第二一話「一難去ってまた……」
――ウォディー高地を二分する大きな峡谷を進むわたくし達は首と尾が長くウロコに覆われて皮の翼をもつ空飛ぶ怪物と遭遇しました。
(あれが飛竜ですか……大きさは頭から尻尾の先まで大体五メートル以上はありそうです。翼は多分広げれば一〇メートルはあるでしょうか? たしかに図鑑と同じような姿です)
「前に来た時はあんなの居なかったのに、なんてこと……」
アンさんは険しい表情をされています。
「獲物を掴んでいたな、恐らく巣に戻るところだから俺たちには気付いていないと思う。様子を見つつ姿勢を低くして進もう」
確かに飛竜は二本の脚で獣のような何かを掴んでいました。マーシウさんがアンさんに進むように提案すると、アンさんは頷いてから低い姿勢で先頭を進んでいきますけれど――しゃがみながらの移動が凄く速いです。流石は遊撃兵ですね。
「飛竜に気付かれたら戦わざるを得ないでしょうか?」
素朴な疑問を口にしてみましたが、皆さん引きつった表情でわたくしを見つめています。
「レティ、飛竜とかああいう空飛ぶ怪物は俺達みたいな一介の冒険者では相当準備するか、有利な条件でも無いと倒すのは困難だろうな。空を飛ぶというのは、向こうが一方的に上からこっちを襲えるということだから、こんなにヤバいことはない」
(確かに、空からあんなに大きなものが襲い掛かってきたら対処する方法が……恐ろしい怪物ということですね……)
わたくし達がしゃがんで移動していると再び咆哮とはばたきが聞こえてきました。アンさんは地面に伏せて皆さんにも同様にするよう掌で下げるジェスチャーをしました。わたくし達が伏せて様子を窺っていると、さっきと反対方向に飛竜が飛び去って行きました。
みんなで大きなため息をついていると、再び咆哮が聞こえてきてこちらに迫ってくるように聞こえました。
「まさか……」
アンさんが頭を上げて上空を探っていると、飛竜が再び飛んできました。咆哮を上げながらわたくし達の頭上を旋回しています。
「こりゃ見つかってるな……行くぞ!」
「待って、補助魔法をかけるわ……疾風……速き靴……いいわ行きましょう!」
シオリさんが魔法を唱えると、身体がとても軽快に動きます。特に脚は歩いていても走っているような感覚がします。飛竜は旋回を終え、崖に沿って滑空しながらわたくし達をすれ違いざまに噛みつこうと襲い掛かってきます。アンさんの合図で全員で伏せたお陰で飛竜の牙は空振りしてそのまま後ろへ抜けて行きました。
「みんな行くぞ!」
飛竜が再び旋回に入ったのでその隙にわたくし達はまた走り始めました。しかし、曲がりくねった崖沿いの道しか歩けないわたくし達に対して空を飛ぶ飛竜は容易に追い付いてきます。
(マーシウさんの仰ったとおりです、空を飛ぶ怪物というのは本当に恐ろしいです……)
飛竜はわたくし達を追い抜いて前方に回り込み、道の際をはばたきながら滞空しています。
「くそ! 道を塞ぐつもりか!?」
飛竜は器用に翼を動かして浮揚しながらわたくし達に近づいてきます。マーシウさんが前に出て盾を構えていると飛竜は脚の爪で攻撃してきました。人間ほどもある太く大きな二本の脚の先には、まるで片刃剣の様な長く鋭い爪が付いていて猛烈な力で引っ搔いてきます。それをマーシウさんは盾に角度をつけて上手く力を逃がしているようです。マーシウさんは飛竜の脚の引き際を狙って剣で斬りつけて牽制しています。
飛竜の狙いがマーシウさんに集中していたその時、ファナさんは立ち上がって長杖を前に突き出して構えました。
「いっくよ! ……光の矢!」
ファナさんの長杖から発せられた光の矢は飛竜の胴に命中しました。飛竜は悲鳴のような声を上げながらフラフラと谷底に落ちて行きます。
「っしゃあ!」
ファナさんは握りこぶしを前に突き出して喜びます。
「今のうちに逃げるぞ!」
マーシウさんがそう叫ぶとファナさんは不服そうな顔をしています。
「えー、このままやっつければいいじゃん!」
「戦うにしてもこんな場所じゃ危なくて仕方ないでしょ?」
ファナさんはシオリさんに諭されて唇を尖らせながら走ります。すると峡谷の下の方から咆哮が聞こえてきました。
(やはりまだ生きていますね……)
「来る……みんな伏せ――」
マーシウさんが伏せろと言いかけた時、わたくし達に飛竜の脚の爪が襲い掛かりました。幸い伏せたことで逸れたようですが、わたくし達の立っていた位置の崖が爪で引っ掛かれて砕け、小さな岩の破片が降ってきます。痛かったですが怪我をするほどではありませんでした。
「走れ!」
マーシウさんが叫び、わたくし達は走ります。そして咆哮と共に飛竜は崖下から急上昇してわたくし達を見下ろす位置で浮揚しました。
「来るぞ!」
アンさんがそう叫んだ次の瞬間、飛竜は爪をわたくし達に向けながら急降下してきました。皆さんそれぞれに飛び退いて躱します。細い道なので危うく落ちそうになりました。
飛竜は崖に激突して一瞬動きが止まりましたが、すぐに頭を振って起き上がり再び崖下に向かって滑空していきました。恐らくもう一度同じように突撃してくるつもりでしょうか?
「くっそぉ、こんな所で……一方的にやられてたまるかよ!」
マーシウさんは立ち上がり飛竜を睨みつけます。
「みんなこっちだ!」
叫んでいるアンさんの方を見ると、飛竜の身体が当たった崖の一部が崩れて、人が一人通れそうな穴が空いています。
「よし、みんな走れ!」
ディロンさんが立ち上がり儀礼用短刀をかざしました。
「……鬼火」
ディロンさんは鬼火を呼び出すと短刀を飛竜の方向に向けます。すると鬼火は飛竜に向かって飛んでいき、顔前で弾けて激しい光を発しました。飛竜は咆哮を上げながら首を振り回して藻掻きながらフラフラと下降していきます。その隙にわたくし達は走って崖に空いた穴に飛び込みました。
「きゃあ!? わ、わぁぁぁ!?」
先に飛び込んだアンさんの悲鳴が聞こえて、一瞬躊躇しましたがわたくし達はもう穴に飛び込んでしまった後でした。
(さ、坂? 急な勾配になっているのですか!?)
わたくし達が飛び込んだ穴は下り坂になっていて、飛び込んだ勢いで滑り落ちていきます。暗いので様子も分からない状態でわたくし達は折り重なりながら滑り落ちて行きました――そして不意に床の感触が無くなります。
「え、落ち……」
「嘘だろ!?」
先頭を滑り落ちたアンさんとマーシウさんの悲鳴が聞こえました。「ひょっとして死ぬかもしれない……」と覚悟しましたが、すぐに地面がありました。幸い高さはさほど無かったようです。
「痛たたた……みんな、大丈夫?」
アンさんの声がしますが、目の前は真っ暗で見えません。声が響いているので恐らくそれなりに広い空間なのかもしれません。わたくしは手探りで腰ベルトに差した見習いの短杖を取り出して灯かりを唱えます。
「……皆さん、ご無事ですか?」
わたくしは立ち上がって周囲を照らします。パーティーの皆さんは呻きながら倒れていましたが、わたくしの問いかけに「大丈夫」と応えてくれました。皆さん軽い打ち身や擦り傷程度で、大きな怪我をされた方は居ないようです。周囲を見渡すと、人工の建物の内部と思われます。
(ここは……この雰囲気は辺境の地下迷宮を思い出します……)
部屋……というより大きな通路に見えます。幅はゆうに二〇メートルはありそうです。天井は半円形ですのでトンネルなのでしょうか。建築様式から見るとやはり古代遺跡の類と思われます。上を見上げると壁の二メートルほどの高さの位置に穴が空いていて、恐らくわたくし達はそこから滑り落ちてきたのでしょう。思えば峡谷の崖には古代遺跡の様なものが所々に見られましたので、ウォディ―高地自体が何かの古代遺跡だったのかもしれません。
(出口を探さなくてはいけませんね……)




