第二二話「飛竜の巣」
わたくし達が飛竜の襲撃を免れる為に飛び込んだ穴はウォディー高地の地下にある古代遺跡らしき場所に通じていました。
「精霊探知してみたが、空気の流れはある。恐らく何処かで外に通じているだろう」
精霊探知を終えたディロンさんは鬼火を召喚して周囲を照らしてくれます。わたくしは何か手掛かりが無いかと辺りを調べてみると、近くの壁面に何かが浮き彫りにされているのを見つけました。
「座標探知を使ってみたけど、なんだかよく分からないの……いわゆる地下迷宮ではないみたいだから単純に深さや位置だけでは判断がつかないわ。北はこの方角だと思うけど……」
シオリさんは壁の方を指さしました。その壁を見ると……
(これは……古代文字ですね)
「こちらに何か書かれています」
わたくしは皆さんに声をかけてから文字を詳しく調べます。
(矢印ですね。この通路の双方に矢印……あと数字と記号ですね)
「レティ、読める?」
シオリさんも灯かりの魔法で照らしてくれます。
「矢印と数字と記号が書かれています右……こちらが一、五、〇、〇、〇……あとこれは確か距離を表す記号です。左が三、五、〇、〇、〇……これも距離の記号」
「レティ……ひょっとして、出口までの距離とか?」
「アン姐まさかそんなのわざわざ書いて無いでしょー」
「いえ、ファナさん……わたくし達にとっては古代遺跡は迷宮のような危険な場所ですが、これを作った人達は普段から利用する為の何らかの用途で作っているはずですから……」
「そっかー、言われたらそうだよね。わざわざ未来の冒険者を困らせようと思って作らないよね」
「特に罠とかも無さそうだよ」
アンさんも周囲を探索されていたようです。
「文字もありますね……右が、ギュ……グ……ブレ? 左が、アヴァロ……ニア? アヴァロニアといえば古代魔法帝国の記述に出てくる大陸中央部の呼び名ですね」
「じゃあ左は大陸中央に続いてるってことか? 右はその反対……イェンキャスト方面に行くなら右だな」
マーシウさんは身体の怪我などを確認するために軽く屈伸などをしながらそう言いました。
「でも本当に合ってるのかしら?」
「間違ってたら反対に戻ればいいじゃん、行こうよ」
不安そうなシオリさんの肩にアンさんがポンと触れて元気づけていました。
――皆さんで「右へ行く」という意見が一致したので、わたくし達はトンネル状の通路を右に進みました。通路は所々崩落していますが、広いので通るのに今の所支障はありませんが、あかりを灯さなければ本当に真っ暗な場所です。地下水が湧き出ている所もあり、深さを調べながらなるべく浅い部分を渡るなどしながら進みました。
崩落が激しい場所は、さながら山登りの様にガレキを崩さないように慎重に進みました。時折、頭や首筋に降ってくる水滴や大小の崩れるガレキに驚きながら進みます。途中でキャンプを張り、仮眠と食事を交代でとるなどしながら歩き続けました。
壁に浮彫されている矢印や距離を表す数字ですが、壁や天井が崩落している箇所が増えてきたのであまり見つけられませんでしたが、たまに無事な壁があり徐々に数字は減っているように見えました。
何度かのキャンプを繰り返しながら進んでいくと、遠くに光が見えてきました。ディロンさんの精霊探知では外気を感じるという事でしたので、もしかすると出口なのかもしれません。
わたくしも皆さんも嬉しくなって足早に光がある方へ進んで行くと通路が大きく崩れた跡があり、その上の方の狭い隙間から光が射していました。周りを崩さないように慎重にガレキの山を登り、人ひとり分程度の狭い隙間を抜けると、そこは広い円筒形の空間でした。ざっと見たところ広さは直径が五〇メートルはありそうです。そしてその空間の上を見上げると青空が見えますが、縦穴のように深くなっていて上までは数十メートルはあるように見えます。
「でもここ臭いね……」
ファナさんが言うのも当然です、その円筒形の空間には何か獣の骨の様なものやドロドロした茶色い物体が散乱しているのです。
「こいつは……獣の骨と糞だね。ここは何かの巣なのかも……」
アンさんは糞と言われたものを観察しながらそう仰いました。
「でも、この散乱している骨は結構大きな獣のものじゃないか? 俺達が入ってきた隙間は人ひとりがギリギリ通れるくらいだったし、他には大きな出入口は無さそうだが……」
マーシウさんはそう言いながら周囲を調べています。
「出入口ね、なんとかこの上に登れないかしら……空が見えてるから登れれば出られそうじゃない?」
シオリさんも周囲の壁を調べています。
「空でも飛べればこの上から出られるのに……」
ファナさんは唇を尖らせています。
「あっはっは、鳥にでもなりゃあ飛べるかも……ね……」
ファナさんと冗談を言っていたアンさんの表情が上を向いたまま引きつっています。
「アン姐?」
ファナさんがアンさんに問い返した次の瞬間、頭上から聞き覚えのある声と翼のはばたきが聞こえました。
「飛竜!?」
わたくし達は頭上を見て同時に叫びました。
「みんな、物陰に隠れろ!」
マーシウさんがそう叫びます。わたくしは辺りを見回して、とりあえず目についた大きなガレキの陰に隠れました。
飛竜は急降下して襲い掛かってきました。ファナさん、シオリさん、ディロンさんがまだ隠れられていない事に気づいたマーシウさんは、部屋の中央に行って飛竜の注意を引きます。急降下してきた飛竜はマーシウさんの頭上で皮の翼を拡げて脚の爪で掴みかかろうとします。マーシウさんはそれを盾で受け流しました。
「ぐぅ?!」
流石に上空から勢いづいた飛竜の攻撃にマーシウさんも体勢を崩します。飛竜は着地せずに再び舞い上がると宙返りをしました。そして体勢を立て直そうとするマーシウさんに向かって再び脚の爪で襲いかかりますが、マーシウさんの目前で短い叫びを上げ、バランスを崩しながら明後日の方向へ着地します。よく見ると翼に矢が2本刺さっていました。
「はん、やらせないよ!」
アンさんは弓を構えて矢をつがえていますが弓が淡い光を放っていて、つがえた矢も同じような光に包まれています。周囲を見渡すとディロンさんとシオリさんが付与魔法を唱えています。わたくしの身体にもその効果を感じました。
(武器強化、鎧強化、重量軽減、護り、疾風……いつもの付与魔法ですね。でも、アンさん矢に使ったのは見たことないです)
飛竜は低く呻ってアンさんを睨みつけるように威嚇してから再びはばたいて舞い上がってから急上昇します。
「逃さないって!」
急上昇した飛竜に向けてアンさんが連続で何本も矢を放ちます。そしてその矢は飛竜を追いかける様に軌道を変えて矢としては有り得ない曲がり方をして飛竜の翼に命中しました。
(あれは……ディロンさんの精霊魔法、風繰りの射手?)
飛竜は悲鳴の様な咆哮を上げて、きりもみするように地面に落下しました。その間に皆さん体勢を立て直してそれぞれ位置取りをします。飛竜は牙を剥き出して怒号を上げ、アンさんへ向かって走り出します。既にアンさんは回避行動に移っていて、大きな瓦礫の後ろに隠れました。飛竜は瓦礫の向こうを狙って首をくねらせて噛みつこうとします。
アンさんはすでに瓦礫の反対側の狭い隙間から抜け出していますが、飛竜は気付いていない様です。
「……沼の精」
ディロンさんが飛竜に向かって精霊魔法を唱えると、飛竜の足元がぬかるみのように沈んで飛竜が藻掻きます。それを見ていたファナさんが自信満々な顔で両手で長杖を構えて飛竜に向けました。
「行っくよぉ……稲妻!」
ファナさんの長杖から火花が散り、先端から閃光が走った後に雷鳴が轟きました。稲妻が命中して白い煙を上げながら力を失くして飛竜は地面に倒れました。
「やっりぃ!」
ファナさんは長杖を掲げて喜んでいます。アンさんは大きなため息をついて構えていた弓を下ろしました。
「ファナさまさまだねえ全く……ディロンの沼の精からの攻撃魔法は鉄板だよね」
「……飛竜の倒れている向こうの壁に階段の様なものが見えるな」
ディロンさんが指さした所はこの空間の外壁で、壁に沿って螺旋状に上り階段の様なものが見えます。階段一番下は大きなガレキで崩れていますが、ガレキを登れば途中から階段に辿り着けそうです。ガレキの前には飛竜が横たわっています。
「飛竜の死体を確認する、みんな一応注意をしておいてくれ」
マーシウさんは盾を構えながら慎重に近づきます。他の皆さんも構えながら固唾をのんで見守ります。マーシウさんは口を開けて泡を吹いて舌をだらしなく垂らして地面に横たわる飛竜の顔を覗き込みます。鱗は所々剥げ落ち、肉の焦げた匂いをさせて水蒸気のようなものが身体中から立ち昇っています。
「……死んでるか?」
マーシウさんが剣の先で頭を軽く突いた時、白目を剥いていた飛竜の目がマーシウさんの目と視線が合いました。
「!?」
マーシウさんは盾を構えながら慌てて後方に下がります。飛竜は激しい咆哮を上げながら首や尻尾を振り回しながら飛び起きました。振り回した尻尾をマーシウさんは盾で受けますが強烈な一撃に尻もちをついて転倒します。
「ぐあ!?」
転倒したマーシウさんに向かって飛竜は尻尾を鞭のようにして打ちつけます。マーシウさんはそれを横に転がってなんとか躱しました。
「くそったれ!」
アンさんが飛竜に矢を射かけて命中したのですが、飛竜は今度はアンさんの方を向いて絶叫しながら走って突進してきました。
「やっば!?」
アンさんは近くにあるガレキに向かって走りました。
 




