第三話「追放令嬢と冒険者と昇降装置」
部屋の中は五メートル四方くらいの広さの部屋があります。部屋の中央には小さな机くらいの大きさの台座があって上には両掌にのる程度の大きさの淡く光る丸い石が安置されています。
「お、あれは成聖石! 助かった……ここでファナが目覚めるまで休憩しようか」
マーシウ様を先頭にみんなで部屋に入ります。部屋の中は台座の他は家具も何もない四角い部屋です。入り口横の壁には先ほどと違う模様が描かれています。
成聖石とは――地下迷宮、特にここの様な古代魔法帝国時代の遺跡には、たまにあの台座みたいなのが置かれている場所があって、その周りには魔物などが寄り付かず、疲労などの回復も通常より早いそうです。何故置かれているのか理由は分からないみたいですが、冒険者の方々は休憩に使われているとのことです。
「こんな便利な場所があるのですね……」
「そうね、いつも見つかるわけじゃないけど、他の冒険者も立ち入る地下迷宮なら成聖石の場所の情報なんかも取引されてたりするわ」
(成聖石ですか……今後調べてみてもいいですね。まあ、ここから生きて帰れればですけど)
マーシウ様は入り口近くで一応警戒に当たっています。アン様はファナ様を床に降ろして寝かせた後に隣で仮眠を取られています。他の方々は各々腰を下ろして休憩されています。
わたくしも休憩していたのですが、この成聖石が気になって興味津々に部屋の中を見て回っていると、壁の一部に模様が浮き彫りで彫られている部分を見つけました。
(また壁に模様が……この模様はたしか矢印ですよね?)
古文書などに記されている記号に見受けられる、方向を表す矢印の「↑」と「↓」が壁に浮き彫りされています。
(これは……いけません、また勝手に触ると皆様にご迷惑を……でもちょっと触れるくらい……)
「レティさん、何か触れる時はひとこと言ってくださいね?」
「え!?」
シオリ様の言葉にわたくしは心を見透かされていると思い、驚いてシオリ様の方を振り向きます。
「あ……」
わたくしは驚いた拍子に壁の模様に触れていました。恐る恐る触れた指先を見ると「↑」の模様でした。すると「ぼうん」という音と共にその模様と周りの文字のような模様が淡い光を発した後、入り口の壁が再び「ずずずず」と閉じてしまいました。
眠っていたアン様は飛び起きて短剣を抜いて構えてから閉じていく入り口の壁を目にして「あっちゃー……」と言われました。他の皆様も口々に驚きと落胆の声を上げておられます。流石にファナ様も目が醒めたようで辺りを見回していました。
「くそ、罠か!?」
マーシウ様は入り口だった壁を叩きますがびくともしません。
「ご、ごめんなさい……わたくし……」
その時「ふおんふおんふおん」という音が鳴り、部屋が細かく振動を始めました。そして何やら身体が重くなる奇妙な感覚に襲われます。皆様を見ると、それはわたくしだけでは無いようで、皆様は警戒してしゃがんでおられたのでわたくしもぺたんとしゃがみます。
しばらくすると身体の重くなる感覚は無くなり、部屋の揺れも「ふおんふおんふおん」という音も止みました。
(と、止まりました?)
すると「ずずずず」という音と共に入り口だった壁が再び開きました。マーシウ様が警戒しながら外の様子を窺いに行かれます。
「ああ!? ここは……なんだよ、ははは……おーいみんな来てみろよ!」
マーシウ様は安心した様子で手招きされています。わたくしも皆様と一緒に部屋を出ました。部屋を出て辺りを見ると、そこは朽ち果てた遺跡のような廃墟でした。さっきまで居た部屋はその廃墟の壁にありました。廃墟は荒野の巨大な裂け目の谷の上に建っているのです。
まだ空には星が見えるので夜なのかと思いましたけど、高い所にあるからでしょうか空と大地の境目が明るくはっきりと線を引いたかのように見え、もうすぐ夜明けのようです。
「マーシウ、ここって……」
シオリ様は戸惑った表情で辺りを見回しています。
「そうさ、俺たちが入った地下迷宮の入り口だよ」
「どうなってるんだよ、なんか幻術でも喰らったみたいだ……夢じゃないよね?」
アン様はご自分の頬をつねって痛がっています。
「あの部屋、あれは……古代遺物の"昇降装置"というものではないでしょうか……本で読んだことがあります」
「「昇降装置??」」
わたくしの言葉に皆様は声が重なって驚かれ、わたくしの方を見つめます。
「せ、専門外なので詳しくは知りませんが、昇降装置というのは建物などを上下に移動できる仕掛けです。以前古代遺物の資料で読んだことがありました……転移装置がある場所の近くに昇降装置があるというのは、古代にそういう施設として使われていたならあり得るのでは……と」
皆様、顔を見合わせて大きなため息をついてその場に座りました。
「まあ昇降装置とかそういう細かい事は後にして、とりあえず地下迷宮から出られて助かった……レティさんも助かって良かったな」
「マーシウ様……皆様、その……ありがとうございます。こんな何も出来ない、いえご迷惑ばかりお掛けしたわたくしを助けてくださいまして、感謝いたします……」
わたくしは皆様に感謝と敬意を示すために両膝をついて両掌を胸の前で組み合わせる、帝国貴族の最敬礼をしました。それを見てマーシウ様は慌てて立ち上がり、私の前に片膝をついて頭を垂れるという返礼をされました。
(この方、礼儀作法をご存じなのですね?)
「レティさ……いえ、貴女の助力もあっての事、お気になさらず」
そういうとマーシウ様はにこりと笑顔でウインクされました。わたくしはそれが可笑しくて少し笑ってしまいました。マーシウ様はわたくしの手を取って立ち上がらせて下さいました。
「俺た……我々はこの後最も近い集落を経由して辺境との境界の街"ファッゾ=ファグ"へ戻りますが、貴女はどうなさいますか?」
("どうなさいますか"ですか……そうですね、わたくしは冒険者として地下迷宮を脱出する為、一時的に仲間にしていただいただけでした……)
「わたくしは故あって追放刑に処されたされた身ですから、身寄りの無いただの娘ですね……ここから先どう生きて行けばいいのか、わたくしにも……」
(ああ、駄目ですわね……急に心細くなってきました。やっと現実を理解してしまったようです……)
わたくしは突然涙が溢れ出てきて、皆様の前でしたが恥ずかし気もなく泣いてしまいました。不安と心細さで泣くというのはいつ以来でしょうか。泣いていると、わたくしの手に触れる感触がありました。シオリさんがわたくしの右手を両掌で優しく握られました。
「あの、レティさん。詳しい事情は分かりませんけど、もし嫌でなければ私たちと一緒に来ませんか? あなたは色々な知識をお持ちのようなので……」
(え、それは……えっと……)
「あは、いいじゃん! 今回はあそこでレティに出会えたお陰で生きて帰れたみたいなもんだしね、あたしも歓迎だよ!」
アン様はそう言うとわたくしの手に添えているシオリさんの両掌の上から右手を添えられました。
「ファナもさんせーい。ていうか他所にいっちゃ駄目だかんね!」
ファナ様もアン様の手に手を添えられました。
「皆様……いいのでしょうか?」
「正式に加入するにはギルドマスターの許可が要るけど、俺たち全員の推薦なら快く受け入れてくれるとおもうよ」
マーシウ様はそういうと満面の笑みで「うんうん」と頷かれました。ディロン様も腕組みしながらこくりと頷かれます。
「レティさん歓迎するよ、ようこそ我らが冒険者ギルド″おさんぽ日和″へ!」
荒野の地平線から朝陽が顔を出します。空の色が一気に夜から朝に変わる様子は、今まで見たどんな絵画や美術品より美しい景色でした。貴族令嬢として屋敷に籠っていたら決して見る事は無かったでしょう……。
色々あって理不尽にも追放されてしまいましたが、わたくしは生まれ変わります……冒険者として生きていきます。
――これが貴族令嬢だったわたくしが冒険者になった切っ掛けでした。