第二三話「飛竜との決戦」
咆哮を上げながら突進してくる飛竜から逃れるために、アンさんはガレキの陰に隠れます。飛竜はガレキの向こうにいるアンさんに向かって脚の爪で引っ掻いたり首を伸ばして噛みつこうとしたり、執拗に攻撃しています。
「……鬼火!」
ディロンさんが鬼火を召喚して飛竜に向けました。鬼火は飛竜の近くで炸裂して閃光を放ちます。飛竜は苛立つように首を振り回してガレキから後ずさります。その隙にアンさんはガレキから離れて飛竜と距離を取ります。
「もう一回稲妻でって……うわあ!?」
ファナさんが長杖を構えようとした時、飛竜は激しい咆哮を上げて暴れながらファナさんのいる方に突進していきます。ファナさんは辺りを見回しますが隠れられる物陰まで間に合いそうにありません。
「ファナ!」
シオリさんの悲鳴に近い声が響きます。ファナさんのもとにマーシウさんが走り込んでファナさんの前で盾を構えました。
「ファナ姿勢を低くしろ!」
ファナさんは地面に伏せます。マーシウさんも腰をかがめて重心を低くして、飛竜の体当たりを盾で受け流します。飛竜はファナさんを狙ったのでは無く暴れていただけみたいで、体勢を崩して転倒します。
「ファナ、早く逃げろ!」
ファナさんは頷くと物陰に向かって走りました。飛竜はすぐに起き上がり、片足を上げてマーシウさんを踏みつけます。マーシウさんは盾で受け流そうとしますが、大きな爪で盾を鷲掴みしました。
「この野郎!」
アンさんは矢を放ちますが飛竜は意に介さず、マーシウさんに向けて尻尾を振り回します。それに気づいたマーシウさんは盾を離して尻尾を躱し、剣で飛竜の軸脚を突き刺します。流石に飛竜は呻き声を上げました。マーシウさんが構わず脚を集中的に斬りつけると、飛竜は地面に膝をつきます。
「でやぁ!」
マーシウさんは膝をついている飛竜の腹部に向けて剣を突き入れます。飛竜の腹部の傷口からは血が湧き出るように出てきます。野太い悲鳴を上げて暴れる飛竜から盾を取り返して距離を取ろうとした時、マーシウさんに向かって飛竜は大きく尻尾を振ります。
マーシウさんはこの不意打ちを何とか盾で受けますが、力を受け流せず盾の正面に尻尾を受けました。すると尻尾は巻き付くように盾を回り込んでマーシウさんの背中を打ちつけます。しかし勢いは盾で受けたことで殺されているので、体勢を崩すことなくマーシウさんは尻尾を振り払い距離を取ります……が、突然マーシウさんは膝をついてうずくまり、苦しみながら仰向けに倒れました。
「マーシウ!?」
皆さんはマーシウさんを見て叫び声を上げました。
「ディロン、牽制して!」
アンさんはそう叫ぶと、弓を置きカタナを抜いて飛竜に向かっていきます。
「……石礫!」
ディロンさんが儀式用短剣で地面に触れると、落ちている大小幾つもの石が飛竜に向かって目にも止まらぬ速さで飛んでいきます。それらは倒れているマーシウさんに襲い掛かろうとしていた飛竜に命中します。腹部の傷口に石が命中してワイバーンは激しくのけぞり、次に頭部にも石が命中したので飛竜は地面に倒れます。その隙にアンさんはマーシウさんのもとへ駆け付けます。
「マーシウ、どうしたしっかり!」
マーシウさんは呻き声を上げながら身体をのけぞらせて泡を吹いています。
「こりゃ……毒か!?」
(毒……そうです、図鑑に書いていました、飛竜には……)
「飛竜の尻尾には毒針が!」
(わたくしなんという事を……知っていたのに失念しているなんて……わたくしがちゃんと思い出してお伝えしていれば……)
「了解、尻尾だね……シオリ、マーシウの解毒頼む!」
「アン姐!?」
「あと一押しだろ、やってやろうじゃないの!」
アンさんはカタナを構えながら倒れてのたうち回る飛竜の様子を窺います。飛竜もよろよろと起き上がりそうです。
「アン、距離を取れ。ファナ嬢、彼奴に火球を。吾輩も合わせる!」
アンさんはカタナを納め、マーシウさんを引きずって下がります。ファナさんは物陰から飛び出して長杖を両手で構えて飛竜に向けます。
「いっけぇ……火球!」
ファナさんの長杖から人の頭ほどの大きさの火の玉が発せられ飛竜に向かって飛んでいきます。火の玉は飛竜に命中すると爆発し、その衝撃で飛竜は更に転倒します。皮の翼が爆発でちぎれ飛びました。
「……火精の矢」
ディロンさんが魔法を唱え、儀礼用短剣を倒れて藻掻いている飛竜に向けます。するとファナさんの唱えた火球で飛び散った破片でくすぶっていた幾つかの火からそれぞれ炎の矢が飛び出して飛竜に命中しました。
飛竜は悲鳴のような咆哮を上げて力なく地面でのたうっています。
「アン!」
ディロンさんが合図するとアンさんは再びカタナを抜いて深呼吸し、飛竜に向かって走ります。別の生き物の様に暴れる尻尾を躱しながらアンさんは「フン!」という掛け声とともにカタナで尻尾を切断しました。飛竜は痛みのせいか更に悲鳴を上げて暴れますが起き上がる力は無いようです。
次にアンさんは飛竜の頭部に近づくと両手でカタナを振り上げて、その目に刃を突き立てました。アンさんが二度、三度と目を突くと飛竜は細かく痙攣し、やがて動かなくなりました。
「ふう……やっと仕留めたね……」
アンさんは深いため息をついてからカタナを振り血糊を払って鞘に納めました。わたくし達はシオリさんが介抱しているマーシウさんの元へ駆け寄ります。
「……解毒」
シオリさんはマーシウさんの背中にある飛竜に刺された傷口に掌を当てて解毒の魔法を唱えました。引きつった様に倒れたままのけ反っていたマーシウさんの身体から力が抜けて仰向けになりました。そしてわずかに目を開いて頭を動かし、わたくし達の顔を確認しています。
「……飛竜は?」
「みんなで倒したわ……大丈夫よ」
「そうか……」
シオリさんはマーシウさんの額に掌をかざして容態を確かめています。そこにアンさんがゆっくり歩いてきました。
「マーシウ、大丈夫?」
「解毒が間に合ったから、熱も無いし大丈夫そうよ」
「……すまん、毒を喰らうなんてな。パーティーの盾である俺が……」
「ご、ごめんなさい! わ、わたくしは飛竜の事を図鑑で読んだなどと言っていたのに……尻尾の毒の事を失念していて……マーシウさんの命を危険な目に……」
(ああ、駄目です……涙が……ガヒネアさん……わたくしは泣き虫です……)
溢れる涙を止められず、マーシウさんの側にへたり込んで座って泣いているわたくしの頭に触れる感触がありました。
「マーシウ……さん?」
マーシウさんはいつの間にかわたくしの目の前に片膝をついてしゃがみ、頭に掌を乗せていました。
「泣かないでくれよ、俺はこの通りもう大丈夫だからさ」
マーシウさんはもう片方の手で握りこぶしを作り親指を立ててニコリと笑いました。
「マーシウはウチの盾だからね、まあ痺れたり泡吹いて倒れたりだの毒を喰らうのはしょっちゅうだから慣れっこだよね?」
アンさんがマーシウさんの肩にポンと手を乗せるとマーシウさんは痛みで顔をしかめます。
「あはは、ごめんごめん。シオリ、マーシウに癒しも頼むよ」
「はいはい、こっちにきて座って……」
皆さん何事も無かったかのようにいつも通りです。シオリさんが以前「冒険者は常に生と死の背中合わせ」と仰ってましたが、こういう事なのでしょうか? するとアンさんが座り込んでいるわたくしに手を差し伸べてくださいましたので手を取って立ち上がります。
「レティ、怪我はない?」
「はい、わたくしは戦いではお役に立ちませんのでずっと隠れていて……すみません」
「何言ってんの。あたしらの読めない古代文字読んだり色々な事知ってたり……戦いだけじゃなくて、レティの得意なこともあたしら冒険者には重要なことだからね。戦いはあたしらに任せてくれればいいんだよ」
アンさんはわたくしの肩に手を乗せてウィンクしました。
(そうですね、仲間を信じて任せる……皆さんそうしていますものね)
「そういやファナは……おい!」
ファナさんは離れたところでうつぶせに倒れていました。アンさんが駆け寄って抱き起します。
「おい、ファナ……ああ」
アンさんは溜め息をついてからファナさんを胸の前で横向きに抱きかかえてこちらへ来られます。
「寝てるだけだよ」
わたくしも皆さんと一緒に溜め息をつきました。
「稲妻に火球と中位攻撃魔法が立て続けだったしね、頑張ってくれたわ……」
――そしてわたくし達はひと通りの治療や休憩を終えて、外壁に沿った螺旋階段を上りました。