第一九四話「突入隊編成」
――ジャシュメル辺境伯領、その首都近郊の山中に埋もれていた古代遺跡はある日突然の崖崩れで発見されたそうです。崖崩れの原因は動く岩石の大量発生だったらしく、その時期はこちらの冒険者総出で対応に当たっていたとの事でした。
帝国、といいますか中央大陸の各所で起きるこの現象は何か原因があるのでしょうか。それとも自然災害のひとつなのでしょうか……。
突如発見された古代遺跡の地下迷宮へ調査依頼を受けた精鋭冒険者ギルド烈なる朱色のパーティーが遭難したとの知らせを受け、ザリウ様自ら遺跡へと出向かれています。わたくしもそれに同行していました。
件の遺跡というのは――崩れた崖の袂に現れた人工物、確かに建築様式から古代魔法帝国時代のものに見えます。幅三メートル高さ四メートル程度の通路のようなものが口を開けていて、階段が下へと伸びていました。
その入口周辺の空き地には天幕が張られ、家臣の方々が忙しなく働いていました。
わたくしは探索時の装いをと指示されたので、いつもの冒険者の格好をしています。以前地下迷宮で発見したミリス銀糸のシャツを下に着込み、上に厚手の上衣と下履きです。
護衛のウェルダさんも、いつもの板金付硬質革鎧を着けています。武器は愛用の粉砕の戦棍に加え、わたくしの護衛をして頂くにあたりお渡しした盾の魔道具があります。
「魔法の騎士盾は初めての実戦使用ですが……大丈夫ですか?」
「ええ、一応実験も兼ねて知人にお願いして実際に攻撃魔法を当てて貰ったけど、稲妻位なら十分防いでいたわ」
魔法の騎士盾は古代魔法帝国時代に普及したものらしいので、地下迷宮等で発見される事は珍しく無いです。しかし、元の品質や保存状態により性能には差があります。
ウェルダさんにお渡ししたものはわたくしの見立てでは盾の裏側にある核となる魔術結晶は傷も無く、盾自体の保存状態も良好な美品でしたので品質的には問題ないとは思っていましたが、稲妻まで防げるというものなら十分な性能を備えていると思います。
「実際に? 稲妻を当てて……ウェルダさん、わざわざ試したのですか?!」
「ええ。この盾の魔法防御の発動は所有者の魔力が必要でしょ? 私が実際に魔法を受けてみるしか無いじゃない?」
「そ、それは……そうですけれど」
「貴女の鑑定は信じてるけど、いざ実戦で使えなかったから二人とも……なんて、洒落にもならないし一応試しておこうとね」
確かに、鑑定はしましたし結果には自信もありますが、実際に試したわけではありませんから、ウェルダさんの言い分はもっともだと言えます。
(そうですね、命を預ける道具の鑑定ですから、実践して然るべきですよね)
わたくしがウェルダさんと話していると、ザリウ様が側室のお三方と一緒に来られました。その装いは地下迷宮を探索する冒険者のそれでした。
「ザリウ様は理解できますが、皆さん本当に行かれるのですか?」
「まあな、三人とも俺がみっちり鍛えてるから一端の冒険者だぜ?」
お三方の装いは、詳しくない人が見れば一介の冒険者ですが、見る者が見れば只ならぬものだと判ります。ハシュリィさんとカリティさんの纏っている長衣、それぞれデザインが違いますが恐らく同じ素材――西方大陸独特の特殊な魔法防御を高める紋様が編み込まれています。そしてクファーミンさんの着けている革製胴衣は熱に強く柔軟性のある砂漠大蜥蜴の外皮が使用されています。
(でも、一番凄いのは……)
「ザリウ様、お召しの鎧は亜竜の革鎧ですね?」
「お見通しだなレティ殿、流石は公認魔道具鑑定士だ」
亜竜の外皮を使った鎧は革鎧並の軽さで金属鎧かそれ以上の強度を持ち、様々な息吹や魔法にも耐性があるとされます。亜竜自体個体数が少ないですし、それを狩って皮を剥ぐなどというのは並みの事ではないので、とても貴重なものです。
「板金鎧は重くて動きにくいので好かんからな。買うとバカ高いし滅多に手に入らんが、自分で狩った亜竜の革だから加工賃くらいで済んだぜ」
「ご自分で狩られたのですか……」
わたくしも仲間達と共に亜竜は何体か倒しましたが、どれも命がけで革をどうこうするという発想は浮かびませんでした。
「あの、この辺りで最も実績のある冒険者パーティーが遭難している未発見だった地下迷宮ですよね?」
その様な場所にこのような、やんごとなき方々が何人も出向いて大丈夫でしょうか。
「だからだよ。そんな奴らが遭難したような地下迷宮に生半可な冒険者送りこんだら二重三重遭難するって言ったろ?」
「確かにそうかもしれませんが……」
「まして地下迷宮に大勢で押しかけるなんてのは無駄に犠牲者増やすだけだからな。今動ける人員、少数精鋭での突入って訳だ」
「わたくしは冒険者も営んでおりますが、本業は鑑定士ですけれども……」
戦士の様に戦いの専門家ではないですし、魔法も生活魔法と、鑑定に必要なものしか使えません。
「たしかに、古代遺跡に関しては多少の知識がありますが……」
「レティ殿の噂は色々聞いてるぜ? 転送刑で飛ばされた辺境の地下迷宮から生きて帰ったとか、四〇本の魔剣を操り亜竜や魔獣を何体も屠ったとかな」
「そ、それは……わたくし一人ではなく仲間の皆さんが居たからです」
(事実だけならほぼその通りなのですけれど……)
「強えぇ仲間が居たってそんな事簡単には出来ねえよ」
ザリウ様は大きな声で笑いました。
「ま、ヤバけりゃ撤退も止む無し。その辺の見切りは任せてくれ」
「は、はい……お任せします」
ザリウ様は手をひらひらとさせながら周囲に指示を飛ばし始めました。
「編成だが、前衛は俺とウェルダ殿、確か神官戦士だったな?」
「はい、承知致しました」
「後衛は治癒魔術師ハシュリィと魔術師カリティ」
「はい」
「はぁい」
双子の側室お二人はお遣いでも言い渡されたように気楽に返事をされました。
「レティ殿とクファーミンは中衛として探索と前後衛のフォロー」
「分かったわ従兄さま」
「承知いたしました――」
ザリウ様に役割を任ぜられて緊張が走ります。
「んじゃ行くぜ」
わたくし達六名はザリウ様の先導で地下迷宮へと突入しました。




