなか受け手が無くてね」
(メイダさんはマスターの護衛とギルドの受付や事務もしているのでそうそう動けません。それにお手紙を待っている方が沢山いるのですね……)
「はい、わたくしやります!」
――という事でわたくしは初めて一人で依頼を遂行するとこになりました。と言っても、隣り村へのおつかいなのですけれど……。




