第一九六話「立ちはだかる魔獣たち」
――道標を辿り古代遺跡の地下迷宮の奥へと進むザリウ様率いるわたくし達六名のパーティーは大きな通路に出ました。
幅は七、八メートル位で高さは一〇メートルは有りそうです。この大通りには幾つかの脇道があり、今居る通路もその一つでした。そして、その大通りには異形の怪物が闊歩しています。それは牛頭人身、三メートル近い巨躯の魔獣――。
「ミノタウロス……」
それが三体も居ます。それぞれ巨斧、巨剣、巨大棍棒を持っていました。
そしてその背後には見慣れぬ異形の物体がひとつ浮遊していました。大きな目玉とでもいいましょうか、直径一メートル以上はあるだろうそれは、球体の中央に大きな瞼のついた単眼があり、球体状の身体から触手の様なものが幾つも生えていました。
「なんか居るな……」
ザリウ様の表情に緊張感が浮かびました、未知のものに警戒しておられるのでしょう。わたくしは脳内の書物を読んだ記憶を辿ります。
「かなり古い魔物図鑑に載っていた記憶があるのですが……恐らく見つめる魔眼という魔獣です」
「あ、それなら聞いたことがある。古代の魔術師が番人代わりに設置した魔獣で、結構強力な魔法を唱えるらしいわ」
ハシュリィさんが付け加える様に語りました。
「この様子じゃ、烈なる朱色の連中はここまで来ていないか――」
ザリウ様は周囲に戦闘の爪跡が見られない事からそう推察されている様です。
「もしくは、ここでの戦闘を避けて別ルートを探しに行ったか……だね」
クファーミンさんが付け加えるように言うとザリウ様も頷きました。
わたくしは魔道具の遠見の片眼鏡で魔獣達の向こうを見ました。魔獣たちがいる大通りの更に奥には異なる部屋の様な空間が見えます。しかし、ここからでは魔獣たちが邪魔ではっきりとは分かりません。
しかし今までの経験上、奥には転移装置があって魔獣を送り込んでいる可能性は高そうです。
「通路の奥に恐らく何かが……」
そうザリウ様にお伝えしました。
「そうか、じゃあやるしかねえよな……」
ザリウ様は何処となく楽しむような口調で仰いました。
「でも、攻撃魔法とか支援魔法を使うとその時点で見つめる魔眼に気付かれるから、先制攻撃も厳しいかも……」
ハシュリィさんはわたくしがお貸しした遠見の片眼鏡を覗きながらザリウ様に意見を言います。
「じゃあ囮が要るよな、俺の仕事だ」
ザリウ様はそう言うと腰のポーチ……恐らく旅人の鞄の一種でしょうか。そこから黒い木剣を取り出しました。
「木剣ですか……」
「ああ、一番のお気に入りだ」
どうやら魔道具、魔剣の類の様ですが一見ただの木剣にしか見えません。しかし、いわゆる木の色では無くてかなり黒くて光沢感がありました。
(材質は黒檀でしょうか? いえ、ああいった光沢は出ないはず……)
気になってしまいますが、状況が状況だけに堪えます。
「まず俺がミノタウロスに突撃込みかけるから、続いてレティ殿も頼む。クフィとカリティは目玉を狙え。ウェルダ殿は後衛の護衛、ハシュリィは支援魔法だ」
(ミノタウロス相手ならば……)
四〇人の盗賊でどれが有効か思考を巡らせます。
「よし、行くぜ」
ザリウ様は合図と共に物陰から飛び出して前に出ます。わたくしも首領の剣をかざしました。
「牢よ開きて出よ、屠殺包丁テジン=ガシン」
わたくしの目の前に直径一メートル程度の光る紋様が浮かび、剣の如き長さがある二振りの無骨な包丁が現れました。尖端が尖った片刃剣の様に鋭利な包丁“肉削ぎ”と、無骨に角張って重みのある鉈の様な“骨砕き”がそれぞれにミノタウロスへと向って跳びます。
並行してハシュリィさんは支援魔法の詠唱に入ります。
「……身体能力向上、疾風、大いなる護り、魔法抵抗力向上」
わたくしも支援魔法を身体に受けます。それはシオリさんと同じか以上の魔力に感じました。
その間、ほぼ同時にクファーミンさんの放たれた矢とカリティさんの光の矢が見つめる魔眼に向います……が、矢は突然あらぬ方向に反れて光の矢は光の膜のような物に当たって破裂しました。
「射撃防御?」
「魔法の盾も展開されてるわ」
クファーミンさんとカリティさんは口ぐちに驚いています。 その同じ瞬間、ザリウ様とわたくし放った屠殺包丁がミノタウロスに接触しました。
ザリウ様は三体のうち中央、巨斧持ちのミノタウロスに向って木剣を振り上げました。
『打ち砕くものと成れ』
ザリウ様がそう叫ぶと、振り上げられた木剣は光を放ち、輝く光の鎚の様なものが木剣を覆います。ザリウ様はそれをミノタウロスへ向けて振り下ろしました。
ミノタウロスは咄嗟に巨斧で光の鎚を受け止めますが、態勢を崩して巨斧を取り落としました。ザリウ様はそのまま更に踏み込みつつ身体を回転させて光の鎚を振りミノタウロスに一撃を加えました。
ミノタウロスは悲痛な声を上げましたが光の鎚の一撃が頭部に命中して真っ黒な体液の飛沫を飛び散らせました。
(あれが……木剣の力?!)
ザリウ様の木剣が気になりつつも、首領の剣をミノタウロスに差し向けます。
『魔剣よ敵を斬り裂け――』
 




