第三一話「ギルドマスター」
――牢の扉を開けて入ってきたのは、今朝出会ったドヴァンさんのお連れのメイダさんでした。全身を覆う黒く密着度の高い服と軟質の革鎧を着ていて、髪の色は黒髪だったのが銀髪になっていて印象がかなり変わっていますが、メイダさんに間違いありません。
「メイダさんですよね?!」
「レティさん、助けに来たわ。事情は後、さあ出るわよ」
わたくしはメイダさんの後を追って牢を出ました。通路には見張りの兵士が倒れています。
「こ、これは……」
「大丈夫、気を失っているだけよ」
メイダさんは歩きながら、それが何でもないことの様に微笑みます。
(争ったような物音はしませんでしたので、恐らく鮮やかな手並みで兵士を気絶させたのですね……)
「しかし、メイダさんはどうやってここまで? 兵士たちも沢山いたはずでは……」
地下牢前の通路の突き当りにある階段を上がると、見張りの兵士が数名同じように倒れていました。
「ここまでどうやって来たかというと……あなたが連れていかれる時に後をつけたのよ、マスターの指示でね」
「マスター……ですか?」
地下牢から入り口大広間への通路を進んでいくと、怒声や剣戟の音などの喧噪が徐々に大きくなってきます。通路から大広間に出る手前でメイダさんはわたくしに止まるようにジェスチャーで指示します。そしてゆっくりこちらに来るように手招きされます。
そっと大広間を覗くと……そこでは揃いの装備を付けた侯爵の兵士と、冒険者風の人たちが戦っていました。その中には見知った顔ぶれもいます。
「……痺れる雲!」
(ファナさん?!)
「……眠りの吐息」
(ディロンさん?!)
「え……ええ! これは……一体?!」
わたくしは目の前の光景に驚いて言葉が出ません。
「私たち冒険者はね、普段は好き勝手……自由気ままだけど、仲間――特にギルドメンバーの危機にはこうやって一致団結するのよ」
「ギルドメンバー……ですか?」
メイダさんの言葉にわたくしは戸惑います。
「私は斥候兵のメイダ。冒険者ギルド″おさんぽ日和″に所属しているわ」
「え……おさんぽ日和!?」
わたくしはその名前に目を白黒させます。
「ギルドマスターの呼びかけで本部近辺に居たメンバーであなたを救出に来たのよ」
「メンバー? え、わたくしがですか?! そんな……まだギルドマスター様にお会いしていませんし仮のメンバーだと……」
わたくしは戸惑いながら、今理解できていることをメイダさんに問い返します。しかしその時兵士の一人がこちらに気が付きます。
「む、貴様……例の娘を逃がしたのか!」
兵士が剣で斬りかかってきたところをメイダさんは鮮やかに躱して後ろに回り込み、何かを背中に当てると兵士は痙攣して倒れました、どうやら気絶しているようです。メイダさんの手には長短非対称の二股に分かれた短刀くらいの長さの棒状の武器が握られていました。
「形状は東の大陸の武器? 魔法道具……たしか昏倒の短棒という物ですか?」
「ご名答、さすがの見識ね。ああそうそう、マスターとはもう会っているじゃない? その上でマスターはあなたをメンバーとして救出するように呼び掛けたのよ」
(マスター様とお会いしている? わたくしが?)
わたくしがメイダさんの言葉に混乱していると、プリューベネト侯爵が大広間の階段の上で右往左往しながら怒鳴り散らしているのが目に入りました。
「この下賤の者どもめ……兵士はもうおらぬのか!? ダンジェン……貴様高い金を払っておるのだ、早く奴らめをなんとかせんか!」
大広間にいる兵士たちは魔法や物理的に動きを封じられて無力化されていました。それを見て侯爵は隣にいるダンジェンという男を怒鳴っています。
「わ、私は治癒魔術師ですので……そ、そうです、周辺警備に出ている兵がもうすぐ異変に気が付いて駆けつけるでしょう!」
「ええい貴様、それまで私の盾になれ!」
「そ、そんな……」
そういうやりとりを見ていると、開いている正面玄関扉からマーシウさんと一緒にドヴァンさんが入ってきました。
「マーシウさん? ドヴァンさんが何故……」
「おさんぽ日和のギルドマスターよ、そして……」
メイダさんが仰いました、ドヴァンさんがギルドマスターだと。
「なんだ、貴様は……貴様がこの暴漢どもの首領か?! おのれ……この私を誰だか知っての狼藉であろうな?」
「知っているとも、プリューベネト侯爵。お主の数々の悪事ものう?」
「何を?! このじじいめ血迷うたか……誰に口をきいておる!」
侯爵は顔を真っ赤にしてドヴァンさんに対して怒鳴ります。すると屋敷の外から複数の足音や声が聞こえてきました。
「マスター、残りの手勢が戻ってきました」
マーシウさんが盾と剣を構えてドヴァンさんを護る姿勢をとると、玄関から二〇名ほどの兵士が入ってきました。
「よくぞ戻った! そやつらは曲者だ、斬った者に褒美をとらせ……」
「プリューベネト侯爵、ビスカトラン・グリジェルト。小狡い鼻タレ小僧め、儂の顔を見忘れたか?」
ドヴァンさんは兵士を前に全く臆することなく侯爵を見据えながら、落ち着いた声で仰いました。
「なんだと……このじじいめ調子にの……り……」
(怒りで紅潮していた侯爵の顔がみるみるうちに青ざめてゆきます……どうしたのでしょう?)
「いや、まさか……そんな……こんな所に……そんな……はずは……」
侯爵は動揺して言葉を詰まらせています。
「お主の父も祖父も、もっと頭の切れるなかなか争い甲斐のある悪人だったが……お主は度し難いのう。稀代の女狐と言われたお主の母、リュワルト侯爵夫人も情けないとあの世で泣いておろう」
侯爵は階段から駆け下りてドヴァンさんの前に跪きました。
「お、お久しゅうございます! ギシュプロイ前大公……ドルヴイユ・レグ・バスマイアス殿下!」
(い、今なんと仰いました?!)
ギシュプロイ前大公殿下ということは今の皇帝陛下の従兄――現ギシュプロイ大公殿下のお爺様、つまりは皇家一族いうことです。先々代、先代皇帝陛下に二代に渡って長く宰相として務められたというお方、ここ一〇年は公式の場にはお出にならず消息不明というお噂でしたが……。
 




