第二五話「囚われるレティ」
思わぬところで友人の子爵令嬢セソルシア・ヴィフィメールさんと再会したわたくしは、彼女が現在住んでいるというヴィフィメール家の別邸に案内されました。パーティーの皆さんは客室に、わたくしはセソルシアさんのお部屋に通されました。
「本当にお久し振りですセソルシアさん。しかしなぜあのような所に?」
「わたくしは病気の療養の為にこの別邸に住んでいます。身体の調子が良い時は、ああして散歩がてら狩庭を散策しています。あそこに実っている果物を丸かじりするのが好きなんです……はしたないですけど。わたくしより、ネレスティさんがあそこにいらしたことの方が驚きです……訳をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あの……その……わたくしの事は……その、ご存じですか?」
わたくしは気まずそうに、濁すように話を切り出します。
「……はい。以前お手紙をお出ししたのですが差し戻されてしまって、お父様やその他の知人の方にお聞きしました。そして、お父様が実家のわたくしの部屋にあるネレスティさんから頂いたものまで処分してしまって……悲しくて悔しくて何日も泣いていました」
(やはりご存じでしたか。貴族社会ではもうわたくしの追放刑は衆知の事なのでしょうか……え、今"処分"と仰いましたよね?)
「わたくしが贈ったものを処分……まさか″第三代皇帝時代のミリス銀製食器セットの完品″を、ですか?」
(あれは……四〇〇年前のもので、貴重なミリス銀を贅沢に使い食器セットにしたという……しかも稀代の職人による銘品で、今では散逸してしまい完品のセットなどもう手に入るかどうかもわかりませんのに……)
「……はい」
「"未使用無刻印の魔術結晶原石"で出来たブローチも?」
「……はい。こんな詐欺師の悪女が寄越したものは偽物だ、汚らわしいと……」
(なんという……あれは、魔術結晶が術式刻印をされる前の原石を宝石としてブローチにしたという珍品、通説では稀代の大魔術師が愛する女性に贈ったとされるもので、二つと無い品ですのに……)
「ああ、気が遠くなりそうです……どちらも二度と手に入らないかもしれませんよ。セソルシアさんの為に選り抜いた希少な品々でしたのに……」
「ですよね……わたくしはネレスティさんがそんな詐欺師のような事をしたなんて信じていませんでしたから……なんという勿体ない……」
「多分わたくしの蒐集したものも処分されていると思います……セソルシアさんに頂いたものも……ごめんなさい」
わたくしが頭を下げると、セソルシアさんは手を握って首を横に振ります。
「いいんです、こうして再びお会いできたことが何より……だって、追放刑の中でも最も重い″無作為転送刑″なんて……それを聞いた時、わたくしは気を失ってしまいました……」
――そしてわたくしは無作為転送してから今までの出来事をかいつまんで説明しました。かなり省略しましたが、それでも長々と喋ってしまいました。セソルシアさんはそれを子供の様に驚き興奮して聞いておられました。
「凄いです、本当に冒険物語の主人公のような……ごめんなさい、ネレスティさんは命がけでしたね」
「いえ、そんな。しかし……いいのでしょうか、わたくし達がここにお邪魔してしまって?」
「ええ、大歓迎ですわ! ここはわたくしと護衛兼側仕えのガーネミナと騎士見習いが一人、あとはメイドが数名しかおりません。わたくしは身体が弱く疲れるとすぐに熱を出して寝込んでしまいますので、この森の中の屋敷でひっそりと過ごしていますから尋ねてくる方も殆どおられませんし」
セソルシアさんはそう言うと寂しそうな表情をされました。
(そうですね、元々わたくしもセソルシアさんとはどこか似た境遇だったことで親しくなったのですよね……)
「すみません長話してしまいました……今日はお疲れでしょうからゆっくりお休みくださいネレスティさん」
「ありがとうございますセソルシアさん」
わたくし達はお食事とお屋敷にあるという浴場も使わせていただいて旅の疲れを癒すことが出来ました。そしてセソルシアさんのご厚意で四日程ゆっくりと逗留していたのですが五日目の朝――朝食の席にセルソシアさんのお姿がありませんでした。
「お嬢様は昨晩から発熱しておられますので朝食は失礼したいと仰っておられます」
朝食の世話をしているメイドがそう伝えてくれました。
「お熱ですか、わたくし達がお邪魔したから身体にご無理が……」
「――失礼ながらその通りかと思われます、ネレスティ・ラルケイギア」
朝食の最中にセルソシアさんの側仕え騎士のガーネミナさんが食堂の扉を開けて入ってこられました。その姿はいつもの平服ではなく、騎士甲冑で完全武装しています。わたくしは完全に不意を突かれたのでその場に固まっていました。メイドたちも驚いて部屋の隅で固まっています。
「どういうことですか?!」
「私は主の命に従っているだけです、ネレスティ・ラルケイギア。貴女……いや、君には内々に捕えよとの触れが出ているのだ、大人しくすれば危害は加えない」
「主の命……セソルシアさんが?」
「お嬢様は何も知らない、我が主ヴィフィメール子爵の命だ。さあ、こちらへ」
わたくしは素直に指示に従いガーネミナさんと屋敷の外に出ました。すると屋敷の前には一〇名以上の武装した兵士が居て、マーシウさんたちは手枷を掛けられ座らされていました。
「み、皆さん!?」
「レティ、大丈夫か――ぐっ!?」
アンさんが声を上げ立ち上がった瞬間に兵士が槍の柄でアンさんを叩きました。
「騒ぐな!」
アンさんは槍の柄でそのまま肩口を押さえられて膝をつきました。マーシウさんや他の方々は槍を突きつけられています。
「貴方たちはわたくしを捉えにきたのでしょう? この方々は関係ありません!」
「それはこちらで判断する。とにかく来てもらおうか」
「レティ……ネレスティ・ラルケイギアは無作為転送刑を執行された、もはや罪状は消滅しているはずだ、何の権限でこんなことをする!?」
マーシウさんはガーネミナさんに向かって強い口調で仰いました。
「……知らんな、私はネレスティ・ラルケイギアを捕えよと命を受けただけだ」
ガーネミナさんはあくまで無表情でそう言いました、そして「引っ立てよ」と言ったその時――
「何を……するのです……ガーネミナ!」
屋敷の扉が開いてセルソシアさんが出てこられました。立っているのも辛そうにフラフラとこちらへ歩いてきます。
「お嬢様!? お部屋へお戻りを……早くお連れしろ!」
後ろからメイドたちがセルソシアさんの後を追ってきて連れ戻そうとしますが、それを振り払ってこちらへ歩いて来られます。
「お父様の差し金ですね、しかしネレスティさんとそのお連れの方々を捕縛するような横暴は許されません、お止めなさい。誇り高い騎士の貴女が、このような事に手を貸すのですか!?」
「お父上の……いえ、ヴィフィメール家のお立場をお考えくださいお嬢様。内密とはいえ門閥の長であるプリューベネト候爵家の命を断れる訳がありません。主の為なら、私個人の主義などは……些細なことです」
ガーネミナさんは唇を嚙み、険しい表情をされていました。
「早くお嬢様をお部屋へ……」
「ガーネミナ!?」
セルソシアさんは咳き込んでその場にうずくまります。そしてメイドたちに支えられて屋敷の中へ連れていかれました。
「セルソシアさん!」
わたくしは思わず立ち上がって駆け寄ろうとしましたが、それをガーネミナさんが肩を掴んで止めます。
「さあいきましょうか、お嬢様のご友人に手荒なことをしたくはないので」
ガーネミナさんに促されて、わたくしは大人しく従います。
「あの方たちはただの冒険者です。無作為転送刑で地下迷宮奥深くに放り出されたわたくしを偶然見つけて助けてくれただけの人たちです、それ以外の何の関りもありません」
「レティ!?」
マーシウさんを始め皆さんわたくしの名前を呼んでおられました。
「必ず皆さんには何もさせないよう取り計らいますから、どうか抵抗しないで待っていてください……」
(そうです、わたくしがどうなろうともおさんぽ日和の皆さんだけはお助けしなければ……)
――そして、わたくしはガーネミナさんと共に護送用の馬車に乗せられ、いずこかに向けて走り出しました。