第二〇八話「烈なる朱色」
──地下迷宮から帰還して数日後、ジャシュメルの冒険者ギルドを通じて「転移装置調査」の依頼がわたくしに届きました。依頼主はザリウ様のはずですが、辺境伯から直接の依頼では色々問題があるという事で、名前は偽名を使われていました。
今回の依頼は──再び転移装置を起動し、残存する魔獣を討伐するというもの。さすがにザリウ様や奥方様が繰り返し危険を冒すのは……と、家臣の方々に窘められていました。
(ご本人達は不服そうにしておられましたが……仕方ありませんよね)
わたくしの護衛としてウェルダさん、さらに烈なる朱色ギルドの方々が同行することになりました。今回参加してくださったのは四名です。
リーダーで戦士のガナルさんは、東方大陸の「カタナ」に似た長大な剣を帯びていました。わたくしの背丈ほどもある刀身は、通常のカタナより遥かに大きいものです。
「あの……それはカタナ、でしょうか? 随分大きいような──」
「これか? 聞いた話じゃ、帝国の鍛冶師がカタナを再現しようとして造った代物らしい。銘は──」
「ええっと、ヴナレード作亜竜斬りですか?」
名匠ヴナレード──およそ四〇〇年前の鍛冶師で、生涯に数多の武具を残した名工です。東方のカタナに衝撃を受けた為に、それを超える剣を造ろうと晩年は工房に籠っていた……と、伝えられています。
ヴナレードの作る武具は質実剛健──あくまで実用性重視なので使い潰されてしまったものもが殆どで、現在まで伝わっているものは多くありません。飾り気も無いので美術品としては向かず"知る人ぞ知る名品"と言われています。
「さすが、公認魔道具鑑定士だ──よく知ってるよな」
──とはいえ、そんな稀有な剣を所持しているという事実そのものが、ザリウ様に推挙された証でしょう。
「亜竜斬り──帝国製の剣の頑丈さと、カタナの斬れ味、剛性、柔軟さを兼ね備え、亜竜の鱗すら断つ剣……でしたね」
「まあ、実際には腕が伴わなきゃ、鱗に刃を立てるどころか刃こぼれだがな」
(そもそも"それなりの腕"が無ければ、亜竜と相対することすらできませんよね……)
「お喋りはいいが、さっさとやることやっちまおうぜ?」
そう口を挟んだのは、銀髪で大盾を構える戦士のドゥルガーさん。長身と鍛え抜かれた体躯が目を引きます。年齢も恐らくザリウ様と同じくらい──三〇半ばといった感じで、熟練者の雰囲気がある方です。
「すみません、珍しい武具を見るとつい……」
「仕事が済んだら、飯でも食いながら俺たちの武具を見てくか?」
ドゥルガーさんがニヤリと笑みを浮かべます。
「良いのですか?! ぜひ──」
「ちょっと、ドゥルガー。まさかレティさんを口説くつもりじゃないでしょうね? ザリウさんの義妹よ?」
呆れたようにため息をつくのは、金髪の女性魔術師エルミスさん。
「んなわけあるか!」
「どうだか。急かしてた割に雑談広げてるし──」
エルミスさんは怪訝な目を向けます。
「あ、あの……依頼人の前で争うのは……」
おずおずと口を挟んだのは、褐色肌の女性治癒魔術師ナナンさん。辺境出身でドゥルガーさんに匹敵する長身ですが、その物腰は柔らかく口調も控えめです。
「ナナン、大丈夫よ。ドゥルガーと本気で喧嘩するはずないから」
「そうだぜ。誰かさんと違って、俺は冗談が通じるタチだからな」
二人は笑みを浮かべ、見つめ合って「フフフフ」と意味深に芝居がかったように笑いました。
(仲が良い友人同士、という事でしょうか──)
「──二人とも、じゃれ合いはその辺にしとけ。レティさん、段取りを」
ガナルさんが呆れ顔で仕切り直しを促しました。
「え、あ……はい!」
わたくしは知りうる限りの転移装置の情報を簡潔に説明しました。装置に表示される数字は転移される魔獣の数を示しており、数字を消すためはここへ転移させる必要であることも。
「要するに、そこから出てくる魔獣を倒せばいいわけだな?」
ガナルさんが端的に問います。
「思ったより単純じゃねえか」
余裕を見せるドゥルガーさん。
「──ただし、出現する魔獣の種類は装置の数字では判別出来ませんので、転移されてくるまで分かりません」
わたくしは注意を促します。
「ザリウ様が戦った竜角兵のような強敵が現れる可能性もあります、お気をつけください──」
「ま、とにかく始めてみるしかないわね──ナナン、支援魔法は取り合えず基本形で」
「はい──」
エルミスさんとナナンさんは少し下がって配置につきました。ガナルさん、ドゥルガーさんもそれぞれ武器を構えます。
わたくしは制御室の台座の前に立ちました。
『皆さま、ご準備はよろしいでしょうか?』
全員には魔道具"拡声の装飾"を渡してあります。制御室に居るわたくしの声はブローチを通じて、耳飾りに直接届く仕組みです。
一方通行なので皆さまの声は届きませんが、挙手で応えてくだされば確認できます。手が次々と上がるのを見て、わたくしは転移装置を起動しました。




