第二〇二話「金剛鎧装」
──人型蜥蜴二体を目の前に、ザリウ様は不敵な笑みを浮かべながら金剛法輪を持った右手を前に突き出します。
『当に願う。妙高に住まう武功軍神の鎧を与え給え──金剛鎧装!』
ザリウ様の掛け声と共にかざした金剛法輪は光を発して、全身を包み、それは鎧と化しました。鮮やかな色彩の西方様式の曲面を強調した板金鎧を身に纏い、魔獣達を引き付ける様に派手に立ち回り始めます。
(突然、鎧が現れました……これは魔道具、魔法の鎧でしょうか?!)
攻撃手段は、素手──といいますか鎧の手甲部分での接近格闘をしています。本来ならば武器を持ってしても苦戦する相手に、互角以上の戦いをしていました。
人型蜥蜴の棘剣を尋常ではない速さで躱しながら反撃を入れたり、攻撃を手甲部分で受け流す様に弾いたり……二体同時に戦えるのは鎧の能力も凄いのでしょうけれど、ザリウ様個人の能力と技能があってこそだと思えます。
(しかし、鎧を召喚して装着というのはやはり魔道具の不思議な力という事でしょう……あぁっ、いけません)
ザリウ様の魔道具が気になって仕方ありませんが──気を取り直し、わたくしは転移装置の向こう側に見える通路に向かって壁伝いに進んで行きました。天井の柱たちが青白い光を発し、床の紋様も連動して発光を始めます。
「装置が?!」
経験上、これは転移装置が魔獣を新たに転送してくる可能性大です。
ザリウ様は二体の魔獣を戦闘面では圧倒しつつありますが、後ろに控える見つめる魔眼が命の泉やその他補助魔法をしている様です。
(流石に、お一人では限界が……)
だからと言ってわたくしが装置を止めねばこの状況はますます悪化するでしょう。
(この空間内程度の距離であれば有効範囲なので魔剣を召喚すれば?)
「牢よ開きて戦え、汝……」
『──俺にやらせろ』
首領の剣を魔獣達へ向け、どの魔剣が良いか瞬間的に思考していたわたくしの頭の中に声が響きました。目の前に光る紋様が浮かび、現れたのは断頭石大剣です。
「え、貴方ですか?!」
四〇人の盗賊の中でも最も強く、最も魔力を消耗する魔剣です。
「あ、あの……わたくしの魔力が持つかどうか分かりませんけれど……」
首領の剣に語りかけますが応えはありません。
(──とにかく装置を早く止めればよいですよね)
転移装置から青白い光の渦が発生し、更に二体の人型蜥蜴が出現しました。
「また?! 早くしないと……ではお願いします!」
断頭石大剣に声を掛けると「ブン」という風切音を上げて魔獣たちのもとへ飛んでゆきました。
わたくしも急いで目的の通路に辿り着きます。そこには人がすれ違えるくらいの幅の昇り階段があり、球形の壁に沿って上へ伸びていました。その先には二メートル四方程の部屋があり、制御用の台座と金属板が設置されていたのでここが制御室でしょう。
部屋にはガラス窓があり、先程まで居た転移装置の空間が見えて丁度建物の二階程度の高さです。
ザリウ様と断頭石大剣が戦っている様子が見えた瞬間、見つめる魔眼が断頭石大剣に真っ二つに斬り裂かれていました。
ザリウ様と魔剣の組み合わせでこちらが優勢に見えますので、今のうちに装置を止めようと台座を調べます。
ポーチから個人的に纏めた簡易古代語辞典を片手に金属板に映し出される文字を読んでいると、楽器の様な音が鳴り「転移開始」の文字が明滅を始めました。
「また転移ですか?!」
わたくしは台座の文字盤を操作して装置の停止を試みます。
(止まって下さい……)
「転移」「中断」の表示が現れたのでそれを実行すると、転移を示していた数字が減ってゆくのが止まりました。
「と、止まりましたけど……」
窓から現状を確認すべく覗くと、残っているのは二体の人型蜥蜴でしたが、再び天井の石柱が青白く発光し、光の渦が発生しました。
「完全には止められませんでしたか……気をつけてください!」
ここから声が届くかわかりませんでしたが、とにかく叫びました。
(新たに転送されてくることは防げましたけれど……)
一体何が来るのでしょうか、金属板の数字は以前の転移装置の時と比べて数が多かった気もしますが、よく覚えていませんし因果関係もわかりませんので、何とも言いようがありません。
そして、光の渦から現れたのは二メートルをゆうに超える二体の大きな人型の物体です。それは歪な骸骨が騎士鎧の様な物を纏い、大きな両手剣を持つものです。二本の脚で立っていますが、不自然に前傾姿勢なので人ならざる雰囲気があります。それぞれに金色の鎧と銀色の鎧を纏っていました。
(何より、人というには大き過ぎます……)
「竜牙兵……いえ、その上位、竜爪兵もしくは更に上位の竜角兵かもしれません──」
未知の敵の更なる出現に恐怖と戦慄を覚えます。しかし、こんな状況でも心の奥底にある好奇心と知識欲が湧き上がる自分自身をそろそろ認めて、上手に付き合っていくべきだとも感じていました──。




