第二〇一話「戦士の矜持」
──わたくしとザリウ様の前には、以前に地下迷宮で戦った人型蜥蜴が待ち構えていました。
「ザリウ様、お気をつけ下さい。かなり厄介な相手でしたので……」
「厄介か、了解だ」
人型蜥蜴はわたくし達に気付いたらしく、こちらへと向かってきます。右腕の盾の如き鱗と左腕の剣の如き棘を構えながら間合いを詰めて来ました。
「へ、剣士気取りかよ、様になってるじゃねえか……左利きとは面白いねぇ」
ザリウ様は虹黒檀の木剣を身体の正面で構えました。
『斬り裂く剣となれ』
ザリウ様の言葉で木剣が発した白い光は長剣の形を取りました。
「ザリウ様?」
「レティ殿、最初の一撃は任せてくれ。それで仕損じたら魔剣で援護を頼む」
ザリウ様は視線を人型蜥蜴に向けたまま言いました。
(それは……戦士の誇り、矜持というものでしょうか?)
ザリウ様は剣を構えながらにじり寄る様に間合いを詰めてゆきます。警戒している様子だった人型蜥蜴は姿勢を低くした次の瞬間、左腕の剣状の棘を前に突き出しながら突進してきました。
(え……速い?!)
その素早い動きは、わたくしには予備動作すら認識出来ず、以前遭遇した人型蜥蜴よりも格段に鋭い動きに思えました。
金属がぶつかる様な高い音が響き、ザリウ様と人型蜥蜴は交差します。
「ザリウ様!」
交差した瞬間、黒い飛沫が飛び人型蜥蜴の肩の辺りの鱗が砕け散りますが、致命傷ではありません。
棘剣の刺突を光剣で受け流して躱したザリウ様に向かって尾を振るって反撃します。ザリウ様は尾の一撃を地面に転がって躱しましたが、体勢が大きく崩れていました。わたくしはザリウ様の「最初の一撃だけ任せてくれ」という言葉を思い返します。
(初撃の攻防が終わりましたので、もうご助力差し上げても大丈夫ですよね?)
『……牢よ開きて出でよ魔剣』
わたくしの周囲に光る紋様が五つ程浮かび、そこから短剣が人型蜥蜴へ向かって矢のように飛びます。
不意を突き人型蜥蜴の身体に短剣が二本刺さりますが、あとの三本は右腕の盾状の鱗と尾で弾かれました。
人型蜥蜴はわたくしに狙いを定める姿勢を低くしました。先ほどの突進を思い出し、恐怖と緊張で肌が総毛立ちます。
「余所見してんじゃねえぞ──」
姿勢を低くしていた人型蜥蜴に対してザリウ様は、低く通る声と共に上から頸部を光の槍で刺し貫きました。
人型蜥蜴の身体は力を失いうつ伏せに倒れます。ザリウ様の刺した光の槍は消え、傷口からは黒い粘液がどろどろと垂れて床に広がりました。
「レティ、良い牽制だったぜ、流石だな……おっと、呼び捨ては失礼だなレティ殿」
辺境伯であるザリウ様がわたくしをどう呼ぼうと、わたくしには選択の余地はありませんけれど。
「いえ、ザリウ様のお好きな様にお呼び下さい……」
戸惑いつつそう答えるしか無かった。
──わたくしとザリウ様は、人型蜥蜴の立っていた通路の終わりから奥へと進みます。回廊よりも少し狭い通路の先には直径五〇メートルは有りそうな大きな半球形の空間があり、中心の床には青白く光る紋様が描かれています。
そしてその空間、中央には見つめる魔眼、それを護るかの様に人型蜥蜴が二体居ます。
「ここが転移装置の部屋か?」
「左様です──」
今まで見た転移装置とは少し形状が違いますが間違いないでしょう。違いは、球形天井の中心部付近には円を描く様に直径一メートル程の円柱が配置されいること……従来は床にあった転送の為と思われる装置、円柱が天井にあることです。
(操作盤……台座は何処でしょう?)
今までなら円柱の並びに配置されていた転移装置の操作盤である台座が見当たりません。周囲を見渡すと、わたくし達の反対側の壁に狭い何かの入り口の様な物が見えます。
(あそこに制御する仕掛けがあるかもしれません……)
「ザリウ様、わたくしあそこへ行きたいのですが、この状況は厳しいですね……」
ザリウ様に入り口の存在を指差してお知らせしました。
「あっちに仕掛けか何かあるんだな……よし、こりゃ久々に本気出さねえとな」
ザリウ様は腰のポーチから手のひら大の何かを取り出します。それは真鍮色の車輪の様な形をした装飾品です。西方大陸の儀式に使う「金剛法輪」と呼ばれる物だと、以前読んだ書物に描かれていました。
「俺が引き付けるから、その隙に駆け抜けろ……」
「ザリウ様?!」
ザリウ様は相当お強いとは思いますが、人型蜥蜴二体に見つめる魔眼をお一人というのはあまりにも無謀に思えます。
「大丈夫だ。まあ、あんまり長引くとマズいが──なんとかするからよ」
ザリウ様は不敵な笑みを浮かべ、金剛法輪を持った右手を前に突き出します。
『当に願う。妙高に住まう武功軍神の鎧を与え給え──金剛鎧装!』
ザリウ様の掛け声と共に胸の金剛法輪は光を発して、全身を包み、それは鎧と化しました。
(魔法の鎧を召喚?! あのような魔道具が……)




