第二八話「魔法の激突」
「敵襲?!」
「シオりん大丈夫?!」
いつの間にかアンさんもファナさんも起きていました。わたくしは再び河の方に目をやりますが、人影が一人しか見当たりません。わたくしの隣でファナさんが長杖を持って何かを呟いています。
「魔力感知したら、細かい位置はわからないけど一人は船の後ろの方に乗ったっぽいよ!」
「魔術師か……でもあの水の上歩くやつ、たしかディロンも使ったような……」
アンさんは弓を構えつつ敵の動向を探りながらそう仰いました。
「あの……じゃあもう一人は精霊術師ということでしょうか?」
わたくしがそう言うと、皆さん顔を見合わせて険しい表情をされました。
「魔術師と精霊術師同時って……厳しいわね」
(そうです、ファナさんとディロンさんお二人の魔法の連携で何度も強い怪物を倒していますから、それが敵となると……)
シオリさんは旅人の鞄から身長より長い長杖を取り出しました。
(シオリさんがファナさんと同様の、魔法発動体の中でも最も魔力運用に長けた長杖に持ち替えた……術者対応の為ですね?)
「ディロンが居ないから私が支援魔法と魔法防御を全力で唱えるわ、その分一時的に回復魔法に回せなくなるからみんな慎重にね」
そう仰るとシオリさんは魔法を詠唱します。
「…………魔法抵抗強化……集中力向上……護り……湧き上がる力」
「レティ、あたしは水上のやつを狙うから、船に上がったやつの動きを見張って」
「はい、分かりました……」
アンさんは水上の精霊術師に矢を射掛けますが、矢は術師の目前であらぬ方向へ曲がりました。
「くそ、射手封じの風か!?」
「アンさん、船の上に乗った敵が近づいてきました!」
船上に上がった魔術師は荷物に隠れながら距離を詰めてきます。
「光の矢を撃つよ?」
「向こうも魔術師だから攻撃魔法は大方弾かれるか効果が薄いわ。攻撃魔法撃ち合いの消耗戦ではこちらが不利よ」
「じゃあシオりんどうすんのさ?!」
水上の精霊術師が詠唱を始めました。
「……水の弾丸」
こぶし大の水の球が高速で飛んできます。
「……障壁!」
シオリさんが長杖を両手で横向きに構えると淡い光の膜のような物がシオリさんの目前に現れ、それに当たった水の弾丸は破裂音とともに水しぶきになって消えました。光の膜の範囲外に飛来した水の弾丸は分厚い木箱に穴を開けました。
(水とはいえあれが当たったら大変です……)
その間にアンさんは接近してくる船上の魔術師を迎え撃つ為に近づいていきました。わたくしは積み上げられた荷物の上に伏せて様子を見ていると、魔術師は長杖掲げて円を描く様に振っていました。
「アンさん、なにか魔法を使う様です!」
アンさんは物陰に身を隠してしゃがみながら移動しつつカタナを抜きました。アンさんが斬りかかれそうなぐらい近づいたその時、アンさんと魔術師の中間くらいに何かモコモコと盛り上がる影が見えました。
「なんだこりゃあ?! 竜牙兵……いや、でか!?」
アンさんの目の前に出現したのは、以前戦った竜牙兵に似ていますが、人間の骸骨とはかけ離れた禍々しい姿です。大きさはアンさんよりふた回りほど大きいのですが、特徴的なのは腕が三本ある事です。大きな戦斧を両手で持ち尚且つ盾を持っています。
(これって……ひょっとして?!)
「アンさん、恐らくそれは竜牙兵の上位、竜爪兵だとおもいます!」
「ははは、そいつはヤバそうじゃない……」
アンさんは立ち上がって両手でカタナを構えます。
「……命の泉……剣の加護……疾風――アン姐気を付けて!」
シオリさんは更に支援魔法を唱えました。しかし、そこに水の上の精霊術師が再び水の弾丸を撃ち込んできました。
「……光の矢!」
ファナさんは水の弾丸の魔法を光の矢の魔法で撃ち落としました。
「ファナ!? 攻撃魔法を撃ち合ったらあなたの魔力総量はすぐに無くなって――」
「そんな場合じゃないでしょ? 今もファナが撃ち落とさなかったらみんなやられてたよ!」
シオリさんは言葉を詰まらせます。
「ごめん、私が上手く防げなかったからだわ……」
「シオりんアン姐の支援やってたでしょ? いいっていいって!」
シオリさんはハッとしてから少し笑みを浮かべました。
ファナさんは長杖を掲げて竜爪兵へ向けます。
「……光の矢!」
三つの光の矢のうち二つが、アンさんに襲い掛かろうとする竜爪兵に命中しますが盾で防御されました。残るひとつは後方の魔術師に命中しましたが魔法の盾で防いだようです。しかしその時竜爪兵の動きが止まりました。その瞬間をアンさんは見逃さず、力いっぱい斬りつけて盾を持った腕を斬り落としました。
しかし竜爪兵は体勢を崩したまま意に介さないように二本の腕で持った戦斧を振り回しました。アンさんはそれを軽業のように側転して躱しますが、躱した戦斧は船上に積まれた木箱を砕き破片をまき散らします。破片を浴びたアンさんは身体中に無数の細かな傷を負います。
「アンさん!?」
「ひゅう!? 流石生き物じゃないと無茶な動きするねぇ……」
ファナさんが光の矢を放った隙を狙って、精霊術師がまた水の弾丸をシオリさんとファナさんの所に撃ち込んできますが、今度はシオリさんが障壁で防いだ様でした。
(あの魔術師は攻撃呪文を使わないのですね……いえ、ひょっとして竜爪兵を使役するので手一杯なのでは?)
確かに竜爪兵はかなり上位の魔法生物です。それゆえに術者への負担も大きいのが定石ですね。ファナさんの光の矢を防いだ時に動きが止まりましたから。アンさんが腕を一本斬り落としたとはいえ、竜爪兵の巨体による猛攻に劣勢です。
(でも、こんなに攻撃魔法などが飛び交っているのに河岸にいる船員の方々は気づかないのでしょうか……)
そう思案していると、船が揺れました。今まで目の前の敵に気を取られていて気が付きませんでしたが、船は動いて――いえ、流されてしまっているようです。
「皆さん、船が動いています!」
(いつから動いていたのでしょう、ゆっくりだったので気が付きませんでした……これもあの術者たちの仕業でしょうか?)
「岸からかなり離れてしまってるわ……」
「じゃあ周り気にしなくて魔法使ってもいいよね?!」
「ファナってば……」
そんな事をおふたりが言っているとアンさんが戦いながらこちらに押されて近づいて来ていました。その為竜爪兵の攻撃で破壊された荷物の残骸がこちらにも飛んできましたが、シオリさんが障壁で防ぎます。
「これは厳しいわね……どちらか一方でもなんとかできれば……」
「精霊術師水の上でしょ? だったらこれっきゃ無いしょ!」
「ファナ?!」
精霊術師は水の弾丸の射出体勢に入っています。
(いえ、水の弾丸よりももっと水面が盛り上がっています。更に強い魔法なのでは?!)
シオリさんもそれに気づきましたが……。
「しまった、防御魔法が間に合わ……」
「……水の投擲槍」
盛り上がった水面が鋭い槍のように変化し、精霊術師はそれを投げる手振りをしました。
「……稲妻ぅ!」
ファナさんの放った稲妻と精霊術師の水の投擲槍が衝突してその場で破裂、霧散しました。その瞬間精霊術師の悲鳴が聞こえてその場でうずくまりました。
「やりぃ! 魔法同士は相殺されたけど水の上だから稲妻の電流は殺せなかったみたいだねやっぱり」
ファナさんは鼻息荒く自慢気に言いました。
「アン姐は?!」
アンさんは竜爪兵の攻撃を躱しながら細かく斬りつけていて、押し返している様子でした。
「魔術師をなんとか頼むよ!」
アンさんがそう叫んだ時、竜爪兵の動きが止まりました。
「え、なに?」
魔術師は長杖を掲げて魔法の詠唱をしている様子でした。杖の先に炎が燃え上がり、球状になっています。
「あれは……火球?!」
「やらせないよ!」
ファナさんも火球の魔法を詠唱していますが先に向こうの火球が放たれました。
「いけない!」
シオリさんが前に出ようとした時にファナさんが長杖を振りかぶりました。魔術師の放った火球は放物線を描いてこちらに飛んできます。わたくしは乗っていた積荷から飛び降りて物陰に身を隠しました。
「……火球!」
わたくし達の頭上まで飛来した火球とファナさんの放った火球が激突し大爆発しました。




