第二七話「仲間たちとの合流」
――わたくしは火の手が上がっている穀物倉庫に近づきました。見張りの者たちは遠巻きに見ているので何とかわたくし程度の忍び足でも建物に取り付くことが出来ました。
(火がどんどん強くなっています、早くしないと……)
周囲を観察しましたが、窓らしきものは板が打ちつけてあります。そして入り口と思われる両開きの大きな引き戸がありますが、取手は縄で縛られていました。
(なるほど、内側から出られないようにするためなので入るのはさほど難しくは無さそうですね)
そう思って旅人の鞄からナイフを取り出して切ろうとしますが、存外硬くて思ったより時間がかかってしまいました。中からは火が燃えている音がパチパチと聞こえてきます。わたくしは扉をそっと開けて一応中の様子を確認しますと、すでに煙が結構充満しています。わたくしは旅の途中で教わった、煙対策としてその辺の桶に入っていた水で布を濡らして口元を覆います。
そして気休めですが生活魔法の保温を自分にかけました。これは元の温度を保つ、という熱を遮断する呪文です。温度差が大きいと効かないみたいですが、無いよりましですね。
(よし……突入しましょう)
わたくしは姿勢を低くしながら穀物倉庫の中に入ります……が、すでに中に置かれた藁などに引火していてもう時間がありません。
「皆さんどこですか!? わたくしです、レティです!」
わたくしは声の限り叫びますが、煙が酷くてむせてしまいます。
「マーシウさん! アンさん! シオリさん! ファナさん! ディロンさん! どこですか!?」
(ああ……火がどんどん強く……藁というのは凄く燃えるのですね……)
「レティです! 返事をしてください!」
――その時微かに呻き声の様なものが聞こえました。
「いらっしゃるのですか!?」
急に物音がして桶が転がってきました。わたくしは転がってきた方へ四つん這いで行ってみました。
「皆さん!?」
物陰に、縛られ猿ぐつわをされた皆さんが居ました。皆さん煙に巻かれないために床に伏せています。わたくしはとりあえず一番手前の変な格好で伏せておられたアンさんを縛っていた縄をナイフで切りました。そしてアンさんにナイフをお渡ししますと、アンさんはわたくしよりも数段手際よくナイフで皆さんの縄を切って行きました。わたくしは猿ぐつわを取る手伝いをします。
「レティよく来てくれたよ、何とか身体を捻って桶を蹴ったの気づいてくれたんだ!」
アンさんが変な格好をしていたのはその「何とか身体を捻って桶を蹴った」からだったようです。
「話は後だ、とにかく逃げよう。レティ先導を頼む!」
マーシウさんの指示でわたくしは来た道を戻ろうとしますが、火の手が回っていてもう通れません。
「ああっ!? どうしましょう、出口はあちらですのに……」
辺りを見回すと、板の打ちつけられた窓が見えます。
「あちらに窓が……でも外から打ちつけてありました」
「マーシウ、二人で蹴れば行けんじゃない?」
「やるか!」
アンさんとマーシウさんが窓に打ちつけてある板を何度か蹴ると板が割れて外れました。
「みんな急げ!」
――わたくし達は火が回り切る寸前に脱出することができました。そして見張りの位置を皆さんに伝えて気付かれないようにその場を離れ、森の中へ移動しました。
わたくしは旅人の鞄から皆さんの持ち物を取り出してお返しします。そしてわたくしがここまで来た経緯をお話しました。そうすると、アンさん、シオリさん、ファナさんがわたくしをギュっと抱きしめました。
「ありがとうね、レティ……助かったよ。もう世間知らずのお嬢様なんかじゃないね」
「あちこち酷い傷……あとでちゃんと癒しするわ」
「レティ……うう……ありがとう……」
「感動の再会をしんみりと味わいたいのはやまやまだが、火が収まって焼け跡を調べられれば逃げたのがバレるだろう。その前に少しでも遠くへ行った方がいいな」
ディロンさんは冷静な口調でそう仰いました。
「そうです、わたくしを捉えていた人たちもそろそろ縄を解いて動いているかもしれません」
「よしみんな、疲れているかもしれんがもうひと踏ん張りだ、移動しよう!」
マーシウさんの号令で移動を開始しました。幸い日没ですので、夜陰に乗じて移動できます。森と小麦畑の間を流れている川はしばらく下ると大きな河に繋がっているということで、近くにあった小舟を拝借しました。
そして夜の間交代で仮眠を取りながら小舟を走らせ、夜が明ける頃には大きな河に合流して対岸へ渡りました。この河は河端が広く、橋が限られているので追っ手がかかっても直接すぐには来られないだろうとアンさんは仰っていました。
――わたくし達は小舟を降り、近くの町の宿屋にある酒場で食事をしながら作戦会議をしています。
「あの河を渡れたのは不幸中の幸いだった……ね。陸路だったらあたしらが捕まったあの村から……一番近い橋までかなり迂回しないといけなかったからさ……」
アンさんは相変わらず食べながら器用に話をされます。その時マーシウさんが手を上げました。
「ちょっと提案なんだが、ここまで来ればイェンキャストまではそう遠くない……が、追っ手がどんな形でくるか分からん。だから奴らの目を欺く為に、二組に分かれてイェンキャストを目指すというのはどうだ?」
「なるほど……向こうはこっちを六人組として追っているから、その印象を逆手にとるのね?」
シオリさんはマーシウさんの意見を聞きながらそう答えました。
「六人で行動するより二組に分ける方が身軽に動けるのは確かだが……どう編成するのだマーシウ殿?」
ディロンさんが質問しました。
(確かに、二組なのはいいとしてどうなるのでしょうか……)
「この町からは河を下ってイェンキャストへ向かう船便が出ているから一組はそれで、もう一組は貸し馬でイェンキャストを目指す」
「ここからだと飛ばせば馬の方が早いね、でも馬に乗れるのって……」
アンさんが皆さんを見渡します。
「ただ乗れるだけじゃなくて早馬に乗れるのは……ちなみにレティはどうなんだい?」
「……ご想像の通りです」
(ごめんなさい、馬には乗ったことありません……)
「一応聞いておきたくてね。分かった、レティは船だな」
――という事で、馬で行くのはマーシウさんとディロンさんになりました。アンさんも乗れるそうですが、戦士が二人とも固まるのは良くないということで、アンさんは船に乗る組の護衛に付いて来てくれますので、残りのわたくしとシオリさんとファナさんも船ということになりました。
「俺たちが先に着いたらギルドマスターに話して、レティの事何か対応出来ないか相談しておくからな」
マーシウさんはそう言うと、ディロンさんとともに馬を借りて先に出発されました。わたくし達を乗せた船は午後一番に出発します。ちなみに乗って行くのは、荷物を沢山のせて河を下る中型の貨物船ということでした。
(船と言いましても大きな筏ですよね……)
この河は帝国南部を流れる大きな河で運河としての役割を担っているそうです。内陸部と南部最大の港街であるイェンキャストを結ぶ大河で、以前辺境の街から港まで船に乗った河よりも倍ほどは広そうです。順当に行けばイェンキャストまでは三日ほどで着くとのことです。
(行き交う船も多いです、交通の要衝というのは本当なのですね)
船に乗ってしまえばする事もないので、暫くは景色を眺めていました。
「シオりん、マーシウがギルドマスターに相談するって言ってたけど、相談してどうにかなるのかな? だってウチのマスターいくら顔が広いって言っても普通のおじいちゃんでしょ?」
「ファナ、またマスターをおじいちゃん呼ばわりして……一人前の冒険者を名乗るならそういう礼儀も弁えなさいよ」
「えー……マスターはファナがおじいちゃんって言ったら凄い嬉しそうにしてるのにぃ、シオりんのいじわる!」
「ギルドマスター様は……その、お年を召された方なのですか?」
「そうね、お幾つだったかしら……七〇歳は超えてるみたい。とてもお優しい方よ?」
「でも結構喰えないじいちゃんだよね、他のギルドや冒険者間の揉め事とかあってもマスターが仲裁すると口八丁手八丁で大抵丸く収まるし。それに怒ってる所とか見たことないよね」
「アン姐もマスターにそんなことを……まあ事実だけど」
シオリさん達はギルドマスター様について色々仰られていますが皆さん笑顔で話しているので、とても慕っておられるのが分かります。
(わたくしも早くお会いしたいです)
こうしてわたくし達は、大きな筏のような貨物船に乗って河を下りイェンキャストを目指します。
――一日目の日が落ち、最初の船着き場に停泊しました。ここで船員の方たちは食事や仮眠をとって早朝に出航するというとです。わたくし達は追っ手から隠れる意味で船の荷物の間で夜を明かす事にしました。
交代で仮眠を取っていますが、わたくしは寝付けずにいました。荷物の上に乗って景色を眺めていると、空には満月が浮かび水面に映ってとても綺麗です。
「眠れないの?」
見張りのシオリさんがわたくし気付いて話しかけてこられました。
「はい……つい先日色々な出来事があったばかりでしたので……なんだか寝付けなくて」
「そうね……私たちも普段は冒険の中で、過酷な自然や迷宮の罠や怪物相手で危険と常に隣り合わせだけど、人の悪意というものでの命の危機に晒されるというのは、また別の恐ろしさがあるわね……」
(確かにそうです。悪意というものは逃げても逃げても付きまとってくる様に思えます……)
シオリさんとの会話にしばし沈黙が流れます。ふと河の方に目をやると、水面に何か人間二人が立っている様に見えました。
「あれは……?」
「ん、レティどうしたの?」
わたくしは立っている何かを指さしました。それはどんどんこちらへ近づいています。
「まさか……早く二人を起こして!」
シオリさんは緊迫した声で仰いました。その次の瞬間、水面の人影のひとつが長杖の様なものをかざし、その長杖は淡い光を発していました。
「……魔法の盾!」
シオリさんは魔法を詠唱して両手を前に突き出します。水面の人影がかざした長杖から一筋の光の矢のようなものがこちらに飛来してシオリさんの手前の空中で弾けました。
「っつ……光の矢!? 一人は魔術師だわ……」
(なんということでしょう……わたくし達は後をつけられていたのでしょうか?!)




