第二〇五話「魔剣とザリウ」
──四本腕の竜角兵が、ふた振りの大剣を振り上げ、ザリウ様へ斬りかかります。
しかしその猛攻を、断頭石大剣で角度をつけて受け流しつつ、そのまま身を捻ると剣は加速し──敵の左脇腹へと叩き込まれました。
金属がぶつかり、ひしゃげる音が重なって響きます。
魔剣の切っ先は敵の胴鎧に命中し、板金を割って脇腹へ深くめり込みました。勢いに押された竜角兵は横によろめきます──が、すぐさま残った腕のひとつで間近のザリウ様を殴りつけました。
「ああっ……っ!」
思わず短く悲鳴を漏らしたわたくしをよそに、ザリウ様はその一撃を魔剣で受け流しながら、敵の背後へと素早く抜け出しました。
「腕が四本もあるんだ、そりゃ警戒するさ」
その言葉どおり、竜角兵は背を向けたザリウ様へ右手の大剣で横薙ぎに斬りかかります。けれどそれもまた魔剣で受け流し、そのまま円運動に転じて──背中へ斬撃を叩き込みました。
「ゴシャア」と重い打撃音が響き、その強烈な一撃が敵の肩口の鎧へ魔剣を深く食い込みませます。
「これでどうよ──」
ザリウ様は魔剣を引き抜くと、間合いを取って距離を置きました。
その瞬間、竜角兵のひしゃげた鎧が青白く光り、光が収まる頃には傷ついた箇所が元通りに修復されていたのです。
「ゲェっ、なんだコイツ!? 効かねえのかよ……」
自己修復する竜角兵と魔剣を振るうザリウ様が、再び正面から剣戟を交わし始めました。わたくしは慌てて記憶と知識を総動員し、思考を巡らせます。
「面白え戦いなんだがな──生憎、あんまり時間が無いんだよ。なあ、相棒?」
そう言ってザリウ様は魔剣に目を遣ります。
(わたくしの魔力消耗を気にして下さっているのでしょうけれど──)
けれど、ザリウ様ご自身も連戦と魔導具鎧の負荷により、そう長くは保たないはずです。
(何か、突破口になる知識を……)
思考を巡らせて、ふと思い出したのは以前鑑定した例の「竜舎利ゴーレム」。あれは内部の魔術結晶を破壊することで動きを止めました。
しかし、竜牙兵であるこの敵には、通常そのような核は存在しないはず……。
(──そもそも、使役する術者の存在が感じられません。ならば命令や魔力は、どこから?)
ならば、それらを司る中枢──つまり核が存在してもおかしくはありません。
合体・変形・戦闘・自己修復をすべて自律してこなすのであれば──古代魔法文明において、魔術結晶による制御が最も合理的です。
「ザリウ様、核があるはずです。ゴーレムのような──」
「ゴーレムの核……おう、あれか。仕留めたことあるぜ、了解だ!」
そう言って、ザリウ様は防御と回避へと動きを切り替え、敵の動きを観察し始めました。
「これってあれか、自律甲冑ってやつと同じ構造か?」
(自律甲冑、久しぶりに聞きましたね……)
わたくしが初めて出会った怪物です。
それは置いておき──魔術結晶ならば、魔力視で探知できるはずです。わたくしは懐から魔力視眼鏡を取り出し、敵を観察しました。
(見えますね……青白く輝く、ふたつの魔力の塊──)
「ザリウ様、左右の胸部です! 肺のあたりに、それぞれひとつずつ──」
「そりゃまた厄介だな……狙いづらい上に、一番固い部位じゃねえか」
「弱点ですから、当然ですね」
「でもまあ、中身が狙いならやることは一つだ」
ザリウ様は前に構えていた魔剣を肩に担ぎ、前傾姿勢を取ります。
「えっと、それは──」
「行くぜ、相棒?」
ザリウ様の動きが変わりました。守勢から一転、攻撃に転じます。敵のふた振りの大剣をギリギリでいなしつつ、反撃。さらには蹴りで体勢を崩し、畳み掛けるように連撃を加えていきます。
そして、敵が両腕の大剣を同時に振り下ろした瞬間──ザリウ様はそれらを足場に跳躍し、魔剣を真っ直ぐ頭部めがけて振り下ろしました。
『──斬岩砕鋼!』
竜角兵の身体が、頭から股下まで一直線に断ち割られました。
(ああっ!?)
あまりの豪快な一撃と、見たこともない破壊力に息を飲みます──が、敵の身体が再び、青白く輝き始めました。
「まさか、あの状態から自己修復!?」
やはり、核を残している限り再生してしまうようです。
「させねえよ──!」
ザリウ様はすかさず、裂けた胴体に両腕をねじ込み、内部の輝く結晶をひとつずつ掴み出します。
「ザリウ様、まだ再生が止まりません!」
「しつけえな、これでどう……だ!」
ザリウ様は、両手で握りしめた魔術結晶同士を思い切り叩きつけて砕きました。次の瞬間、竜角兵はガラガラと崩れ落ち、ただの瓦礫と化します。
「ヒュゥ……さすがに終わったか。助かったぜ、なあ──相棒?」
ザリウ様は核を掴み出す時に手放した断頭石大剣を拾い上げようとしました──が。
「うわっ、痛ぇっ!?」
魔剣はザリウ様の手を振り払い、頭を軽く小突いたあと、わたくしの元へ戻ると霧のように消えてしまいました。
「……なんだよ、まったく。なかなか荒っぽい魔剣だな、レティ?」
「す、すみません……ザリウ様の実力は認めたのでしょうけれど、『相棒』という呼称だけは否定したかったのかと──」
「なるほどな……ワハハハ!」
ザリウ様は、腰に手を当てて大きく笑いながら立っておられました。まるで、あの激戦の疲労など存在しなかったかのように──。




