第一九八話「見つめる魔眼」
──喉を貫かれたミノタウロスは倒れたままビクビクと痙攣して動きません。ザリウ様はそのまま振り返り、巨大棍棒のミノタウロスへ向き直ります。
三体目のミノタウロスは巨大棍棒を激しく振り回し、ザリウ様を執拗に狙っていました。しかし、それを冷静に無駄な動き無く躱しています。
わたくしは喉を突かれて倒れたミノタウロスが再び動き出さないか警戒していましたが、やはり動きそうにありません。
「やっぱ命の泉だったな」
ザリウ様は巨大棍棒を躱しながらそう言いました。
命の泉は効果中は身体の回復力を高めて持続的に傷などが徐々に癒やされる治癒魔法です。重傷のミノタウロスが立ち上がったのはそれが理由という事でしょうか。
そして、治癒魔法には「死者を蘇らせる」というものはありません。ですからもし死んだミノタウロスが蘇ったのなら、わたくし達が知らない謎の力が働いているという事でしょうけど――そういう訳では無いと、ザリウ様はそれを確かめた様です。
「レティ殿、こいつは俺に任せてあの目玉を頼むぜ」
わたくしとザリウ様がミノタウロスに仕掛けると同時にクファーミンさん達は見つめる魔眼に攻撃を仕掛けていましたが、どうやら矢や攻撃魔法は通じていない様子でした。
わたくしは現在呼び出している魔剣たちを一度解除します。
「矢が当たらないわ!」
「魔法も通らない!」
クファーミンさんとカリティさんは同時に叫びます。
「多分射撃防御と魔法の盾だね」
ハシュリィさんが冷静に述べられました。
「来るわ!」
ウェルダさんが盾を構えながら前に出ました。見つめる魔眼の前に拳大の光球が五つ現れてそれは光の矢となってこちらへ放たれます。
『護りよ!』
ウェルダさんの言葉と共に魔法の騎士盾は淡い光を放ち、光の矢は一メートル程前に現れた青白い光の膜に当たって破裂しました。
「攻撃魔法……そりゃあ向こうも使うよね」
クファーミンさんは苦々しく言いました。
「でも、あの瞬間なら防御系魔法が外れているはずよ?」
ハシュリィさんは見つめる魔眼の様子を見ながら言いました。
「けれど、攻撃魔法を使わせるなんて危険じゃない? どんな魔法があるか分からないし」
「わたくしの魔剣は射撃防御では防げませんのでお任せください」
以前、キマイラの射撃防御の効果を無視して魔剣が命中した事を思い出しました。魔道具、宙を舞う剣の類はその名の通り宙を舞っていますが射撃武器とは認識されないのです。
「じゃあレティさんと同時に光の矢を撃つから」
「はい、行きます……魔剣たちよ敵を討て」
首領の剣で見つめる魔眼を指し示すと、複数の光の紋様が宙に浮かび、それぞれ形の異なる短剣が飛び出します。
『……光の矢!』
カリティさんは五つの光の矢を放ちました。見つめる魔眼の魔法の盾に接触した光の矢が破裂音と共に閃光を発します、それは耳や目が痛いほどです。
「──っ!」
わたくしは思わず目を伏せ耳を塞ぎます。それが治まり確認すると、浮いていた見つめる魔眼に幾つもの短剣が刺さり、黒い粘液を噴き出しながら床に落下していました。
同じくして、ザリウ様も巨大棍棒を持ったミノタウロスの首を刎ねて倒した所でした。
魔獣たちの生死を確認すべく、倒れた身体を突いたりしていましたが三体のミノタウロスも見つめる魔眼も黒い粘液を垂らしながらゆっくりと溶けるように崩壊し始めていました。
「ミノタウロスにかけてあった命の泉も目玉の仕業かな?」
カリティさんは長杖の先で見つめる魔眼の死体をつっつきながら言いました。
「多分、そうよね。こいつ色んな魔法が使えたと思うわ」
ハシュリィさんも見つめる魔眼の死体を観察しています。
「ウェルダさんありがとう、その盾が無ければもっと大変だったかもしれないわ」
クファーミンさんはウェルダさんに向かって片手の親指を立てる仕草をしました。
「いえ、私の役目ですので──」
ウェルダさんは軽く一礼をします。
(さて、転移装置も救助対象もまだ見つかっていないので、先の事を考えると少々気が重いですね……)
わたくしは通路の奥と周囲を観察しながらそんな事を考えていました──。




