第二四話「思いがけぬ再会」
――螺旋階段を上っていくと、途中で階段が崩落していて昇れなくなっていましたので別の道を探し付近を探索しました。すると壁に扉のような記号と矢印があったのでわたくしがそちらはどうかという提案をして、行ってみることになりました。
人が二人すれ違えるくらいの狭い通路には金属の扉が幾つもあって、半分開いていたものはなんとか隙間を通り抜け、通れないくらいの隙間しか開いていなかったものは落ちていた棒などを使ってこじ開けたりしました。
どれくらい歩いたでしょうか。外も見えない迷路のような暗い通路を進んでいると、どちらを向いているのか、今がまだ昼なのかどうなのか分かりません。
(たしか飛竜と戦った時は青空が見えていたので昼間だったんでしょうけど)
そうして進んで行くと、今度は行き止まりになって梯子が上に伸びていました。
梯子の上は行き止まりで、天井には輪のような物が取り付けられていました。登ってみたアンさんが、古代文字が書かれていると仰るのでわたくしは梯子を登って確認しに行きます。
「左……回転? 回す、でしょうか?」
わたくしは天井についた輪を回そうとしますが、動きません。力んでうなり声を上げながら頑張っていると、下からアンさんに声をかけられました。
「レティ代わろうか?」
「はい……すみません」
梯子を降りると交代でアンさんが登ります。
「アンさん、天井の輪を左に回して下さい」
「了解、左ね……フン!」
アンさんの踏ん張る声が聞こえて、金属が軋む嫌な音が響きます。
(アンさんはとても力持ちで、マーシウさんと腕相撲して勝つと仰ってましたが……)
「ギギギギ」というひと際大きな金属音が響いた後にアンさんの「お、開いた!」という声が聞こえました。アンさんが天井を押し上げるとそれは上側に開きました。やはり扉だったようです。アンさんはそのまま登り切って周囲を調べている様です。
「大丈夫みたいだよ」
アンさんの呼びかけで一人ずつ梯子を登ってゆきます。梯子を登った先は下よりも少し広い通路の様な場所でした。その通路の先に光が見えます。
(あれは……出口でしょうか?)
全員が梯子を登っている間にアンさんは通路の先へ調べに行っています。最後のディロンさんが登り切った頃にアンさんの声がしました。
「おーい、外だよ!」
通路の先の開きかけた大きな扉の隙間から外に出ることができました。辺りを見渡すとそこは小高い丘の上で、目のまえには森が広がっています。わたくしたちの背後にはウォディー高地らしき切り立った高い山と巨大な崖がそびえたっています。
ちょうど太陽が目前の森に沈みかけているので今は夕暮れ時だったのですね。わたくしも皆さんも久しぶりの外の景色に安堵して座り込み、暫く夕日を眺めていました。そしてわたくし達はとりあえず扉の中でキャンプをして明日の朝、森を抜けて西へ向かうことにしました。
――ウォディ―高地の地下遺跡から外に出て、わたくし達は西に向かって歩きました。アンさんの持つ地図によると森の先に小さな町があるということでしたが……。
「アン姐、全然町見えないね……」
「おかしいね、距離としては多分二日くらいで着くはずなんだけど……」
「ファナもう疲れたしお腹空いた……」
「とりあえず休憩しようか……」
アンさんとファナさんはそんなやりとりをしていますが、わたくしも他の皆さんも疲れと空腹であまり喋っていません。地下遺跡を出発して既に四日経っています。ウォディ―高地に入る前に採取した食料も無くなり、今は保存食を少しずつ分け合っていました。キノコも生えていますが、アンさん曰く食べられるものが見当たらないそうです。
「木に登るにもこの辺は登れそうにない木ばっかりだからねえ……」
休憩しているとファナさんが立ち上がりフラフラと歩き始めました。
「おい、ファナ一人で行くと危ないぞ?」
マーシウさんが声をかけますがファナさんは止まりません。見かねてアンさんがファナさんの方へ歩いて行きます。
「何してんだよファナ?」
「いい匂いがするんだ……」
ファナさんはそんなことを言いました。
「いい匂いってお腹空きすぎておかしく……」
アンさんも「スンスン」と鼻を利かせていますと、何かに気付いた表情をされました。
「確かに、甘いにおいがする……果物っぽいな」
アンさんのその言葉にわたくし達は目を輝かせます。そしてアンさんはファナさんと一緒に「スンスン」と鼻を利かせて匂いのする方向へ進んで行きました。森の切れ目の茂みの向こうからその匂いは強く漂ってきます。近づいてみるとそれは甘に匂いを放つ果実が沢山なっている場所でした。
「これは……食べられるやつだよ!」
アンさんはそう言うと両手でひとつずつもぎ取って口に運んでいました。それを見てわたくし達は我慢ならず、果実をもいで口に運びます。
(ああ、これは美味しいです……甘さと酸味が程よくて……水分もあるので疲れと空腹が満たされて行きます……)
「貴様らは何者だ!?」
果実を必死になって食べていたわたくし達の背後から突然、女性らしき怒鳴り声が聞こえました。わたくし達は食べる手を止めて口の中に果実を頬張ったままゆっくり振り向きます。
「動くな、貴様らは何者だと聞いている」
わたくし達を怒鳴ったのは長身の女性でした。狩猟服に革製の部分鎧を付けて長剣の切先をわたくし達に向けています。女性の隣には同じく狩猟服を来た男性と、その後ろには質素ですが身なりの良い黒髪の若い女性が立っていました。わたくし達はとりあえずゆっくり果実を地面に置いてから口の中のものを飲み込みます。そしてマーシウさんがゆっくりと前に歩み出ました。
「俺た……私たちは冒険者です。森で迷って空腹だったところにこの果実を見つけて食べていた所でした……貴女たちは?」
マーシウさんは懐からパーティー認識票を取り出して見せて怪しい者ではない事を示されました。
(さすがマーシウさん、元近衛騎士なので礼儀を弁えておられます)
「地の者では無いな? ここはヴィフィメール子爵家別邸の狩庭だ、早々に立ち去れ。さもなくば……」
「ネレスティ? ネレスティ・ラルケイギア……さんですか?」
狩猟服の女性剣士の背後に居た身なりの良い女性がわたくしを見てそう言いました。わたくしは不意にレティではなく本来の名を呼ばれたので思わず顔を伏せました。
(こんな所でもわたくしを知っているなんて……人気のない場所をずっと通ってきたので油断して何も被らず素顔のままでした……どうしましょう)
顔を伏せてアンさんの後ろに隠れていると若い女性がわたくしの方に近づいてきました。
「お嬢様いけません!」
女性剣士が止めるのも聞かずにお嬢様と呼ばれた若い女性はこちらに近づいてきます。わたくしはアンさんを盾のようにして隠れますが、回り込むように顔をのぞかせてわたくしの顔を確かめようとします。わたくしは更にアンさんを盾にして隠れます。
「ちょ、ちょっと何してんの?」
アンさんを挟んでグルグルと回っている状態でしたが、不意に女性が回る方向を変えた為に顔を間近に見合わせる状態になりました。
「やはりそうですわ、ネレスティ・ラルケイギアさんですね!」
女性は満面の笑みを浮かべています……そうです、突然の事で認識できていませんでしたが、わたくしはこの方を良く知っています。
「セソルシア……セソルシア・ヴィフィメールさん?」
この方はわたくしの数少ない友人と呼べる方――母の代理で出席したでお茶会でたまたま知り合った子爵家の御令嬢です。わたくし同様に古物や美術品の蒐集が趣味ということで仲良くなり、何度も交流していました。最近はお身体を悪くされたということでお会いできないうちに、わたくしが追放刑になってしまったのですが、まさかこんな所で……。
「ガーネミナ、この方はわたくしの友人です。剣をしまいなさい」
「は、承知いたしました……」
ガーネミナと呼ばれた女性の剣士は長剣を鞘に納めてセソルシアさんの脇に控えました。しかしその眼光は鋭く、わたくし達を油断なく見ているようです。
「ネレスティさん……お会いしたかった」
セソルシアさんはわたくしの手を両手で握って瞳を潤ませています。わたくしも感極まって目頭が熱くなりました。
「色々とご事情があるようですね? 屋敷の方へご案内しますわ、お連れの方もご一緒にどうぞ」
セソルシアさんは療養の為にこの近くの別邸に少ない家人とともにお住まいになっているとのことでした。
(ご迷惑にならなければよいですが……)




