第二一一話「仕掛け箱のブローチ(前)」
これは、古物鑑定士セシィ・プラムヤードの備忘録──。
私は子爵令嬢セソルシア・ヴィフィメール。またの名を古物鑑定士セシィ・プラムヤードと申します。
幼き頃より、古い道具や食器、美術品、果ては不思議な魔道具等に興味を持ってしまい、それらの真贋鑑定を独学で学んでいた所――そういう珍しい品々を持つことが貴族界隈で流行していて、鑑定士という存在が注目されて私にもお話が来るようになりました。
初めは本当に趣味で、お父様のお知り合いの方々からの依頼で鑑定をしていたのですが……人づてで依頼が増えて、皆さん私を“鑑定士”とお呼びになるので、事業として始めることになりました。というのも、私の親友であり生命の恩人が魔道具鑑定士として活躍していたのも理由のひとつです。
私は鑑定士としての活動の為に貴族区と市民区の境界にある中央図書館の近くに事務所を構えていました。そんな私へのご依頼のひとつに印象深いものがありましたので、ここに記録しておきます。
……それはある日の午後でした。
午前中は資料の整理をして早めの昼食を摂り食後のお茶を頂いていると、扉がノックされ私の護衛を務める女性騎士ガーネミナが入ってきました。
「セソルシア様」
「ガーネミナ、ここではセシィと呼んで下さい。鑑定士業では身分が鑑定に影響することもあるのですと何度も説明していますよね?」
鑑定をするにあたり、家名が前に出ると貴族同士の人脈や身分等の力関係で鑑定結果が左右されることがありますので本名とは別に鑑定士名を名乗るのが推奨されています。今はガーネミナと二人きりなので構わないのですが──。
(鑑定士名で呼ばれるのが嬉しくて、なるべく呼んで欲しいのですよね……)
などと子供じみた事を思っているので、私もまだまだ未熟です。
「申し訳ございません、私はその……ご友人との愛称をお呼びするのが憚られまして」
ガーネミナは困り顔で視線を逸らします。
「あら、最初は親友との二人だけの呼び名でしたけど、今はもう鑑定士名として通ってますからね」
元々、セソルシアをセシィと呼ぶのは鑑定士になる切っ掛けをくれた友人だけでしたが、今では鑑定士名として名乗っています。
「……努力します」
「それで、何かありましたか?」
「はい、実はセシィ様に鑑定依頼がありまして……とりあえずお待ち頂いていますが、如何しましょう?」
(……今日の午後は特に予定がありませんね)
「分かりました、応接室へお通しして下さい」
わたくしが応接室で待っていると、ガーネミナが老婦人と従者らしき男性を伴って来ました。
「お初にお目にかかります、プラムヤード様、私はさる伯爵家にお仕えしている者にございます」
老婦人は恭しく礼をされましたので、私も返礼します。
「ようこそお越しくださいました、私が古物鑑定士のセシィ・プラムヤードです。早速ですが、鑑定のご依頼ということですね? お掛け下さい」
婦人が「これへ」と声をかけると、後ろに控えていた男性従者が持っていた木箱をテーブルに置きます。
「こちらは私がお仕えする伯爵家に代々伝わる食器の一部です。鑑定をお願い致します」
私は白布手袋を着け、断りを入れて木箱を開けます。中には三人分のティーセットが入っていました。
「これは現当主様の曾祖母様の更にお祖母様が輿入れの際にお持ちになったものです」
「なるほど──ざっと百年ほど前の古食器ということですね?」
老婦人は「はい」と答えると軽く会釈をしました。
「……そうお聞きしております」
私はティーセットの器、皿、銀匙などに目を通します。
(……これは)
「誠に申し上げ難いのですが……残念ながらこの品は、お話とは異なる物とお見受けします」
私の見解に婦人は顔色ひとつ変えません。
「根拠はございますか?」
「はい。このカップやお皿の使われている釉薬――陶器に色付けする薬品ですね、この色は比較的近年に作られたものですので百年前のものと言うのは疑問です。それに、匙も銀ではなくて銀鍍金ですね」
セットの品々を手に取り説明しますと、老婦人は深々と頭を下げました。
「お見逸れしました。流石は噂に名高いプラムヤード鑑定士ですね。試す様な無礼をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、ご納得頂けましたか?」
用心深い依頼者は時折こういう試し行為をされるのは珍しいことではありません。
(それに家名を名乗らず”伯爵家”とだけ仰っていましたからね──)
「改めまして、わたくしはプリスモー伯爵家にお仕えしております家政婦長のソリューと申します。プラムヤード様には是非、我が主の鑑定依頼をお受け頂きたくお願い申し上げます──」
ソリューさんは席を立ち、深々と頭を下げます。後ろの従者もそれに倣い頭を下げています。
「承知致しました、お受け致します──」
私も立ち上がり、淑女礼で返礼しました。
――こうして、私はガーネミナを伴い家政婦長のソリューさんの馬車に同乗してプリスモー伯爵家へと向かいました。
到着すると、ガーネミナには馬車で待つように言い、お屋敷へと入ります。
伯爵家の客間に通されて暫く待っていると、扉が開き身分の高い貴族服の若い男性が入って来られました。私は立ち上がり、淑女礼をします。
「御足労かたじけなく存じます、セシィ・プラムヤード殿。私は当主のプリスモー伯爵、ガルファ・ランデンシア・プリスモーです」
プリスモー伯爵は会釈し、着座を促されましたので向かい合って座ります。改めてプリスモー伯爵を見ると、若い男性……というよりもまだ一〇代の青年に見えます。金髪で整った容姿ですが、まだどこか幼さの残る顔立ちです。
伯爵というお立場なので私の様な子爵令嬢には堂々としていても良いはずですが、鑑定士としての私に緊張されているご様子です。
「本日は私、セシィ・プラムヤードの鑑定を御所望とお聞きし、参上致しました……」
「あ、いえ、その前に先ず。家人に命じ試すような事をした非礼をお詫びします」
プリスモー伯爵は私の言葉を遮り、頭を下げました。私は戸惑いつつ椅子から立ち上がり、床に片膝をついて礼をします。
「顔をお上げ下さい伯爵、鑑定というものは互いの信用に依って成り立つものにございます。私の鑑定についてご納得頂けましたら、何よりですので、お気になさらず……」
そして、挨拶も終わり本題に入ってゆきます──。




