第一九七話「魔獣対魔剣」
『魔剣よ切り裂け──』
首領の剣でミノタウロスを指し示すと、屠殺包丁の“肉削ぎ”と“骨砕き”は三体のうちそれぞれ左右のミノタウロスへと向かいます。
向かって左側の巨剣を持つミノタウロスへ“肉削ぎ”が斬りつけました。
襲いかかる鋭く大きな刃ををミノタウロスは巨剣で防ぎます。一方右側のミノタウロスは放物線を描いて回転しながら向かってくる“骨砕き”を大棍棒で殴り、迎撃しました。
横合いを叩かれた“骨砕き”は弾け飛び通路の床と壁にバウンドします。ミノタウロスはそれを叩き落とそうと巨大棍棒を真上から振り下ろしました。
しかし“骨砕き”は宙で一瞬静止し、ミノタウロスの棍棒は空振って床を叩きました。そして“骨砕き”は再び縦に回転しながら落下し、ミノタウロスの背中に刃をめり込ませました。
獣の様な絶叫を上げ黒い体液を撒き散らすミノタウロス。しかし、威力が乗っていないからでしょうか、身体を起こして激昂し、“骨砕き”を振り落としました。
一方“肉削ぎ”の方も巨剣を持つミノタウロスと刃を交えていますが、頑丈さに欠ける“肉削ぎ”には正面からの打ち合いは不向きです。
(わたくし、判断を誤ったかもしれません……)
二体の魔獣に対して、二振り同時に召喚出来る屠殺包丁が適していると思いましたが、一つの力を二分している状態になっています。
『……任せなよ主』
不意に頭の中に声が聞こえ、わたくしは手に持っている首領の剣を見ます。
「えっ……?」
次の瞬間、巨剣ミノタウロスの頭上に光る紋様が現れ、そこから偃月刀が飛び出しました。
ミノタウロスは巨剣で上から降ってきた偃月刀を受け止めますが、巨剣の刃に沿って力を逃がす様に偃月刀が動き、ミノタウロスの手を切り裂きました。
黒い体液を手首から噴き出し金切り声を上げるミノタウロスの喉に横合いから“肉削ぎ”が突き刺さり、そのまま膝から崩れる様に倒れました。
一方、“骨砕き”によって傷を負った巨大棍棒のミノタウロスは、激昂して棍棒を振り回していました。
その近くに光る紋様が浮かび、人の拳大の鉄球が飛び出します。ミノタウロスは棍棒で弾きましたが、鉄球は金属の鎖で繋がっていて身体に鎖が巻き付いてゆきます。その鎖の反対側にも同様の鉄球が付いていて、両端の鉄球の遠心力で鎖がミノタウロスの首を絞めました。
鎖の両端に鉄球が付いたもの――四〇人の盗賊十傑のひとつ、流星錘です。
ミノタウロスは首に巻き付いた流星錘の鎖を外そうと藻掻き苦しむ所に、回転で勢いをつけた“骨砕き”が襲いかかり、脳天を直撃しました。
脳天から黒い体液を噴き出しながら悶絶するミノタウロスに思わず視線を背けます。しかし、これで残り二体のミノタウロスを無力化出来ました。
「あとは見つめる魔眼だけですね、魔剣よ……」
魔剣たちに見つめる魔眼の一斉攻撃を命じようとした時、二体のミノタウロスの身体が淡い光に包まれました。
「……傷が?!」
ミノタウロスの傷が塞がってゆきます。“骨砕き”に頭部をやられたミノタウロスも傷が塞がり立ち上がりました。
「おいおい、なんだそりゃ……」
ザリウ様はその状況に呆れた様子でしたが、ハッとして足元に転がるミノタウロスの死体に目をやりました。
「ふぅ、コイツは動かねえ様だな……」
ザリウ様が頭部を完全に破壊したミノタウロスは倒れたまま身体を僅かに痙攣させていました。
「一旦下がりま──」
わたくしは警戒して仕切り直しを提案しようとしましたが、ザリウ様は「いや、押し切る」と言葉を遮り、巨剣のミノタウロスに向き直り、木剣を両手で持ち突きの構えを取りました。
ミノタウロスもザリウ様に向かって巨剣を振り上げて襲いかかります。
『刺し貫く長きものとなれ──』
ザリウ様はその呟きと共に木剣が輝いて白き光の槍の様な形の光を発したと同時にミノタウロスの喉元へ突き入れました。
巨剣は勢いのまま振り下ろされましたが、ザリウ様は剣の軌道から外れる様に踏み込んでいた様で、大きな剣は空を切り床を叩きます。そして木剣から発せられた光の槍が粒子となって消えると、ミノタウロスは喉からインクの様な黒い体液を噴き出してうつ伏せに倒れました。
 




