第二話「追放令嬢と冒険者と自律甲冑」
私たちは魔術師のファナさんが見つけた部屋の出口から出てみると、高さ一〇メートル程度、幅が五メートルくらいの大きな通路がまっすぐ続いていました。通路の奥までは二〇〇メートルはあるでしょうか。そこからは通路が半分くらいの大きさになり上へ向かう階段がありその先は見えません。
(部屋の出口は……この壁の模様を触ると壁が開いたのですか。古代遺物の仕掛けについてはこの模様を研究する必要がありますね)
通路の両側には両腕を伸ばしたくらいの太さの四角い柱が天井まで伸びていて、それが五対ほどあります。柱と柱の間には崩れた像のようなものの破片が散らばっていました。よく見てみると石ではなく金属製の像の破片のようです。
(元はどんな形をしていたのでしょうか……気になりますね)
「おーいレティ、いっくよー」
(いけませんね、こんな恐ろしい場所なのに、色々とこういうことが気になってしまうなんて……)
「あ、はい行きます!」
わたくしが皆様方を向き直った時、通路奥の柱の影から大きなものが「ぬう」っと出てきました……あれは?
「敵か!?」
マーシウ様がそう言うと皆様、素早く盾や武器などを構えました。柱の影から出てきたのは人間の倍以上――四メートルほど背丈のある鎧の騎士のような巨人でした。金属が軋む音と「ドスンドスン」という重い足音を響かせながらこちらへ向かってきます。
「デカいな……みんな少しずつ下がりながら迎え討つぞ」
マーシウ様は矢面に立ちながら皆に下がる様にジェスチャーしています。アン様は少し離れたところから矢を射かけています……けど鎧が矢を弾いているようで当たる度に時折火花が散ります。
「くっそぉ……短弓じゃ通らないじゃん!」
「あんなヤツ弩弓でも怪しいぜ……ありゃあゴーレムか?」
わたくしたちはじりじりと後退していきます。
「ファナがいっちょ魔法でドーンとやろっか?」
ファナ様が得意げに長杖を構えています。
「いざとなったら頼むぜ、まだ先があるからファナの魔力はなるべく温存したいけどな」
(皆様冷静ですけど、もうすぐ廊下の端なんですよね……)
さっきからブツブツなにかを呟いていたディロン様が突然短剣を高く掲げました。装飾の施された儀式用の短剣でしょうか?
「……武器強化……鎧強化……重量軽減……集中力向上」
ディロン様の短剣が輝くと、わたくしの身体に何か力のようなものが与えられたのを感じました……他の皆様も同様みたいです。そうです、ディロン様は精霊術師と仰ってましたね。
(初めてですね精霊魔法を受けるのは……)
「ありがとディロン!」
アン様はそう言うと走りながらゴーレムに再び矢を射かけました。さっきは分厚そうな鎧に弾かれた矢がゴーレムの身体に刺さりました。これが精霊魔術の力ですか……。
アン様に目標を変えたゴーレムにマーシウ様が横合いから脚をねらって攻撃しましたがやはり精霊魔法があっても金属の身体のゴーレムは硬いようで、剣では動きを止めることは難しいみたいです。
(あのゴーレム……何故か見覚えあるんですよねぇ?)
ゴーレムの足元で攻撃していたマーシウ様にゴーレムの踏みつける攻撃が命中してしまいました。盾で防御した様ですが転倒されました。
「マーシウ様!」
わたくしが思わず叫んでしまっている横でシオリ様が手をマーシウ様の居る方へかざします。
「……癒し」
シオリ様のかざした右手の人差し指の指輪が輝きます。マーシウ様は淡い光に包まれると、すぐに立ち上がってゴーレムの動きを観察するように間合いを取っています。
(治癒魔法……市井の治療師の使う治癒魔法よりも素早くて強そう……)
そういった様子でマーシウ様とアン様がゴーレム相手に戦っている所にシオリ様が治癒魔法や補助魔法で支援しています。それを眺めているファナ様は少し焦れた様子です。
「よーし、魔法ならやれそうだから一気にやっちゃうよ? このままじゃシオりんの治癒魔法の魔力が保たないでしょ?」
「……うむ」
ファナ様の言葉に同じく様子を見ているディロン様が同意しました。
(あ、思い出しました、確かあれは以前に書物で読んだ……)
「待ってください、あれは恐らく古代魔法帝国の自律甲冑です、通常のゴーレムにさらに甲冑を装着して強度を高めているものです。あの甲冑も恐らく対魔法処理が成されているらしいですから、あのままでは攻撃魔法もあまり効果が無いと思います」
「な……なんでそんなことわかるの?!……」
ファナ様は驚いた表情で私を見つめています。
「……続けてくれ」
ディロン様はわたくしの意見を聞いてくださるようです。ファナ様は何か言いたげですが、口を噤んで下さいました。
「ゴーレムは力の源になる核がありますよね? 通常はある程度露出させないと力が全身に行き渡らないのでそこが弱点なのですが、自律甲冑は……」
「……急いでいる、結論を」
(いけません、ついつい蘊蓄を語ってしまいそうになります)
「あ、はいすみません……鎧を剥がして核を露出させれば……」
「あんな暴れてるやつの鎧なんてどうやって剥がすのさ?」
「あれ自体に魔法は効きづらいですが周りの地形で動けなくすれば……そもそも金属製なのですごく重いですし」
「でもそんなのどうやって……」
ディロン様がアン様たちの所へ向かって走り出しました。何か策があるのでしょうか?
「ディロン?!」
「アン……足止めをする」
「了解!」
アン様は素早くゴーレムと距離を取ります。マーシウ様とシオリ様もそのやり取りを見て素早くゴーレムから距離を取ります。ディロン様は三人が離れたのを確認すると儀式用の短剣を床に突き立てます。
(アン様とディロン様は最低限の言葉で通じてるのでしょうか……素早く連携されます)
「……沼の精」
突然床が柔らかくなってまるで泥沼の様になり、ゴーレムはズブズブと肘が浸かるくらいまで沈んでゆきました。泥沼に藻掻くゴーレムの頭部をマーシウ様とアン様が集中攻撃すると、面当が外れて中には光る宝石のような石がありました。
「ゴーレムの核です!」
すると、ファナ様が自信満々の表情で長杖を両手で高々と掲げました。
「もう止めないよね? みんな離れて!」
ファナ様の言葉で皆様はゴーレムから離れました。ファナ様が両手で掲げた長杖の先をゴーレムに向けると、長杖から火花のようなものがパチパチと弾けて散っています。
「稲妻!」
ファナ様の長杖から激しい光と轟音と共に稲妻がほとばしりゴーレムに直撃しました。
(凄い……目がチカチカして耳が痛いです……これが攻撃魔法!?)
ゴーレムは白煙を上げて動かなくなり、頭部の核が「パキッパキッ」という小さな音を立ててばらばらに砕けました。ディロン様の呪文の効果が切れたのか、沈んでいた身体が地面に浮き上がり、壊れた人形のように倒れて動きませんでした。
「凄い魔法ですファナ様! ……ファナ様?」
私はファナ様の魔法に感激して思わず叫んでしまいましたが、ファナ様の反応がありません。するとファナ様はその場に力が抜けた様に倒れてしまいました。
「え、ええ!?」
わたくしが狼狽していると自律甲冑と戦っていたお三方が集まってきました。シオリ様がファナ様を抱え起こして身体を調べています。
「うん、大丈夫ね。ファナは本当に凄い子で年齢の割に高度な攻撃魔法を使えるんだけど、魔力がまだまだ足りなくて、強い魔法を使うとすぐにこうなるのよ」
今にも眠りそうなほどフラフラしているファナ様をアン様が背中に背負いました。
「お疲れ様、ちょっと休んでなよ」
「うん、そうする……」
ファナ様はアン様に背負われながら眠ってしまいました。そして皆様はファナ様を連れてとにかく移動するか、回復を待つかで話し合われています。わたくしはちょっと失礼して自律甲冑を調べさせてもらいます。
(凄いですね、古い文献のままです。しかも動くなんて……あちらにあった像の破片は他のゴーレムでしょうか?)
わたくしが辺りを見回すと、一か所模様のついた壁がありました。
(この模様は確かさっきの転移装置の部屋の出入り口にもありましたね……扉の印でしょうか?)
模様に触れると「ずずずず」と重い音をさせながら模様のついた壁が横にスライドしました。
「おいレティさん、変なものを触らないでくれよ!」
「あ、あの……なにか部屋があります……」
皆様驚きながらこちらに慌てて来られます。スライドした壁から人が二、三人並んで通れるくらいの入り口が現れました。
「レティさん、不用意に触っちゃだめだ。罠かもしれないだろ?」
マーシウさんに注意されてしまいました。
「す、すみません……あ、あの。さっきの転移装置の部屋の出入り口の壁と同じ模様がついていましたのでまた扉なのかと思いまして……」
「なかなか積極的なご令嬢じゃん? 案外冒険者向きかもね」
「アンはそのままファナをおぶっておいてくれ、俺が中を調べるから他の皆は何かあったらサポート頼む」
――マーシウ様は慎重に入り口から中を覗いていました。