第二一〇話「西方からの帰還」
──転移装置の地下迷宮から戻り、ザリウ辺境伯へご報告しました。すると「ぜひ装置を使えるようにせよ」とのご指示を賜ります。
わたくしは数日の休養を挟み、辺境伯と共に転移装置の調査と転移試験に明け暮れる日々を送りました。
同時に、遺跡の周囲では烈なる朱色をはじめ多くの冒険者が動員され、怪物の排除と道の整備が着々と進みます。
調査と実験の結果、以前わたくしが調査し稼働させた転移装置とも書簡を交わせるようになり、装置の稼働を確認できました。さらに帝都皇宮地下の転移装置との書簡の行き来も成功。残るは実際に人間の転移の検証のみです。
わたくし、数か月も帝都を離れておりましたのでこれを機に実験も兼ねて一度戻ることにしました。
「レティ、本当に自分で試すのか?」
「他の方を危険にさらす訳にはいきません。ですから、当然わたくしが」
転移装置の被験者は今のところ適任者はおらず、調査を主導しているわたくしが務めるのは必然でもあります。
(他人を実験台にするなど、許されません──)
帝都とイェンキャストとの転移装置での往復はもう何度もしていますので、十中八九問題無いであろうとは思いますが──やはり、新たな装置での最初の転移は慎重になります。
「ウェルダさん、どうされます?」
ウェルダさんに確認のためこっそり耳打ちします。
「どうって……レティが試すなら大丈夫でしょう? 普通に船便で帰ったらひと月くらいかかるじゃない。いいわよ転移装置で──」
ザリウ様は改めて転移装置をしげしげと眺めています。
「ふむ……レティが大丈夫と言うなら、信じるしかないな。向こうからこちらへも戻れるのだろう?」
「はい。双方向での転移は確認済みです」
「なら安心だ。また気軽に顔を出してくれよ」
「気軽に使うにはまだ程遠いですが……お気持ちだけありがたく頂戴致します──」
「レティ、お見送りの方がいらしてます」
ザリウ様と言葉を交わしていると、ウェルダさんはザリウ様の奥方様たちを連れて来られました。
「レティ、帝都に戻るのね。お父様にはこちらを、お母様にはこの箱を──よろしくお願いね?」
ナーラ姉様は小箱を二つ、丁寧にわたくしへ渡します。
「はい、ナーラ姉様もどうかご健勝で」
わたくしの手を握る姉様の指に、名残惜しさがにじんでいました。
「レティ、また遠乗りに行きましょう。これは──あの時の恐狼の毛皮で作ったのよ」
クファーミンさんは暖かな毛皮の襟巻を手渡してくれました。
「ありがとうございます……大切に使わせていただきます」
「レティさん、また一緒に冒険をしたいわ!」
「魔道具のお話も、もっと聞かせてくださいね──」
双子姉妹のハシュリィさんとカリティさんとも、笑顔で握手を交わします。
「ぜひ、また──その日を楽しみにしております」
こうして、わたくしとウェルダさんは転移装置を介して帝都へ帰還しました。
──久しぶりの帝都は、西方のジャシュメルより肌寒く感じられます。自宅の扉を開けると、メイドのベルエイルが迎えてくれました。
「お帰りなさいませレティ様! ウェルダ様も──」
「ベル、長らく留守にしてごめんなさいね──」
彼女とは定期的に伝書精霊で手紙を交わしていたので、最低限の情報は共有済みです。
「お湯を沸かしております。湯あみなさいますか?」
「いえ……ああ、そうですね。では髪を洗って頂戴──」
転移装置で戻ってきたので、殆ど汚れてもおりませんけれど──ベルエイルに髪を洗ってもらうのは、何より心が安らぐので、お願いしました。
「ありがとう。お願いね、ベル」
「はい!」
ベルに髪を洗って梳いて貰う──幼い頃から続く習慣です。再雇用してからも、こうして任せています。癖の強いわたくしの髪を一番知っているのは彼女でしょう。
桶に張られた湯からは心地よい香りが漂っていました。
「この香りは……?」
「はい、セソルシア様から頂いた香油を使っております」
そういえば、留守中に頂いたと手紙にありました。
「本当に良い香り……セシィのこういった感覚は流石ですね」
「お礼はどうなさいますか?」
「まずはお礼状を。それから……いえ、久々に直接会えればよいのですが──」
「ええ。きっと、お喜びになりますわ」
(セシィは古物鑑定士として多忙だと聞いています。日程が合えばぜひ久々に会いたいものですけれど──)
そんな事を思いつつ髪を梳かれながら、心地よさに身を任せウトウトと居眠りをしていました。
第九部「帝国西方編」 終




