第三三話「冒険者レティ・ロズヘッジ」
――侯爵との決着の後、わたくしはおさんぽ日和の人たちに連れられてイェンキャストにあるギルド本部の酒場"小さな友の家"に案内されました。そしてわたくしの歓迎会という名の盛大な食事会(飲み会?)が催されました。
どうもわたくしはまたやってしまったらしく、記憶があまりありません……。飲み物にお酒が少し混じっていたのでしょうか……また懲りずにひとしきり自分語りをしてしまったようで、お酒が回り気持ち悪くなったわたくしをシオリさんが介抱してくださったのですが、その後のシオリさんの悲鳴と「浄化!浄化!」という叫び声はなんとなく覚えていますので、またわたくしはシオリさんのお召し物に粗相をしてしまったのでしょう。
数日後、わたくしはドヴァンさんと護衛のマーシウさんメイダさんと共に帝都に向けて出立しました。プリューベネト侯爵の罪状についての証人として貴族院査問会に出頭せよとの命に応じての事です。わたくしにとっては二度目の査問会なのですが今回は罪人としてではないので気持ちが幾分か軽いです。それでも、以前のことがありますので恐怖感は拭えませんが。
馬車を乗り継ぎ、寄り道もあったので三〇日以上かかってわたくし達は帝都に着きました。追放され帝都を離れてから半年ほど経ったみたいですが、もう数年は離れていたように感じます。ドヴァンさん(帝都ではドルヴイユ殿下、もしくはギシュプロイ前大公殿下とお呼びしなければなりません)には「自分の屋敷に帰りますか?」と聞かれました。あまり気は進みませんでしたが、蔵書や蒐集品が気になったので顔を出してみました。
屋敷は流石に半年程度では外観は変化ありませんでしたが、お父様はかなりお痩せになっていました。わたくしに嫌疑が掛けられ処刑されるにあたり、ラルケイギア子爵家が取り潰しになってもおかしくない状況でしたが、それぞれ上級貴族に嫁いだ姉上様たち(の嫁ぎ先)の尽力で"ネレスティが一人でやった事"として表面上のお咎めは無かったそうです。ですが、周りの態度や任されるお仕事が目に見えて変化したとの事でした。
結果的に「元々厄介者だった娘が問題を起こしたので生贄に差し出す事で家を潰さずに済んだはずが、問題自体が冤罪で実は無罪だった娘が帰ってきた」という状況に、お父様はわたくしとは目を合わせてはくれません。恐らく、どう接すればいいか分からないのでしょう。
(わたくしも、どう接すればいいのか分かりません……)
お母様はわたくしの追放刑が決まった時に心労と過労からご病気になり、ご実家の方で療養中とのことでお会いできませんでした。弟はわたくしの事を本当に心配してくれていたようで、会った瞬間に泣かれてしまいました。もう一三歳だというのに……わたくしも釣られて泣いてしまいましたけれど。
わたくしに仕えてくれていたメイドは暇を出された様で会えませんでしたが、他のメイドにわたくしの部屋だった所に通して貰いました。そこはすっかりと片付いていて、蔵書も蒐集品も数少ない服も家具すらありませんでした。まるで最初からわたくしなど居なかったかのように……。
もし、弟が泣いてくれなければ自分でも本当にこの家で生まれ育ったのか自信が持てなくなるところでした。弟には「また来ますと言いたい所ですが、この家にわたくしの居る場所はもうありませんから恐らくもう来ることは無いでしょう」と伝えました。弟は泣いていましたが、流石にわたくしが居ない間の家の様子を見ていて感じるものがあったのでしょう。「家には来なくてもまたいつかお会いしたいです」と言ってくれました。それに対してはわたくしも喜んで応じると伝えました。
――さて、プリューベネト侯爵の査問会ですが、到着した翌日に行われました。基本的にはドルヴイユ殿下がお話ししてくださいましたのでとても助かりました。査問員の方々は以前わたくしへ無作為転送刑の判決を下した方たちなので、わたくしはそのお顔を見ただけで身体の中が鷲掴みにされるような恐怖が蘇っていました。しかし、ずっとドルヴイユ殿下が優しく声をかけてくださっていたので、時折事実確認として陳述する時にもなんとか答える事ができました。
離れた席にプリューベネト侯爵が座っておられました。憔悴しきった様子で顔色は土気色、頬もかなりこけて目の下にはくまがありました。何かをブツブツと喋っていましたがここからでは聞き取れません。わたくしの姿に気付くと恐ろしい形相で睨んで立ち上がろうとした所を衛兵に取り押さえられていました。
そして、プリューベネト侯爵の罪状は――
「先ず、ギシュプロイ大公殿下からの下賜品を贋作と見抜いたラルケイギア子爵令嬢に対しギシュプロイ大公殿下の名誉を護るためと称して同令嬢の鑑定結果を間違いだと主張をし虚偽の不敬罪とした事」
「次に、ラルケイギア子爵令嬢の物品鑑定が既に一定の評価を得ていたので、鑑定結果が間違いであるという裏付けを捏造するために同令嬢が行った全ての鑑定結果が虚偽であるという証拠を捏造した事」
「次に、前の件はラルケイギア子爵令嬢の物品鑑定を受けた全ての貴族・臣民に対しての侮辱に当たる事」
「次に、それらの主張を通すために他の貴族や臣民に対し恐喝、恫喝、買収などを行っていた事――以上が帝国貴族院侮辱罪に相当する」
「並びに、結果的に冤罪だったとはいえ、一度無作為転送刑に服し、放免となったラルケイギア子爵令嬢に対し、誘拐、拉致、監禁、殺害を指示し実行した事」
「次に、前の件で同令嬢を護ろうとした者までも誘拐、拉致、監禁、殺害を指示し実行した事――以上」
淡々と罪状を読み上げられ、プリューベネト侯爵はうな垂れて何かを呟くだけで反応がありません。
「――相違無いな? 無ければ沈黙を持って肯定とみなす。よってプリューベネト侯爵ビスカトラン・グリジェルトには皇帝陛下よりの温情として、プリューベネト侯爵家の帝国への功績を鑑み、本来は極刑である所、罪一等を減じて"服毒による自死"を許された。心して受けられよ」
貴族院長が判決を言い渡されました。プリューベネト侯爵はうな垂れたまま衛兵に連れていかれます。命を狙われた相手とはいえ、死の宣告を受けている場面を見るのは辛いです。しかし、ドルヴイユ殿下が「あれは己の因果に殉じただけだから気にするな」と言ってくださいました。
そして、わたくしの処遇ですがドルヴイユ殿下のおとりなしもあって、わたくしの罪状は消滅し名誉回復に努めると貴族院長は仰って下さいました。そして何か要望はあるか、と聞かれましたのでわたくしは答えます。
「ネレスティ・ラルケイギアはもうこの世にはいない、そういう事にしてください――」
――実はわたくし、帝都に来る途中に寄り道をして貰い港町キシェンに寄りました。お世話になった魔法具店主のガヒネアさんに是非お会いして無事である事をお伝えしたかったからです。
「アタシのせいでレティが危ない目に遭ったと聞かされて、毎日気が変になりそうだったよ……無事で本当に良かった」
ガヒネアさんはそう言うとそっと抱きしめてくださいました。そして、こう仰いました。
「もし自分の名前のせいで不都合があるなら、自分の家と決別したいのであれば、ウチへおいでレティ。アンタには教えたい事が山ほどあるからね……」
わたくしの"家"は何処なのか、わたくしを"必要としてくれる人たち"は誰なのか、わたくしにはもう悩むことはありません――
「貴族院長様並びに貴族院の皆さま、ネレスティ・ラルケイギアはあの日あの時、死にました。今日この日この時から、わたくしはレティ……レティ・ロズヘッジを名乗ります。わたくしはイェンキャストに拠点を置く冒険者ギルド、おさんぽ日和に所属しております。もし古物、魔法具、古代遺物などの鑑定のご依頼がございましたら是非お越し下さい」
――帝都での用が済み、わたくしはドヴァンさんたちと帝都からイェンキャストへ戻ってきました、ネレスティ・ラルケイギアではなく、レティ・ロズヘッジとして。そして、冒険者ギルドの皆さんと何気ない日常を送っていました。わたくしは普段はギルド本部兼酒場"小さな友の家のお手伝いや皆さんが持ち帰った物品の鑑定などをしていますが、古代遺跡絡みや宝探しなどの鑑定が必要な探索にはわたくしも同行します。
今日はいつもの六人パーティーでイェンキャスト北部の丘陵地帯にひっそりと佇む古代遺跡の探索です。
「おーいレティ、この丘を越えれば古代遺跡が見えるはずだからもうすぐだよ。とりあえず先行して安全を確認するから後から来てちょうだい」
「はーい、アンさんくれぐれもわたくしが行くまでは色々と触らないでくださいね?」
「アン姐って慎重なんだかせっかちなんだかわからないわよね」
「アンて結構短気だよな?」
「ファナがアン姐と美味しいもの食べに行っても並んでたら面倒くさがってすぐやめるもんね……」
皆さん口々にアンさんの事を言っています。ディロンさんはそれを聞いて一々頷いています。和気あいあいと会話しながら皆さんと一緒に歩いて行きます。
(どんな遺跡でしょうか……どんなものがあるのでしょうか……ドキドキします)
――こうして、わたくし魔道具鑑定士レティ・ロズヘッジの冒険者としての日々が始まります!
第一部「追放令嬢編」終




